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ミコトの誕生日

 その日。私はフィーロと離れて1人で仕事をしていた。


「要らないものをなんでも買い取ります。ご自宅で邪魔になっているものはありませんか?」


 お客さんを探しながら街を歩いていると、ちょうど人通りの無い路地で


「えっ!?」


 真上から突然光が差したと思ったら、ふわっと体が浮き上がって


「わわわわわっ!?」


 今の自分の状態を客観的に表現するなら、まるでアブダクションだ。ちなみにアブダクションとは宇宙人がUFOで、人や動物を連れ去ること。


 私ファンタジー世界を旅しているつもりだったけど、もしかしてこの世界にも宇宙人がいるのかな!?


 しかし私をアブダクションしたのは知らないUFOじゃなくて


「なんだ。フィーロだったんだ。この方法で入るのは、聖トラヴィス教団に潜入した時以来だからビックリしたよ」


 謎の光線による乗り降りは、いちいち操作しなきゃいけないので、普段は一足飛びのブーツで出入りしていた。


「普通に迎えに行っても良かったが、たまには驚かせてみようと思ってな。珍しい体験ができて楽しめただろう?」

「確かに。UFOに誘拐されるなんて初めてだし、映画みたいで楽しかったかも」


 フィーロの遊び心に、新鮮な体験だったと笑顔で返すと


「お前たちはいつもこんな調子なのか?」


 呆れ顔で声をかけて来たのは


「あれ? 獣王さん。今日はどうしたんですか?」

「王だけじゃないニャ―。サーティカも一緒ニャ―」


 言葉とともにサーティカがピョンと抱き着いて来る。


「2人で遊びに来てくれたの?」

「いいから黙ってついて来い」


 獣王さんたちに続いて、リビングとして使っている部屋に入ると


「誕生日おめでとう!」


 リュシオンとアルメリアの声とともにクラッカーの鳴る音。


 紙まみれになった私は一瞬ポカンとした後。


「えっ、誕生日!? もしかして私の!?」


 ビックリする私に、フィーロが笑顔で


「そう。今日は君の誕生日だ。去年は旅の途中に俺が祝いの言葉を述べただけで、ろくに祝えなかったから。今年は盛大にやろうと、彼らにも声をかけたんだ」


 改めて部屋を見ると、パーティー用に装飾してあった。


「サーティカ、フィーロに渡された色紙で謎の輪っか作ったニャ! がんばったから見るニャ!」


 色とりどりの輪っかを連ねた飾りの他に、花や風船なども飾ってある。


 他にもテーブルいっぱいに並べられたケーキとご馳走は


「食事やケーキは、わたくしと獣王殿で持ち寄りました」

「それと鏡に言われて、お前の欲しいものを対価の指輪で買っておいた」

「わ、私の欲しいもの?」


 獣王さんの言葉に目を丸くする私に、リュシオンが大きな薄型テレビとDVDプレイヤーを指して


「エイガというものを観るために必要な道具のようだ。俺はアルメリア様たちほど金が無いので、いちばん小さい道具だが」


 そう言って彼がくれたのは


「わぁ、『子犬物語』だ! これ、すごくお気に入りなの! ありがとう、嬉しい!」


 お気に入りのDVDをもらって大喜びする私に、リュシオンは少し照れながら


「いや、俺はフィーロ殿に言われて金を出しただけだから。礼ならフィーロ殿に言ってくれ」

「フィーロが選んでくれたんだ? これ、すごく好きだから本当に嬉しい。ありがとう」


 フィーロにもお礼を言うと、彼は「ああ」と笑って


「その映画は君のお気に入りでもあるし、君の故郷が舞台だから、皆も楽しく観られるだろう」


 映画のチョイスはバッチリだけど


「でも私や他の皆は大丈夫でも、アルメリアは言葉が分からないんじゃ?」


 私は転移者としての恩恵。フィーロは全知の力。獣王さんとサーティカとリュシオンは知恵の実によって、よその国の言葉が分かる。


 しかしアルメリアだけは、そういう特別な力の恩恵を受けていなかった。私が説明してもいいけど、楽しめないんじゃないかと心配すると


「その対策ならバッチリですわ。わたくしも獣王殿にいただいて、すでに知恵の実を食べましたので」

「えっ? 良かったんですか? 貴重な知恵の実を、映画を観るためにもらっちゃって」


 前にリュシオンのためにもらった時は、当たり前だと思うなと注意された。


 それだけ大切なものを娯楽のためにもらっちゃっていいのかなと、獣王さんを見ると


「知恵の実は光の花が咲いた後になる。神樹の花を咲かせたのは、お前の願いだから1つぐらい譲ってやる」

「あ、ありがとうございます」


 部屋の飾りつけにケーキやご馳走。テレビにDVDプレイヤーに子犬物語。


 まるで誕生日とクリスマスとお正月が一気に来たようなすごい贈り物に、思わず涙ぐみながら


「前にフィーロと「いつか皆で映画を観たいね」って話していて、なかなか実現できないでいたんですけど、今日こんな形で叶って。それも皆に誕生日を祝ってもらえて、すごく嬉しい」


 「今日は本当にありがとう」と、改めて皆に感謝を伝えると


「我が君。これは俺からだ」


 最後にフィーロが穏やかな微笑とともにくれたのは


「なんだ? 『本日の主役』って」

「なぜそんな奇妙な格好をミコトさんに?」


 困惑する皆をよそに、フィーロがくれたタスキと三角帽子をつけた私は


「ありがとう、フィーロ! これもアニメとかでたまに見て、一度着けてみたかったから、すごく嬉しい!」

「君の望みを叶えるのが俺の仕事だ」


 満面の笑みで通じ合う私とフィーロに、獣王さんは白い目で


「お前の趣味は本当に分からん」


 それから私たちはご馳走とケーキを食べると、さっそく皆で子犬物語を観はじめた。


 子犬物語は本当に名作だし、フィーロが言うとおり、日本が舞台なのでぜひ皆に観てもらいたい。


 ただ子犬物語はファミリー向けの映画なので、もしかしたら男の人にはつまらないかもと少し不安だった。


 しかし実際は


「なんと。タロが飼い主を捜しているのは、自分が飼われたいからではなく、飼い主の少女を護りたいからだったとは」

「そのために安全な環境から抜け出して、危険な外の世界に飛び出すなんて」

「タロは偉いニャー。小さくても男ニャー」


 思い思いに感想を言い合う皆をよそに、獣王さんだけ静かに映画を観たいタイプなのか、うるさそうにしている。


 私は友だちに誕生日パーティーを開いてもらうのも、ワイワイ映画を観るのも初めてで、とても楽しくて、ずっとにやけっぱなしだった。


 ちなみに子犬物語のあらすじはこうだ。


 小学3年生の彩音(あやね)ちゃんは、誕生日に子犬のタロを買ってもらう。しばらくはタロと楽しい日々が続いたが、突然の事故で父親が死んでしまう。


 シングルマザーになった母親は


「今は小さくてもタロは大きくなる犬種だから、餌代や病院代が高くてとても飼えないわ。保護施設にお願いして、引き取ってもらいましょう」


 そのほうがタロのためにもいいと彩音ちゃんを説得する。


 けれど彩音ちゃんは


「タロも家族だよ。これから私のご飯は半分でいい。もう新しいお洋服もいらないから、タロだけは捨てないで」


 涙ながらに頼むも、母親はタロを保護施設にやってしまう。


 子犬のタロにはすぐに引き取り手が現れたけど、タロの脳裏にはずっと最後に見た彩音ちゃんの泣き顔が焼き付いていた。


 僕、彩音ちゃんに会いたい! 会って笑顔にしたい!


 その一心で新しい家を抜け出したタロは、彩音ちゃんのもとに帰る旅に出る。その旅が予想以上に長く過酷なものになるとも知らないで。


 タロを手放してから3年。母親は別の男性と再婚し、生活に余裕ができた。


 娘からタロを取り上げたことを気に病んでいた母親は、新しい旦那さんと相談して「新しい犬を飼わない?」と勧めるも


「お母さんのことは、もう怒ってないよ。でも私はタロを護るって約束を守れなかったから。タロ以外の犬は絶対に飼わない」


 3年も離れ離れになってもタロを忘れない彩音ちゃんに


「あ、アヤネ殿」


 ほろりとするリュシオンの横で、アルメリアもハンカチで目を押さえながら


「タロがアヤネちゃんを想うように、アヤネちゃんもタロを想っていますのね」

「きっと会えるニャ! もうすぐ会えるニャ!」


 まるで応援上映のように盛り上がるリュシオンたちと違って獣王さんは静かだけど、集中して映画を観てくれていた。


 ラスト。小学6年生になった彩音ちゃんは、下校中に不審なおじさんに声をかけられる。逃げようとしたものの無理やり抱き上げられて、車に乗せられそうになる。


 そこに激しく吠えながら矢のように突っ込んで来る1頭の大型犬。大きな犬に噛みつかれ、激しく吠えられた誘拐犯は、慌てて車に乗り込んで走り去る。


 その場に残された彩音ちゃんは


「どうして私を助けてくれたの?」


 すると誘拐犯にはあれだけ狂暴だった犬が、彩音ちゃんにはキュンキュンと嬉しそうに懐いて来る。


 この子は私を知っている。そう気づいた彩音ちゃんは


「タロ? もしかしてタロなの?」

「ワンッ」

「タロ! タロォ!」


 彩音ちゃんは泣きながら、見違えるように大きくなったタロに抱き着いた。


 離れ離れになってもお互いを想い続けた犬と飼い主の再会を見届けた皆は


「タロ、再会するだけじゃなく、ご主人のピンチを助けたニャ! タロは勇者ニャ!」

「タロの物語を世界中に知らしめて永遠に称えたい気持ちですわ」

「俺も騎士としてタロのようにありたいものだ」


 大人な獣王さんとフィーロ以外は、みんな泣くほど感動してくれたみたいで良かった。

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