作戦会議
アルメリア姫とリュシオンさんは転移者を倒す方法を探すために、駆け落ちのフリをして時間を稼いでいるそうだけど
「だが、残念ながら、その嘘はすでにバレている」
「そ、それはどういう意味ですか?」
動揺するリュシオンさんに、フィーロは鏡の中で肩を竦めて
「言葉どおりの意味さ。その転移者は君たちを捜すと言いながら、いつまでも成果を挙げない兵士たちを怪しんだ。そして駆け落ちはアルメリア姫を逃がすための狂言じゃないかと気づいた」
けれど本気で捜してないだろうと言われて、兵士さんたちが大人しく認めるはずがない。
だから転移者はリュシオンさんたちを呼び戻すために
『子どもの罪は親の罪だ。もしひと月以内にリュシオンが捕まらなければ、代わりに家族を処刑する』
と王様たちを脅しているそうだ。
「そんな。そんなことになっているなら知らせが届くはず……」
アルメリア姫は信じられない様子だけど
「いえ、きっと我々には知らせるなと家族が止めたのでしょう。我が家は代々王家に仕える騎士の家系。命惜しさに王家の姫を差し出すわけにはいかないと、両親なら考えるはずです。アルメリア様と結婚させることは即ちエーデルワールの王位を、あの無法者に与えることでもありますから」
リュシオンさんは苦しげに言った。
彼自身も例え家族が危なくても、アルメリア姫を差し出すわけにはいかないと考えているようだ。
「ちなみに処刑の対象はどこまでですか? まさか両親だけじゃなく兄弟たちまで?」
リュシオンさんの質問に、フィーロも厳しい表情で
「流石の彼も幼子を殺すのは躊躇うらしい。だからまだ幼い弟妹は見逃されるが、君の兄は両親もろとも殺される。それで兵を動かせなければ、今度は王族を手にかけるだろう」
「わたくしたちが戻らなければ、家族を処刑するなんて。あの男、どこまで卑劣なの!?」
アルメリア姫の美しい顔が怒りに歪む。
「自分の思い通りにならないからって、魔獣だけじゃなく人間まで殺そうとするなんて。どうして、そんな酷いことができるんだろう?」
こちらの世界の人ならともかく、相手は私と同じ現代からの転移者らしいので、余計に理解できなかったけど
「この世界は君の世界のゲームやアニメに似ている。だから彼は異世界に来たというより、物語に入ったような感覚なんだ。つまり自分だけが人間で、他は全て作りもの。だから彼らの言葉は響かないし、攻撃しても罪悪感が薄い」
フィーロの説明を聞いたリュシオンさんたちは
「確かに話が通じぬ男だとは思っていたが……」
「それほどに歪んだ思考の持ち主でしたのね……」
深刻な顔で呟くと、アルメリア姫は「でも」と話を変えて
「要するに、あの男の強さの秘密は最強の剣にあるのですよね? でしたら剣を奪えば、あの男を倒せるでしょうか?」
「姫の言うとおり、剣を奪えばその男は見た目どおりの弱者に戻る。しかし彼から剣を奪うことは、ほぼ不可能だ」
フィーロの言葉に、リュシオンさんは「確かに」と納得して
「あの男は風呂や就寝時ですら、剣を手放さない。実を言うと、これまで毒や睡眠薬を盛ることも試みたのですが、どれも効果がありませんでした」
毒殺も試みたと聞いて私は驚いた。しかしそれでも解決できないからこそ、困っているのだろう。
「そうだろうな。最強の剣は所有者を文字どおり最強にする。毒や薬を盛ったからって倒れてくれるはずがない」
「同じ魔法の道具なら? 怠惰の指輪で倒すことはできないの?」
怠惰の指輪なら相手を無傷で無力化できる。
そんな意味でも怠惰の指輪が有効であって欲しかったけど
「最強の剣を持っている限り、ただ触れることさえ難しいだろう。向こうは悪魔の指輪の存在を知らないが、最強の剣はあらゆる攻撃を防ぐから。攻撃の意志を持って触れようとするだけで回避か反撃をして来る」
フィーロの言葉に、アルメリア姫は重たい沈黙の末に
「……でしたら、わたくしがあの男と結婚して身を任せれば? 流石に夫婦の営みの時なら、あの男も剣を手放すんじゃ」
「アルメリア様。そんな我が身を犠牲にするようなこと」
けれどリュシオンさんが止めるまでもなく
「残念ながら、あの憶病な男は寝所でも剣を手放さない。彼は元の世界でさんざん弱さと劣等感を味わっているから、剣を手放せば終わりだと分かっている。いつか油断する時が来るとしても3年はかかるだろう」
「そんな……3年もあの男の妻になるなんて。それができなければ人が殺されるなんて……」
私には恋愛経験が無いけど、好きでもない人にキスやそれ以上のことをされるのは、きっとすごく辛いだろう。
嫌いな相手なら余計に、おぞましく感じるはずだ。
「どうにかしてアルメリア姫たちを助けられないかな?」
私の問いに、フィーロは難しい顔で
「確実な方法は無いが、五分五分でいいなら可能性はある」
「確実でなくとも構いません。少しでも可能性があるのでしたら教えてください」
アルメリア姫の願いに、フィーロが提案したのは、こんな策だった。
「わたくしとあの男の結婚式を開く? その結婚式であの男に、強欲の指輪を嵌めたわたくしの手を取らせるんですの?」
「それはこちらから触るわけでなければ、攻撃とみなされないから剣が反応しないと言うことですか?」
リュシオンさんの確認に、アルメリア姫が
「それなら結婚式でなくても、指輪を嵌めた誰かの手に触れさせることができそうですが……」
私も転移者のほうから手を取らせるだけなら、結婚式以外でも可能じゃないかと思った。
ところがフィーロによれば
「薬を盛るのが失敗したように、最強の剣は主人の命取りになる危険を『嫌な予感』として知らせる。だから結婚式など、どうしても触れなければならない状況を作らなければ、間違いなく回避される。それが無くとも悪魔の指輪の見た目は、人に不吉な印象を与えるからな」
確かに私はもう慣れたけど、悪魔の指輪には恐ろしげな怪物の顔が象られている。
リングも幅広でいかついので女性がつけると違和感しかない。
しかしそれで言えば、アルメリア姫のような高貴で美しい女性が、よりにもよって結婚式で悪魔の指輪を身につけるのは不自然じゃないかな?
けれど、私の懸念にフィーロは
「それはなんとでも言い訳が立つさ。あの男は女性の服装や装飾品など、いちいち気に留めるようなマメな男でもない。例えば、こんな理由はどうだ?」
王家の女性は純潔の証として、結婚までは薬指をこの指輪に守らせる。指輪が恐ろしげなのは悪い虫を寄せ付けぬため。
結婚式では花婿がこの指輪を外して、結婚指輪に付け替えるのが、エーデルワール王家の婚姻の儀式。
フィーロの作り話に、アルメリア姫とリュシオンはワッと喜んで
「すごい! それなら結婚式で確実に、わたくしの手を取らせられるわ!」
「あっという間に、こんな作り話ができるとは。流石は全知の鏡だ!」
しかし褒められたフィーロは冷ややかな態度で
「喜んでいるところ悪いが、ここまでやっても成功するかは五分だ。あの男はこの作り話を頭では信じるだろう。けれど姫の手に嵌められた悪魔の指輪を見て、確実に嫌な予感を覚える」
その危機感を無視して結婚式を進めるか。それとも式を中断しても正体不明の危険を避けようとするか。
「人の心は常に揺れている。寸前までするつもりだった行動を、最後の一瞬で裏切ることもよくある。そういう人の気まぐれは全知の力でも測り切れない」
しかも強欲の指輪を避けられた場合。
無理に触れさせようとすれば、嫌な予感は確信に代わり、転移者と戦闘になる。
だからと言って指輪を触らせることを諦めれば、アルメリア姫をそのまま差し出すことになる。
「仕掛けたら最後、後戻りはできないということですわね」
「アルメリア様……」
リュシオンさんは騎士として、アルメリア姫の決断を待っているようだ。
ただ彼自身はこのままでは家族を殺される。さらに王様たちまで手にかけられたら確実に国が揺らぐ。
それはアルメリア姫も承知のようで
「分かっています、リュシオン。このまま逃げていても状況は悪化するだけ。命の危険があるとしても、あの男を倒さなければ、我が国に未来はありません」
「はい。仮に不測の事態が起ころうと、この指輪があれば、ただ一度触れるだけであの男を無力化できる。この命に替えても、やり遂げてみせます」
強く頷き合う2人の間には、確かな覚悟と信頼があった。
でも2人が命がけだからこそ、私はとても心配になった。




