偽りの結婚式
それから私たちは少しの寄り道の後。エーデルワールの王城に到着した。
この世界の主要な国の1つだけあって、権威と歴史を感じさせる大きくて立派なお城だ。
「りゅ、リュシオン様!? どうしてアルメリア王女を連れて戻られたのですか!?」
「まさかどこかで、あの噂を耳にして!?」
動揺する門番さんたちに、リュシオンさんは先ほどの無邪気さが嘘のような堂々とした態度で
「脅しに屈したわけじゃない。竜殺しの転移者を倒せるかもしれない策が見つかったから、反撃のために戻ったんだ」
「な、なんと!」
彼に続いてアルメリア姫も
「まずはお父様や大臣たちと話させて。あの男にはまだ我々の帰還を悟られないように、内密に呼び出してちょうだい」
それからアルメリア姫たちは、王様たちと密かに打ち合わせした。
まず転移者に会うのは、アルメリア姫と私だけ。
リュシオンさんは転移者の怒りを恐れて逃げたことにして、こっそり城内に潜伏した。
謁見の間。
アルメリア姫は自ら転移者の前に姿を現すと、リュシオンさんとは仲違いして別れたと告げて
「ですが、あの臆病者のせいで、家族が代わりに罰せられるのはあまりにも可哀想です。ここはわたくしに免じて、どうかお許しになって。その代わり、あなたと結婚しますわ」
淀みなく嘘を吐く彼女の後ろで、私は噂の転移者を見た。
すでに王様の代わりに玉座についた転移者は立川学君と言う、私と同い年くらいのひ弱そうな少年だった。
フィーロによれば立川君は高校3年生で、学業は平均の少し下。運動は完全に苦手な冴えない少年だと言う。
そんな本来は目立たない少年が、堂々たる体躯の兵士さんたちや輝くように美しいアルメリア姫を玉座から見下ろしているのだから、とても違和感のある光景だった。
そんな彼と結婚してもいいというアルメリア姫に
「本当か? 一度は他の男と逃げながら、どうして急に心変わりを?」
立川君は流石に彼女の真意を疑ったけど
「家族を見捨てられぬからと逃亡を諦めるところまでは理解できます。ですが、あの男はあなたの怒りを恐れて自分だけ逃げた。そんな情けない男に、どうして愛想を尽かさずにいられるでしょう?」
アルメリア姫はリュシオンさんの憶病を責めると、竜殺しの転移者に向かって優雅に微笑んで
「エーデルワールは竜と騎士の国。わたくしは強く勇敢な殿方が好きです。ですからガク様に気持ちが傾いたのですわ」
女の私すら見惚れてしまうほど魅力的な笑顔。
男の人なら、なおさら一たまりも無いようで
「そ、そうか。まぁ、確かにそうだよな。いくら見てくれがよくても、ここは剣と魔法の世界。弱い男に価値なんて無いもんな!」
立川君は素直に喜ぶと
「ところでそっちの子は? 日本人みたいだけど、もしかして俺と同じ転移者なのか?」
その質問に、私の代わりにアルメリア姫が
「彼女は旅先で出会ったのです。面白い力を持っているので、気に入って連れて来たのですわ」
「面白い力って、あの場所にあった魔法の道具たちのことか? 君はどんな能力を持っているんだ?」
立川君は意外と友好的な態度で尋ねて来た。
初対面だけど、同じ境遇だし仲間意識が湧いたのかな?
彼の質問に、私が神の宝物庫で選んだのは『葬送の笛』だと嘘を吐いた。
全知の鏡では、立川君を警戒させるかもしれない。
『飛び出す絵本』や『魔女の万能鍋』は彼が欲しがるかもしれない。
だから最も興味をそそらないだろう道具を選んだ。
立川君は案の定、微妙な顔をして
「吹くと勝手に死体が埋葬される道具? これから異世界に行くって言うのに、なんでそんな道具を選んだんだ?」
理解はできないようだけど、現物を見せたので疑われはしなかった。
「まぁ、でも確かに笛を吹くだけで勝手に死体が片付いてくれるのは便利かもしれないな。何せ最強の力を手にした俺は、戦いが宿命づけられているから! これからどれだけ死体の山ができるか分からない」
彼は少し陶酔したように言うと
「同じ日本人のよしみだ。その葬送の笛を吹いて死体を片付ける係として、エーデルワールに置いてやろう」
すでに国王気分で、私の滞在を許可した。
あっという間に結婚式当日。
私は約束どおりアルメリア姫に『強欲の指輪』を貸した。
その代わり私もエーデルワール王家から借りた『一足飛びのブーツ』を履いている。
さらにこれから偽りの結婚式が行われる式場に、参列者として出席した。
「くどいようだが、もし作戦が失敗して戦闘になったら、そのブーツですぐに逃げるんだ。決して彼らを助けようとしてはいけない」
フィーロによれば『最強の剣』に勝てるとしたら、一瞬で相手を通貨にできる『強欲の指輪』を身に着けたアルメリア姫だけ。
気力を奪っても肉体は残る『怠惰の指輪』では、もともと使用者の能力に依存しない『最強の剣』は止められない。
だから他の兵士さんに貸すこともしなかったと言う。
「非情に聞こえるだろうが、いざ戦闘になれば、君にできることは何も無い。だから何があっても自分の命だけは護ってくれ」
フィーロにこれほど強く言い聞かされるのは、はじめてだ。
それだけ危険な状況なのだろう。
エーデルワールも不測の事態に備えて司祭や招待客まで、まだ立川君に顔を知られていない兵士さんで揃えている。
逆に戦えない人は、もしもの時は私と同様すぐにこの場を離れるように伝えてあった。
今まで別行動だったリュシオンさんも、警備の兵に成りすまして、兜で顔を隠して式場に居る。
緊張の結婚式がはじまった。
純白の花嫁衣装にベールをつけた美しいアルメリア姫と、同じく花婿用の礼装に身を包んだ立川君。
けれど衣装が豪華であるほど、本来は目立たない少年である彼と、高貴で華やかなアルメリア姫との不釣り合いさが目立った。
立川君だけが、この結婚式の異様さに気付かず、アルメリア姫の美しさと式場の壮麗さに酔っていた。
「アルメリア王女は彼を夫とし、ともに助け合い生涯をともにすることを誓いますか?」
「誓います」
「では指輪の交換を」
ここでようやく竜殺しの転移者は、アルメリア姫の左手にすでに嵌まった指輪に気付いて
「えっ? なんでもう薬指に指輪を嵌めているんだ?」
「これは王家に伝わる仕来りですの。王家の女性は結婚可能な年齢から実際に伴侶を得るまで、この指輪を薬指に嵌めて純潔を護るのですわ」
アルメリア姫は笑顔で嘘を述べると
「花婿がこの指輪を取り、自分の指環を嵌めることで、あなたのものとなったという証になるのです」
「ふぅん。なんかいかにもな伝統だな」
立川君は嘘の仕来り自体は疑わなかったけど
「……でもなんかその指輪、あまりに禍々しくないか? 守護竜の国だし、竜なら分かるけど、まるで悪魔か怪物みたいな。なんで王女を護る指輪が、こんな怖いデザインに?」
悪魔の指環は見る者に、恐怖と不吉を感じさせる。
それに立川君はフィーロいわくゲーム感覚になっているだけで、決して頭が悪いわけではないようだ。
だからこそ悪魔の指環の禍々しさに気付き、王女にはそぐわないと疑問を持ったけど
「怖いからいいのですわ。この指輪の恐ろしい形相が、王家の女性に群がる悪い虫を追い払ってくれるのです」
アルメリア姫は少しの焦りも見せず、上手に言い訳すると
「ですが、これからはあなたがわたくしを災いから護ってくださいます。さぁ、指輪をお外しになって? そしてあなたのものになった証を、この指に嵌めて?」
嫌がっていた割に、やるとなったら演技派だ。
私はアルメリア姫の度胸と演技力に感心した。
夢のように美しい女性の媚態に、竜殺しの転移者は気を良くして
「そうだな。そんな不気味な指輪、さっさと外しちまおう」
作戦を見守る私たちは成功を確信して、必死に歓声を堪えた。




