最終話・まだ知らない世界を君と【視点混合】
獣人さんたちが安全に人間と関わっていくことはできないのか?
否定を覚悟する私たちに、フィーロはニコッとして
「だが人間への憎しみと不信しかなかった君が、我が君やリュシオンと出会って考えを変えたように、実際に会って見て知ることで理解は始まるんだ。だから君たちが、まずは少数の安全な人間から交流を始めたように、少数の安全な獣人を少しずつ、人の世に送り出すことから始めたらいい」
「だが、その最初の獣人たちが迫害されたら? 理不尽に攻撃されても、黙って耐え忍べとは俺には言えない」
迫害を懸念する獣王さんに
「最初に送り出す場所を選べば、極端な迫害は免れるだろう。例えばエーデルワールのアルメリア女王のもととかな」
しかしフィーロの意見に、リュシオンがすかさず
「いや、獣人と事を構えたことがあるのに、獣人を受け入れるのは難しいのでは?」
エーデルワールの国民だからこそ、獣人を受け入れる難しさが分かるのだろう。
私も全く彼らのことを知らなかったら、獣人さんたちを大きくて怖いと思うかもしれない。
「体格のいい男の獣人を受け入れるのは確かに恐ろしいだろう。だが人頭の女性なら? 最初に人頭の女性をメイドとして受け入れる。その人頭の女性が他の者たちの信用を十分に得たら、その友人として新たに獣頭の女性を受け入れる」
私も前に富裕層のパーティーに占い師として入り込んだ時、クリスティアのご両親に紹介を頼んだ。
フィーロはそんな風に
「人間同士でも未知の相手は恐ろしいものだ。人間はそんな不安を解消するために紹介という手を使う。受け入れやすそうな者から送り込み、少しずつ理解と信頼を得て、その相手からの紹介という形でつながりを増やしていく。そうすれば異種族間の摩擦を限りなく減らせる」
まずは人間に近い姿の獣人さんから始めて、その人の友だちだから大丈夫って感じて、少しずつ獣人さんに慣れてもらう。
そういう形なら
「確かに。エーデルワールを攻めたのは男の獣人だし、人頭の女性なら人間とほとんど変わらない。人頭の女性なら比較的、城内でも受け入れやすいかもしれない」
リュシオンの反応に勇気をもらって
「それでエーデルワールの人たちが十分に獣人さんたちに慣れてくれたら、他の国の人たちにも獣人は危険な種族じゃないって分かってもらえそうだね」
この方法なら少しずつ獣人さんたちが活動できる範囲が広がるんじゃないかと期待したけど
「お前たちの言うことは分かるが、十分な理解と信頼を得るには長い時がかかりそうだな」
獣王さんの言うとおり、数年どころか数十年単位の試みになりそうだけど
「衝突を避けたいなら時間をかけて、じっくり馴染ませていくことだ。決して恐怖心のある者に、理解と許容を押し付けてはいけない」
フィーロの説得に、獣王さんは浮かない顔で
「だが、そのやり方ではいま外の世界を見たいと願う民たちの希望は叶わない。身の安全にはかえられないが、けっきょく今の獣人たちは閉じ込めるしかないのが可哀想だ」
「あの、外の世界を見るだけなら、別の方法もあるかもしれません」
私が提案したのは
「ニャーッ!? すごい! サーティカ、人間になっちゃったニャ―!」
サーティカの言うとおり、今の彼女は褐色の肌に艶やかな黒髪。少し釣り目がちな緑の目と八重歯が可愛い人間の女の子になっていた。
彼女の変身ぶりにリュシオンも驚いて
「獣頭獣人のサーティカを人間の女の子に変えるなんて。それも指輪の力なのか?」
「うん。これも神樹さんにもらった新しい指輪の1つで『変身の指輪』って言うんだ。しかもこれは自分だけじゃなくて、指輪を嵌めた手で触れたものも変身させられるの」
例えば「アルメリアに」と言えばアルメリアの姿になるけど、ただ「人間の女の子に」と言えば、サーティカの特徴を元にした人間の女の子になる。
恐らく人頭さんに使えば、耳と尻尾だけが人間のように変化するだろう。
「これで獣人さんたちを人間の姿にすれば、少なくとも種族による差別や迫害は受けずに済むはずです」
獣王さんに説明する横で、サーティカはウキウキと
「これなら隠れ蓑と違って姿が見えるから買い物もできるし、気になる人間とも話せるニャ! 外の世界を見たい。人と話したい民の願い叶うニャ!」
「人の姿になっても人の世の常識を知らないとトラブルのもとだから、最初は俺や我が君が付き添うが、慣れてくれば獣人同士で、まだ勝手の分からない仲間のフォローができるだろう」
フィーロに続いて私も
「獣人という種族そのものを人間に理解してもらう試みをしながら、いま外の世界を知りたい獣人さんたちには人の姿で見学してもらう。そういう感じなら、危険は最小限で済むんじゃないでしょうか?」
「それでお前たちが、その面倒臭い取り組みに協力すると? 騎士には金や宝石をやるとして、お前たちは何を得る?」
やや皮肉に問う獣王さんに私はキョトンとした。私たちが獣王さんに協力して何を得るかって
「わざわざ聞かなくとも、あなたは知っているはずだ。あなたたちの願いが叶えば、我が君は嬉しいのだと」
フィーロの言うとおり、大切な人たちの願いが叶えば、私はそれがいちばん嬉しいので
「はいっ! だから、ぜひ協力させてください!」
笑顔で言うもハッと気づいて
「その代わりリュシオンの件も、よろしくお願いします」
けっきょく無条件じゃないなと思いながらも、大切なことなのでお願いすると
「必要なだけ金と宝石をくれてやる。その代わり、お前は永遠にコイツに感謝しろ」
獣王さんの命令に、リュシオンはムッとしつつ
「あなたに言われるまでもなく、ミコト殿たちには永遠に感謝している」
リュシオンは私に目を向けて
「だから助けるばかりではなく、俺にもあなたたちを助けさせてくれ。それとマラクティカの王も。この国のためにできることがあれば、なんでも言ってくれ」
「人間の助けなど要らん」
リュシオンの申し出を、一度はバッサリ切った獣王さんだったけど
「と言いたいところだが、民を人の世に出すなら、人間の協力者は多いほうがいいだろう。何かあれば呼んでやる」
【フィーロ視点】
獣王殿から無事に資金を調達した後。今度リュシオンと学校を開くのにいい物件を一緒に見に行く約束をして、今日は解散した。
「せっかくマラクティカに来たから、神樹さんに挨拶させてもらっていいですか?」
我が君は獣王殿に許可を取って、俺と神樹の森に入った。聖域を見張り無しで歩くことを許されるのだから、我が君は本当に信用されている。
我が君は木漏れ日の中を歩きながら
「まさか人間嫌いの獣王さんが、マラクティカの人たちを外の世界に出そうとするとは思わなかった。私もこの世界に来てから、知らない景色や人に出会うのがすごく楽しかったから。これからマラクティカの人たちが、たくさんの知らないことと出会って行くんだと思うと、すごくワクワクする」
隣を歩く俺を笑顔で見上げると
「いつか獣人さんたちがこの世界の一人種として認められて、そのままの姿で行き来できるようになったら、きっとこの世界はもっと賑やかで楽しくなるね」
この子は知らない。もし自分が来なければ、この世界はいずれ滅びていたことを。
と言っても世界の滅びは珍しいことじゃない。人間が存在する世界のほとんどが『神の試し』に応えられず滅びている。
世界を浄化する神樹が枯れれば、この世界は死の星になる。そういう滅びのスイッチが、どの世界にも存在する。
今は死の砂漠に護られたマラクティカ。しかし人間はそのうち自らが作り出した技術によって、死の砂漠を越えられるようになる。
マラクティカの資源がこれほど豊富なのは、神樹を護る一族への特別な恩恵というだけではない。マラクティカは人類を試す罠だ。
死の砂漠を越えるほどの力を人類が得た時。力に精神が追いついていなければ、人間は獣人を排除して、この楽園を手に入れようとするだろう。
異なる種族と出会った時。対話と理解ではなく対立と支配しか選べぬようなら、人類は滅びるように、どの世界も作られている。
全知の力を得た時。俺が見たのは暗黒の未来だった。
世界は滅びるようにできていて、人間は愚かで決して学習しない。だから未来など無い。
そのはずだったのに。
我が君は悪魔の力から俺たちを救うだけでなく、この世界の未来のために光の種をまいた。
歴代の誰より人間不信だったマラクティカの王の心を開いて、人間の国・エーデルワールとの架け橋となり、異なる種族が理解と信頼によって融和する可能性を生むことで。
世界を救うのは我が君の義務じゃない。だからこの子に余計な重荷を背負わせぬように、世界の仕組みについては決して話さないが
「ああ。今日かの王はこの世界の発展と人々の幸福のために、とてもいい種をまいた。きっと我が君の言うとおり、この世界はもっと優しく輝かしいものになっていくだろう」
願いを込めて答えると、我が君は幸福そうに笑って
「変わって行く世界を、これからもフィーロと旅したい。ずっと一緒にいてくれる?」
伸ばされた手を、俺は「もちろん」と迷わず取ると
「これからも、まだ知らない世界を君と旅させてくれ」
真昼の神樹の森で新たな約束を交わす。我が君と歩むこれからの世界が、光で満ちて行くように願いながら。
初めての長編ファンタジーだったので、最後まで読んでいただけるか、ものすごく不安でした。
ですから、こうしてミコトたちのお話を見届けていただけて、とても嬉しいです。
連載中にいただいたブクマや評価、感想やリアクションなどにも、とても力をいただいていました。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。




