守護竜の国
甲板の死体の山が、すっかり片付いた頃。
背後でギシッと床板の軋む音がした。
ビクッと振り返ると、リュシオンさんが立っていて
「すまない。一部始終を見せてもらった。あなたが悲しい笛の音で海賊たちの死体を焼くところと、不思議な声とのやり取りを」
さらに彼の後ろにはアルメリアさんも居て
「どうかあなたとの約束を破った不義理をお許しください。ですが我々は決して面白半分で、あなたの秘密を盗み見たわけではないのです」
彼女は真摯に謝罪すると
「実はあなたの不思議な力と、海賊にすら情けをかける優しいお人柄を見込んで、お願いしたいことがありますの。他国どころか他の世界から来たミコトさんに強要できることではありませんが、どうか話だけでも聞いてください」
アルメリアさんは、なかなかお茶目かつお転婆な女性だ。
そんな彼女が真剣に、私に頼みがあると言う。
アルメリアさんの頼みが気になった私は、再び彼女たちの船室を訪れた。
そこで私は彼女たちの正体を聞いた。
偽名には気づいていたけど、アルメリアさんの正体は『エーデルワール』という国の王女で、リュシオンさんは竜騎士らしい。
竜騎士と言っても、竜に乗って戦うわけではない。
彼女たちの国・エーデルワールはこの世界の主要な国の1つで、竜に守護されし国として有名らしい。
だからかの国で最高位の騎士には、守護竜にちなんで『竜騎士』の称号が与えられると言う。
「性格的にはまだ未熟で気の利かない男ですが、こう見えてリュシオンは、我が国に5人しか居ない竜騎士の中でも強さだけならいちばんの精鋭なのです」
アルメリア姫のちょっと引っ掛かる説明に、リュシオンさんも嫌味な笑顔で
「というわけで、俺とアルメリア様が恋仲だと言うのは真っ赤な嘘だ。アルメリア様は我が国でいちばんの美女と名高いが、このとおり俺には扱い切れぬ方。プライベートまで彼女に支配されるなんて絶対に御め……ぐわぁぁっ!?」
アルメリア姫は無言でリュシオンさんに雷撃を食らわせると「話を戻しますわね」と私に微笑んだ。
ちなみに海賊を一撃で気絶させた雷撃を食らっても、リュシオンさんは少し焦げただけで意識を保っている。
竜騎士って、すごいんだな。
「先ほどお話したとおり、我が国は人語を解する知性と神のごとき慈悲を持つ守護竜に護られていました。ですが、ある転移者に、大切な守護竜を殺されてしまったのです」
大国を守護していた竜を、転移者とは言え人間が殺した?
にわかには信じられなかったけど
「どうも姫の言う転移者は『最強の剣』を持っているようだ。馬鹿みたいな名前だが、その剣は持つだけで所有者に文字どおり最強の力を与える」
フィーロの解説に、リュシオンさんが
「ああ、またあの不思議な声が」
「いったい誰が話しているんですの? なぜ会ったこともない転移者の力の秘密が分かったんです?」
フィーロが話したということは、彼らには秘密を明かしていいのだろう。
私はアルメリア姫たちに、鏡の中のフィーロを見せた。
彼が全知の力で、いつも私を導いてくれているのだと。
「まぁ、ミコトさんは賢者の加護を受けていたのですね!」
「その全知の力で、あの転移者の力の秘密を見抜いたのか!」
アルメリア姫とリュシオンさんは嬉しそうだ。
フィーロを紹介すると、再びアルメリア姫たちの事情を聞いた。
『最強の剣』を得た転移者は、自分がどれだけ強くなったのか試し斬りをはじめた。そして止まらなくなったそうだ。
「いちおう相手は人間ではなく魔獣でしたが、人里に降りて我らに害をなさない限りは同じ世界に生きる命。少なくとも我が国では、素材目当ての狩りか撃退以外の目的では無闇に攻撃しないことにしています」
単なる恩情ではなく、生態系を狂わせないための決まりのようだ。
そうとも知らず転移者はゲーム感覚で魔獣を狩りまくった。
魔獣はそんな恐ろしい転移者から逃げるように、本来の縄張りから人里に押し寄せた。
人間に理不尽に傷つけられて逃げて来た魔獣は、当然ながら人間に恐れと憎しみを抱いた。
その魔獣たちが逃げたついでに、罪の無い人たちを襲った。
エーデルワールの兵士さんたちが魔獣の被害を抑えている間に、原因を突き止めた守護竜は転移者を止めに行った。そして逆に殺されたと言う。
竜をも超える最強の力を持った転移者に。
「そろそろもっと大物を狩ってみたかったところだ」と、やはりゲーム感覚で。
守護竜を殺されたエーデルワールの人々は転移者を咎めた。
いちおう転移者は人間と戦う気は無いようで、守護竜殺しを謝罪したけど
『じゃあ、これからは俺が守護竜の代わりに、この国を護ってやるよ。俺のほうが強いと証明されたんだし、アンタたちだって、そのほうがいいだろ?』
と言い出したそうだ。
守護竜を神と崇めるエーデルワールの国民は、この愚かで無礼な転移者に殺意を覚えた。しかし竜を倒すほど強いのは確かだ。
『守護竜を失った穴を、別の何かで埋めなければならん。幸い人間を殺すつもりは無いようじゃし、なんとか取り込んで教育しよう』
しかし王様の目論見とは裏腹に、最強の力を持つ無法者を、エーデルワールの新たな守護者にするのは無理だった。
彼は実際強く、誰よりも多くの魔物や外敵を倒した。
けれど、そのたびに「給料を寄越せ。屋敷を寄越せ。女を寄越せ」と要求したと言う。
『騎士たちだって給料や褒美をもらっているんだろ? アイツらより強い俺が望んで何が悪い』
守護竜と違って彼は人間だ。タダ働きでいいとは流石に思わない。
ところが増長した転移者は、とうとう国いちばんの美女であるアルメリア姫に目を付けて
『姫と結婚させろ。そうすりゃこの他人の力に頼るしかない情けない国を、俺が王になって率いてやるよ』
と、あまりに無礼なことを言い出した。
エーデルワールの人たちは、流石にもう耐えられないと転移者を追い出そうとしたけど
『さんざん利用しておいて、自分たちの都合で追放しようって言うのか!?』
追い出そうとした兵士さんたちを痛めつけて黙らせると、あくまでアルメリア姫との結婚を望んだ。
誰もこの厄介な転移者を止められない。かと言って大人しく姫を差し出すわけにはいかない。
「だから駆け落ちのふりをして、アルメリア様を連れ出したんだ。俺の独断ということにすれば、他の者たちが痛めつけられることは無いだろうと」
だから2人は最初、私にも駆け落ちだと言ったらしい。
「そうしてわたくしたちは逃げることで時間を稼ぎ、兵たちは駆け落ちしたわたくしたちを捜すフリをしながら、あの男を倒す方法を探していたんですの」




