美しき恋人たち
船旅2日目。
船の上では陸よりも、さらに娯楽が限られる。
他の乗客たちは早くも退屈そうだけど、私には古今東西の故事や物語にも詳しい全知の鏡がついている。
フィーロは話し上手なだけじゃなく声ものびやかで美しいので、私は甲板の端っこで、楽しく彼の話に耳を傾けていた。
しかし話の途中で
「おっと、我が君にお客さんだ」
その言葉に、慌ててコンパクトを閉じる。
顔を上げると、昨日酔い止めをあげた瑠璃色の髪の青年が
「アメル様、あの方です」
アメルさんという若い女性に私を紹介した。
遠目にアメルさんを見た私は、輝くような美貌に目を見張った。
オレンジゴールドの波打つセミロング。その鮮やかな色彩に負けない濃いエメラルドの瞳。真昼の陽光を照り返す陶器のような白い肌。
彼が騎士なら、彼女はまるでお姫様だ。
女神のように華やかな美貌を持つアメルさんは、私を見るとパッと笑顔になって
「先日は酔い止めの薬を、ありがとうございました。わたくしたちも酔い止めを用意していたのですが、全く効かなくて困っていましたの」
ハツラツとした声と表情からして、船酔いはすっかり良くなったようだ。
体調が回復したので、風に当たりに甲板に出て来たのだと言う。
「お役に立てて良かったです」
笑顔で返す私に、アメルさんもフレンドリーな態度で
「よろしければ、わたくしたちの部屋にいらっしゃいません? 元気になったら今度は退屈で、話し相手になっていただきたいんですの」
「アメル様。いくら恩人だからって、ろくに知らない相手を部屋に招くなんて」
お付きの人(?)は、まだ私を警戒しているようだけど
「こんな可愛らしいお嬢さんの何を恐れているの? いくら彼女が転移者かもしれないからってカリカリし過ぎよ、シオン」
アメルさんの一存によって、私は彼女たちの部屋に招待された。
アメルさんたちの泊っている一等船室は他の客室より広く、2つ並んだベッドも十分な大きさだ。
ちなみにシオンさんは20歳。アメルさんは18歳だそうだ。
「あっ、じゃあ、私と同い年ですね」
何気なく言うと「えっ!? 18歳!?」と2人とも酷く驚いていた。
東洋系なのもあるけど、私が155センチと彼女たちに比べると小柄で、性格的にも子どもっぽいから余計に幼く見えるんだろうな。
ところで、この年頃の男女が同じ部屋に泊まっているということは、2人は恋人同士なのかな?
「もしかして2人は恋人なんですか?」
私の質問に、シオンさんは「いや……」と困った顔をしたけど
「そう。わたくしたち、親の反対を押し切って駆け落ちしたんですの」
アメルさんは豊かな胸を押し付けるように、シオンさんの腕にギュッと抱き着いた。
けれどシオンさんは赤くなるどころか、なぜか青ざめて
「あ、アメル様。またそんな嫌がらせ……いや、お戯れを」
「あら、嫌がらせとはなんのことかしら? わたくしと恋仲であること? それとも腕を組んでいること?」
アメルさんはニッコリしながら、シオンさんの手の甲を強めに抓った。
シオンさんは痛みにグッと呻いた。
傍目には虐めているように見えるけど、これが恋人同士のじゃれ合いなのかな?
恋愛経験の無い私には、理解が難しい高度なコミュニケーションだ。
アメルさんは気を取り直したように優雅な微笑みで
「わたくしは貿易商の娘で、シオンは従者兼護衛でしたの。でも彼ったら恋人になっても敬語が抜けなくて。おかしいでしょう?」
同意を求める彼女に、私は笑顔で首を振って
「アメルさんはお姫様みたいで、シオンさんはナイトみたい。2人が並ぶと、ものすごく絵になって素敵です」
こんな美男美女のカップルを見るのは初めてで、感動を伝えたかったのだけど、なぜかシオンさんは少しムキになって
「何を馬鹿な。一国の姫がこんな汚らしい船に乗っているはずがない」
「あら、シオン。そんなことを言ったら、他の乗客や乗組員の方に失礼よ。ただ父が持っていた船より揺れるのは確かね」
その口ぶりからして、アメルさんはよほど裕福な家のお嬢様みたいだ。見た目が美しいだけじゃなく、言葉遣いや物腰も上品で素敵だな。
和やかに話していると、突然船が大きく揺れた。
「きゃっ!? 何!? 今の揺れは」
体勢を崩したアメルさんを、シオンさんは咄嗟に抱き留めた。しかし彼女を立たせると、厳しい表情で身を離して
「外を見て来ます。アメル様たちは部屋で待っていてください。俺が戻るまで決して外に出ないで」
そう言うと、彼は剣を手に足早に船室を出た。
「いったい何が起こったのかしら?」
アメルさんは、シオンさんが出て行ったドアを不安そうに見ながら呟いた。
そんな彼女の後ろで、私はコッソリ紫のコンパクトを耳に当てた。
すると、さっそくフィーロが小声で
「今この船は海賊に襲われている。ほとんどの海賊は甲板で、さっきの彼と乗組員たちが倒すから心配ない。ただ」
「ただ?」
「数名の海賊が客室までやって来る。この部屋にも2人来るぞ」
フィーロの警告にギクッとする。しかし時は待ってくれず
「この柔な木製のドアは簡単に破られるから、怠惰の指輪を嵌めておけ。海賊はいかにもか弱そうな君たちに油断する。その隙を突いて触るんだ」
するとフィーロの予言を証明するように
「か、海賊だっ!」
「いやぁ! 助けて!」
壁越しに他の乗客の悲鳴が聞こえて来る。
「海賊。なるほど。それでこの騒ぎ」
てっきり怖がると思いきや、アメルさんは冷静に呟くと、励ますように私の手を取って
「どうか心配なさらないで。わたくし、雷の魔法が使えますの。あなた1人くらい護って差し上げます」
アメルさんは魔法が使えると聞いて驚いた。
この世界の一部の人たちは、ゲームなどでよく見る地水火風に加えて、雷属性の魔法を使えるらしい。
ただ、その魔法は呪文を唱えて発動する術ではなく、生まれつきの超能力に近い。
威力についてもゲームほどではなく、手の平に火を出せるだけでも稀だそうだ。
「アメルさんの雷は、どのくらいの威力なんですか? 海賊は2人来るそうですが、同時に倒せそうですか?」
私の問いに、アメルさんは「なぜ海賊が2人来ると?」と驚いた。
しかし、その疑問をひとまず置いて
「わたくしの雷撃は成人男性を気絶させる程度の威力はありますが、2人同時は……」
どうやらアメルさんの雷撃は連続して出せないらしい。
それだと1人目は倒せても、武器を持っているだろう次の相手が、私たちを獲物ではなく敵とみなす。
捕まえることは諦めて、即座に殺しにかかるだろう。
だとしたら……と私はアメルさんに、ある作戦を提案した。
準備を終えた私たちのもとに、フィーロの予言どおり、海賊が2人やって来る。
ドアを蹴破って入って来た海賊たちは、部屋の隅で震えていた私に気付いて
「なんだ? この部屋の乗客はお前だけか? 隠し立てすると容赦しねぇぞ!」
怒鳴りながら刃を向けて来る海賊たちに
「しょ、正直に答えたら見逃してくれますか?」
素で怯えながら問うと、海賊たちはニヤニヤして
「悪いが若い女はよほどのブスじゃない限り、みんな連れて行く予定だ。それに今のもの言いじゃ、まだ人が居るって言っているようなもんだぜ」
「どうせ、あのクローゼットだろう。そこ以外に隠れるところも無さそうだしな」
海賊は私が逃げないように相棒に見張らせると
「さぁて、女か子どもか、どっちかな?」
捕食者の笑みでクローゼットを開けた。
その瞬間。
「ぐわあぁっ!?」
クローゼットに潜んでいたアメルさんが、油断していた海賊に雷撃を食らわせた。
彼女の雷撃は本当に改造スタンガン並の威力があるようだ。
アメルさんの自己申告どおり、海賊Aは気絶した。
仲間の絶叫と、凄まじい雷撃の音は
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
私を見張っていた海賊Bの注意をクローゼットに引き付けた。
海賊Bが私に背を向けた瞬間。今度は私が怠惰の指輪で、素早く敵をダウンさせた。
こうして私とアメルさんは、無事に海賊2人を戦闘不能にした。
アメルさんは、私がもう1人の海賊を倒したことに驚いて
「まぁ、もう1人の海賊は本当にミコトさんが倒してくれましたの!? わたくしのように魔法を使ったわけでもなさそうなのに、そんな細腕でどうやって!?」
その質問に答える前に
「アルメリア様! ご無事ですか!?」
甲板で海賊と戦っていたシオンさんが戻って来た。
って今、アメルじゃなくてアルメリアって呼ばなかった?
聞き間違いか確認する間も無く、彼は現場を見渡すと
「クローゼットの前の海賊は、あなたお得意の雷撃で仕留めたのだとして、もう1人の海賊はいったいどうやって? 気絶しているわけでもなく、まるで抜け殻のようになっていますが……」
「その海賊はミコトさんが倒してくれたのよ。いったいどういう技なのか、わたくしも気になるわ」
2人の視線が私に向く。
シオンさんはすでに私が転移者だと見抜いている。
だとしてもフィーロの許可が出ないうちは、悪魔の指環や神の宝のことは話さないほうがいいよね?
そう考えた私は咄嗟に
「あの……人体には『秘孔』という急所のような部分があって、そこを針や指で突くだけで、相手を無力化できるんです……」
漫画やアニメで見たなんちゃって知識を披露する。流石にバレるかなと心配したけど
「なんと武器も使わず? 若いのに、そんな達人だったとは」
シオンさんは割と天然なのか、意外と素直に信じてくれた。
そんな彼にアメルさんが
「リュシオン、それより海賊は? 他の乗客たちは無事なの?」
「この船に乗り込んだ者たちは全員倒しました。海賊船に残っていた者たちは、乗っ取り失敗と見て逃げたようです」
他の乗客たちの安否は、いま船員さんたちが確認しているそうだ。
「そう。じゃあ、もう大丈夫なのね」
「はい。ですが、外は酷い有様ですから、アルメリア様はここに。あなたも部屋を出ないほうがいい」
ところで2人はすっかり『アルメリア』と『リュシオン』と呼び合っている。
どうやらそれが2人の本名らしい。
どうして偽名を使っているんだろうと少し気になった。




