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剣よりも強いもの

 しかしアルメリア姫の手に触れる寸前。


「……やっぱ、なんか嫌だ」


 立川君は急に手を引っ込めた。


 アルメリア姫は一瞬顔を強張らせながらも、すぐに笑みを作って


「あら、嫌なんてどうして? あれほどわたくしを求めてくださったのに。まさか、この指輪が怖いのですか?」

「怖いって言うか、なんか変な感じなんだ。その指輪に触れちゃヤバい気がする……」


 フィーロの言うとおり、立川君が背負う最強の剣が『嫌な予感』として危険を知らせているようだ。


「まぁ。我が国の守護竜を倒しておきながら、こんな小さな指輪を恐れるなんておかしな方。いくら怖い見た目でも、指輪はあなたを襲いませんわ。大丈夫ですから、さぁ」


 アルメリア姫は内心の焦りを隠して、笑顔で勧めたけど


「いやでも……なんか本当に……」


 立川君のじれったい反応がもどかしくなったのか


「お願いですから、これ以上、皆の前で情けない姿を見せないで。あなたはこれから王になるのですよ。こんな指輪を怖がるようでは、いい笑い者です」


 このままでは埒が明かないと厳しい態度で


「さぁ、怖がらないで。指輪を外して」


 笑い者になりたいのかと、人目を強く意識させて命じる。


 ところが追い詰められた立川君は


「嫌なものは嫌だって言っているだろ! その指輪に触るのは、どうしても嫌なんだ! 俺に強要するな!」


 恐れていた事態が起きてしまった。


 ここまでこじれたら、作戦続行は不可能。


 アルメリア姫は咄嗟に自分から彼に触れようとしたけど


「キャアッ!?」

「姫!」


 最強の剣は抜かずとも、触れているだけで使用者を操り、自動的に回避か反撃をする。


 そのせいでアルメリア姫は立川君に蹴飛ばされた。


 近くに居た司祭さんや兵士さんがアルメリア姫を抱き起こして


「タチカワ殿! 何をなさいます!?」

「花嫁を蹴るなんて、どうかしている!」


 竜殺しの転移者の暴挙を非難したけど


「おかしいのはお前らのほうだ! どうして、そんなにその指輪に触らせたがる!?」


 彼は逆上して吠えると


「……そうか。分かったぞ。きっとそれも魔法の道具なんだ。だから急に戻って来て、結婚に応じたんだろう!? その指輪を俺に触らせるために!」


 作戦がバレたエーデルワール側は


「もうダメ! こうなったら強引に押し切るしかない! クラウス、この指輪を! あなたのほうが、わたくしより速い!」


 アルメリア姫は自分を抱き起こした若い兵士さんに指輪を渡した。


 彼はすぐに強欲の指環を嵌めて、立川君に触れようとしたけど


「ガァッ!?」

「クラウス!?」


 最強の剣は瞬時に、クラウスさんの手を切り落とした。


 おびたたしい流血が、アルメリア姫の純白の衣装を赤く染める。


 とうとう剣を抜いた立川君は


「異世界ものに出て来る王族って本当に馬鹿だよな。大人しく言うことを聞いておけばいいのに、わざわざ主人公を怒らせるような真似をする……」


 ボソボソと呟くと、急に激高(げっこう)して


「そんなに死にてぇなら殺してやるよ! 何度も俺を騙しやがってクソ王家が!」

「我が君、ダメだ! 彼はもう止まらない! 逃げろ!」


 フィーロの指示が飛ぶも、私はその場を動けなかった。


「アルメリア様! お逃げください! 俺たちが時間を稼いでいるうちに!」

「嫌よ! 皆を置いて、わたくしだけ逃げられない! こうなったからには、わたくしも最後まで戦います!」

「姫!」

「姫様!」


 皆が死を覚悟している。この緊迫した状況から自分だけ逃げるなんて、どうしてもできなかった。


 私は咄嗟に「フィーロ」と助言を求めたけど


「無理だ! 君には何もできない! 逃げるしかない!」


 フィーロは元から、こうなったら逃げるしかないと言っていた。


 それが今さら覆るはずも無い。


 それでも私は


「1人で逃げるなんて嫌だ。誰にも死んで欲しくない。皆を助けたいよ」


 方法も分からないくせに、泣きそうな気持ちで口にした瞬間。


 怒号と悲鳴と剣が激しくぶつかり合う式場に、もの悲しい笛の音が鳴った。


 これは葬送の笛の音? でも、どうして?


 激しい斬り合いが続いているけど、まだ辛うじて死者は出ていないのに。


 なぜ死者を望む場所へと葬る葬送の笛が鳴ったのか?


「我が君! 君の願いが新たな可能性を生んだ! 葬送の笛を吹くんだ!」


 「逃げろ」以外のフィーロの指示。


 私はその意味を考えるより先に、肩掛けカバンから葬送の笛を出して、訳も分からぬまま息を吹き込んだ。


 弔いのため以外には決して吹けぬはずの笛。


 しかし死者はまだ出ていないのに、なぜか『葬送の笛』は葬送の曲を奏でた。


 修羅場には不似合いな、胸を締め付けるような悲しい旋律は


「な、なんだ、この笛の音? なんかヤバい気がする……」


 立川君が不安そうに動きを止める。


 けれどそれは戦意の喪失ではなく、新たな危険に対する反応だった。


 立川君は目の前の兵士さんたちから、私に視線を移すと


「やめろ! その笛を吹くな!」


 最強の剣がもたらす『嫌な予感』が、この笛の音を脅威だと教えたらしい。


 立川君が兵士さんたちを薙ぎ払いながら私に向かって来る。


「ミコトさん!」

「逃げて!」


 アルメリア姫とリュシオンさんが同時に叫ぶ。


 しかし私は反射的に逃げそうになる足を、グッと踏ん張って笛を吹き続けた。


 フィーロは笛を吹けと言い、立川君は吹くなと言った。


 だとしたら、この葬送の笛が最強の剣を止める鍵かもしれない。


 笛から口を離して逃げたくなる衝動をこらえて笛を吹き続ける。


 でもその何かが起こる前に、妨害する兵士さんたちを弾き飛ばしながら最強の剣が私に迫る。


 けれど、その刃が届く寸前。


「剣を引け、クラウディオ! 君にまだ心があるなら、最強の剣の矜持(きょうじ)を見せろ!」


 フィーロの鋭い一喝に応えるように、最強の剣はなぜかピタリと動きを止めた。


「なんだ!? なぜ俺の言うことを聞かない!? お前は俺の剣だろう!?」


 立川君は私を斬ろうと満身の力を込めているけど、剣がそれに逆らっているようだ。


 しかしその抵抗は完全なものでは無いようで


「リュシオン! 我が君を護ってくれ! 神の宝は使用者の命令に、完全には逆らえない!」

「分かった!」


 葬送の笛が奏でる葬送曲が何かを起こそうとしていることが、リュシオンさんにも分かったらしい。


 リュシオンさんはすでに傷ついた体に鞭打ち、立川君に横から体当たりして、私から引き離した。


 それは間一髪のタイミングだったようで、竜殺しの転移者は再び剣を動かせるようになった。


 あと数秒遅かったら、私は立川君に斬られていた。


 とは言え、剣は未だ抵抗を続けているらしく、明らかに竜殺しの転移者の動きは鈍った。


 そのせいで果敢に斬りかかるリュシオンさんを退(しりぞ)けられず


「クソ! なんで、いきなりこんな剣が重く!? 何が起こっているんだ、クソ!」


 立川君は半泣きになりながらも、リュシオンさんと激しく剣を交えていたけど


「なっ!? 剣に火が!?」


 彼の反応どおり、最強の剣が葬送の火に包まれた。


 葬送の笛の力を知るアルメリア姫が


「葬送の笛が、あの剣をどこかに還そうとしている……?」


 笛を吹いている私にとっても、それは意外な光景だった。


 葬送の笛は死者を望む場所に還すだけの力のはずなのに。


 私の疑問に答えるように


「葬送の笛は君の願いを叶えるために、自らの力を拡大させた。本来は死者を望む場所に還す力だが、俺たち神の宝も死者のように自分の意思では動けぬ者。葬送の笛に応える者に限り、神の宝物庫に還す力が働く」


 フィーロはまるで神託を伝えるように厳かに告げると


「呼びかけに応えてくれて、ありがとう、クラウディオ。いつか永遠の安らぎを得るまで、今はあの場所で眠ってくれ」


 言い終わると同時に『最強の剣』は燃え尽きた。

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