感謝の気持ちがありすぎる
最強の剣は葬送の笛によって神の宝物庫に送り返され、力を失った立川君は元の気弱な少年に戻った。
なんとか死者を出さずに問題を解決したエーデルワールは
「ミコト様は我が国を危機から救ってくださいました。今は怪我人の治療が優先なので、すぐにはできませんが、お礼のパーティーを開きますから、しばらく我が国にご滞在なさってください」
アルメリア姫の申し出に、私は恐縮して
「そんな、お礼なんて。私はエーデルワールの皆さんに無理なお願いをして、嫌な想いをさせてしまったのに。感謝してもらえる立場じゃありません」
幸い死者は出なかったけど、たくさんの人が負傷し、クラウスさんは手を切り落とされた。
その犯人である立川君の減刑を願った私が、どんな顔でパーティーに出ればいいのか。
合わせる顔が無いので、すぐにでもエーデルワールを去りたいくらいだったけど
「そんな風に、ご自分を責めないでください。わたくしたちが許せないのは、あの男であってミコト様には感謝と敬意しかありません。ですから、ぜひお礼をさせてください。パーティーがお嫌でしたら、他のことでも」
アルメリア姫は私の手を取りながら、心を込めて言ってくれた。
私のことは怒ってないと聞いてホッとした半面。やっぱり私のためにパーティーを開いてもらうのは、どうかと思ってしまう。
それと前は『ミコトさん』だったのに、恩人扱いなのか『ミコト様』になっている。
お姫様に様付けされるような人間じゃないのに。
色々と戸惑う私の代わりにフィーロが
「して欲しいことは無いが、して欲しく無いことはある」
「もちろん恩人の迷惑になるようなことはしませんわ。して欲しくないこととはなんですの?」
「我が君の活躍を英雄詩にして広めたり、彼女の顔を模った記念硬貨を発行したり、この偉業を祭りにして永遠に語り継ごうとすることだ」
フィーロの発言にポカンとする。
私の活躍を英雄詩にするとか、記念硬貨を発行するとか。いったいどこから、そんな突飛な発想が出て来たんだろう?
もしかしてフィーロなりに場を和まそうと冗談を言ったのかな?
ところがアルメリア姫とリュシオンさんは驚愕の表情で
「ど、どうしてミコト様の偉業を英雄詩や記念硬貨や祭りにして、永遠に称えてはいけないんですの?」
「アルメリア様のおっしゃるとおり、ミコト様は我が国を救ってくれた英雄です。国を救うレベルの類まれな功績は、広く知らしめて国中で称賛しなくては」
エーデルワールの人たちが、救国の英雄への最大級の感謝として、本気で私の英雄詩や記念硬貨や祭りを作ろうとしていた事実に私は戦慄した。
私は単に恥ずかしいから、そんな大げさなことはやめて欲しかった。
さらにフィーロによれば
「我が君の功績を世に知らしめるとしたら、魔法の道具にも触れることになるだろう。まして彼女の姿を模した硬貨や銅像なんて作ろうものなら、コイツを襲って道具を奪えと言っているようなものだ。我が君に感謝しているなら、むしろ誰にも知られないようにしてくれ」
フィーロの意見に、私はコクコクと頷いた。
「ああ、なんてこと。あんな素晴らしい偉業を、わたくしたちの胸にだけ留めておけだなんて……」
「あなたの活躍を英雄詩にすれば、多くの子どもたちが胸を打たれ、善に目覚めるだろうに歯がゆいことだ……」
アルメリア姫は憂い顔でオデコを押さえて、リュシオンさんは悔しそうに歯噛みした。
私は彼女たちの大げさな反応に、文化の違いを感じつつも
「あの、そもそも立川君を止められたのは葬送の笛の力だけじゃなくて、リュシオンさんや兵士さんたちが命がけで戦ってくれたからです。だから感謝するなら私より、体を張って戦ったリュシオンさんや兵士さんたちにしてあげてください」
リュシオンさんたちが時間を稼いでくれなければ、最強の剣を送り返すことはできなかった。
兵士さんたちと葬送の笛。どちらが欠けてもできなかったことだけど、いちばん報われるべきは、文字どおり骨を折って戦った人たちだ。
そんなリュシオンさんや兵士さんたちを差し置いて、葬送の笛の力を借りただけの私がこんなに褒められるのは、居心地が悪かった。
私の言葉に、アルメリア姫とリュシオンさんは目を丸くして
「あなたは本当に優しいのですね」
彼女は柔らかく目を細めると、再び私の手を取って
「もちろん命がけで最強の剣と戦い、活路を開いてくれたリュシオンや兵士たちには感謝しています。ですが、やはりあの船でミコト様と出会い、フィロソフィス殿や葬送の笛の力を借りられたから、1人の死者も出さずに戦いを終えることができたのです」
私の考えに共感を示しつつも、改めて彼女自身の見解を述べて
「ミコト様のために秘密を守れとおっしゃるなら、あなたの力を知る者全てに、よく口止めをしておきましょう。しかし感謝しないことはできません。ですから、どうかわたくしたちに、お礼の機会をお与えになって?」
皆を助けたのはフィーロと葬送の笛で、私は何もしてないんだけど。
ただアルメリア姫が何かしてくれるなら、実はさせて欲しいことがあって
「それなら薬の材料をもらえませんか? 材料さえあれば、兵士さんたちの怪我を治す傷薬や痛め止めを作れると思うので」
あの乱闘で負傷した兵士さんたちが、ずっと気がかりだった。
国と仲間を蹂躙した犯人の処刑を、我慢させてしまったから余計に。
身体的な負傷だけでも癒えれば、少しは怒りや憎しみも和らぐかもしれない。
そんな気持ちから申し出ると、リュシオンさんが訝し気な顔で
「自身の褒賞について話しているのに、ずっと負傷した兵たちのことしか言わない。人間にしては心が綺麗すぎる。もしやミコト様は異世界人のフリをした天使か聖者では?」
とつぜん変な疑惑をかけられてギョッとする。
しかもアルメリア姫まで真顔で顎に指を当てて
「だとすればミコト様の故郷である異世界とは天国?」
私の正体を真剣に考察し合う主従に
「正真正銘ただの人間なので、やめてください……」
恥ずかしさに震えながら返した後。
私はアルメリア姫の許可をもらって、負傷した人たちのために、痛み止めと傷薬を作ることになった。
王城には専属の薬師が居るので、薬の材料が豊富に揃っている。
魔女の万能鍋で、よく効く傷薬と痛み止めを大量に作ると、アルメリア姫とリュシオンさんに渡した。
痛み止めは飲み薬で、傷薬は塗り薬だと説明すると
「外傷だけでなく内臓の損傷や骨折にも効くんですか? さっそく試してもいいでしょうか?」
リュシオンさんはあの戦いで、誰よりも激しく最強の剣と斬り合った。
そのせいで、たくさんの切り傷と打撲。それに複数の骨折をしていた。
普通はそんな重傷を負ったら、ベッドから起きられない。
けれど、私がいつ去ってしまうか分からないからと、無理して顔を出してくれていた。
私も早くリュシオンさんによくなって欲しいと、薬を勧めた。
痛み止めを飲み、傷薬を塗ったリュシオンさんは
「おおっ! 嘘みたいに痛みが引いていく!」
フィーロによれば、傷薬は塗ってから1日で大抵の怪我を治せるらしい。
薬を使ったリュシオンさんだけでなく、作った私も魔法みたいだなぁと感動した。
ただこの薬も、やはり私が作ったことは秘密にして欲しいと頼んだ。
フィーロ的に言えば、神の宝の存在を知らしめて、我が身を危険に晒さないため。
私的にはエーデルワールの人たちの反応があまりにもオーバーで、これ以上感謝されるのは恥ずかしいからだった。
「ああ、こんな類まれな善行。本当は広く世に知られて称賛されるべきなのに」
「せめて兵士たちにだけでも、ミコト様が薬を作ってくださったことを知らせたいのに。それも許されないなんて口惜しいですわ……」
やっぱり大げさに悔しがるリュシオンさんとアルメリア姫に
「あの、皆さんを助けたのは魔法の道具たちで、私じゃありませんから。そんなに感謝や称賛をしていただくのは、ちょっと」
アワアワしながら止めようとするも
「ミコト様はそうおっしゃいますが、道具は独りでには動きません。神の宝には意思があるようですが、主人のあなたが俺たちを助けたいと願ったから、力を貸してくれたのでしょう。だとすれば、やはり俺たちの恩人はあなたです」
大真面目に言うリュシオンさんに続いて、アルメリア姫が悪戯っぽい笑顔で
「リュシオンの言うとおりですわ。兵士たちの薬を作ってくださった分も合わせて、ちゃんとお礼をお受け取りになって。でなければ行き場を失くしたミコト様への感謝で、わたくしたちの胸は張り裂けてしまいますわ」
どうやらお礼を受け取らないことには、この国を出られないようだ。
それならと私は彼女たちに、あることを頼んだ。




