フィーロの場合【フィーロ視点】
俺の噂を聞きつけて会いに来たリュシオンと、せっかくだから一緒に夕食を取ることにした。
手頃な値段と美味い料理に加えて、客層が穏やかな店を選んで入る。
3人で1つのテーブルを囲み注文した料理を食べながら、リュシオンは何気なく口を開いて
「そう言えば、ミコト殿はまた短髪に戻したんだな」
彼の指摘どおり。最近の我が君は、また短髪と男装に戻した。
その理由は
「うん。別行動が多くなるなら、やっぱり遠目には男に見えたほうがいいと思って。それに最近は激しく動くことが増えたから、髪が長いと邪魔なんだ」
毛先を弄りながら笑顔で答える我が君に、リュシオンは優しく目を細めて
「女性らしい姿も似合っていたが、その格好も似合う。出会った頃のあなたのようで、なんだか懐かしい」
和やかな空気の中。リュシオンは俺に目を向けて
「ところで安眠の指輪と最強の剣をミコト殿が使っているなら、フィーロ殿は物取りに襲われた時どうしているんだ?」
彼の問いに、俺はつい先日の出来事を思い出した。
以前は我が君の安全を最優先して、なるべく目立たないように商売していた。しかし稼ぎを重視するなら、とうぜん評判になったほうがいい。だから最近は俺も我が君も、あえて1つの街に長く滞在して、口コミで来る客を増やしていた。
おかげで以前よりも稼ぎやすくなったが
「あからさまに狙われているのに、わざわざこんな人通りの無い場所に逃げ込むとはな。当たると評判の占い師も、自分の進むべき道は分からんらしい」
俺はいつも我が君より、ほんの少し派手に稼ぐことにしている。最強の剣と安眠の指輪があるとは言え、こうした理不尽な悪に直面すること自体が、優しい我が君にはストレスだからだ。
そうして俺は今日も自らを囮に5人の悪党を釣りあげた。彼らは追跡に気付いた俺が、ただ足早にここまで逃げて来たと思っているようだが
「逆にこうは考えないのか? 誘い込まれたのは自分たちかもしれないと」
「はぁ? 俺たちをどうこうするために、わざわざ人気の無い場所に誘い込んだって言うのか?」
「女みてぇなナリで武器も持ってねぇお前が、俺たちをどうできるって言うんだよ!?」
威嚇するように大声で言いながら、俺を嘲笑う男たち。こういう手合いは、これまでの千年で飽きるほど見て来たので、もはやなんの感情も湧かない。
ただ目の前にゴミがあるから処分する。そのくらいの感覚で、彼らの1人に懲罰の壺を向けると
「アンガス」
「は?」
急に名を呼ばれたアンガスと、その仲間たちはポカンとして
「なんで、お前が俺の名前を……うわぁぁっ!?」
「アンガス!?」
とつぜん仲間が小さな壺に吸い込まれて、男たちは騒然とした。
俺は彼らの動揺が去る前に
「ロドリゴ。ヒューゴ」
順に名前を呼び、1人ずつ懲罰の壺に収容していく。これで残り2人。
「な、なんだ!? テメェ、仲間に何しやがった!?」
恐怖を誤魔化すように虚勢を張る男に、俺はニッコリと懲罰の壺を見せながら
「見てのとおり、壺の中にご招待した。だが心配は要らない。自分の罪をよくよく思い知り悔い改めればそのうち出られる」
「な、何わけわかんねぇことを言ってやがる! 仲間を返しやがれ!」
男は反射的に壺を取り上げようと、棍棒を振り上げて襲い掛かって来たが
「アンディ」
俺に名を呼ばれて、なすすべもなく懲罰の壺に吸い込まれた。
仲間と言う数の利を失った最後の男は
「ひ、ひぃっ」
敵わないとみて逃げようとしたが
「ギャアッ!? なんだ!? か、体が何かに……!?」
俺は不可視のエネルギーを手のように自在に動かせる。その見えない大きな手で男の体を握り、こちらに引き寄せると
「残念ながら妙な噂を立てられては困るので1人も逃がせない。じゃあな、フェリクス。君もいい子になってくれ」
最後の1人も無事に懲罰の壺に収めた。懲罰の壺は無制限に人を飲み込めるが、改心した者から順にもといた場所に戻される。
ただこってり絞られて改心した者も
『白髪の占い師に、壺の中に閉じ込められた! そこで恐ろしい目に遭った!』
くらい誰かに言ってもおかしくない。
悪魔から解放された神の宝たちは、我が君と彼女が許可した者以外には使えなくなった。しかしそれは外からは分からぬこと。悪人を無駄に引き寄せないように、やはり魔法の道具ついて人には知られないほうがいい。
俺には全知の力があるので、やつらがどのタイミングで解放されるか分かる。だから忘却の小槌で、俺たちや魔法の道具についての記憶を奪うのが、我が君は知らない最近の俺の仕事だ。
このように俺や我が君は、襲われたついでに犯罪者を更生させて、各地の治安改善に貢献している。
しかし我が君は、できれば犯罪者さえ傷つけたくない優しい子だ。
「今日は5人も犯罪者を懲罰の壺に入れてやった」と報告するよりは「少し追いかけられたが、無事に逃げられた」や「何も無かった」と聞くほうが安心するので
「俺には全知の力と我が君から借りた一足飛びのブーツがあるからな。悪いやつらに目を付けられても、襲われる前に逃げられる」
「フィーロも安全に行動できているみたいで良かった」
リュシオンへの返答を素直に信じて、我が君はホッとしたように笑った。
実際は我が君が知る以上の人数が、懲罰の壺の中で更生中であることは、やはり彼女には伏せておこう。
我が君が目にするのは、優しく美しいものだけでいい。なんて極端なことを言うつもりは無いが、世の中の全ての悪と向き合う必要は無い。
彼女の目に映る世界から悲惨な光景が少しでも減るように、今後も我が身に降りかかった火の粉くらいは、きっちり消火させてもらうとしよう。




