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安眠の指輪【視点混合】

【???視点】


 4歳で母を亡くした私は、家族の温もりを知らずに育った。


 父は悪い人では無かったけど、幼い娘をどう扱ったらいいか分からなかったようで、仕事を言い訳にほとんど家に寄り付かなかった。


 通いの家政婦さんが身の回りのことをしてくれたから不自由は無かったけど、傍にいない両親がいつも恋しかった。


 やがて父は、ちゃんと家に帰って来るようになった。ただ、それは私と会うためではない。私と10歳しか違わない新しい妻と赤ちゃんのために。


 だけど、もう過去のことはいい。今は私を心から愛してくれる優しい夫と可愛い娘がいる。それに最近、2人目の子どもも無事に生まれた。


 親の愛を得られない悲しみを、私は誰よりも知っている。だから私はきっと、この子たちのいい母親になろう。子どもの頃の私が望んでも得られなかった幸せを、惜しみなくこの子たちに与えてあげたい。


 しかし現実は思い通りにはいかなくて


「ママ! 赤ちゃん、うるさい! 眠れない!」

「ゴメンね。もうすぐ泣き止むから」


 上の子と違って下の子は恐ろしく夜泣きが酷かった。


 あまりにぎゃんぎゃん絶え間なく泣くので、今度はまだ3歳の娘が我慢しきれずに癇癪(かんしゃく)を起こす。


「2人も子どもが泣いていたんじゃ、ご近所さんに迷惑だわ。この子が泣き止むまで、外であやして来るから」


 夫に言って家を出ようとすると


「こんな夜遅くに1人で外に出るなんて危ないよ。必要なら僕が行くから」


 この人がこうして思いやってくれるのが救いだ。でも夫だって朝から晩まで家族のために働いてくれている。


 男の人だからって無理はさせられないと


「あなたも明日、仕事が早いでしょう? そんなに遠くまでは行かないから。この子と一緒に寝ていて?」


 そう言って外であやすことにしたものの、息子はなかなか泣き止まなかった。


 こんなに酷く泣いていると、今度は知らない人に「ギャアギャアうるせぇぞ」と怒鳴られそうで不安だ。


 ところが真夜中の街。1人で赤ちゃんをあやす私に声をかけて来たのは


「良かったら、私があやしましょうか?」


 振り向くと外国人らしい黒髪の少女が立っていた。


 相手が男なら、もっと警戒していただろう。しかし身なりもキチンとしているし、温和そうな顔の少女なので、いちおう応じることにして


「あ、あなたは?」


 ビクビクと問う私に、少女はニコッと微笑んで


「安眠屋のカンナギと言います。不眠症にお悩みの方や夜泣きの酷い赤ちゃんを眠らせる仕事をしています」

「人を眠らせる仕事って……そんなことができるものなんですか? もしかして薬か何かで?」


 興味はあるけど、もし薬を使うんだったら不安だと詳しく問うと


「魔法はご存じですか? 火を出したり風を吹かせたりの魔法が有名ですが、私はちょっと変わっていて、人を自由に眠らせられるんです」

「本当に? 危険は無いんですか?」

「体に害は無いから大丈夫ですよ。心配でしたら30分だけ、お子さんを眠らせてみましょうか?」


 こうして安眠屋さんと話している間にも、子どもはずっと泣いている。


 いつ収まるのか分からなくて自分がストレスなのもあるが、やはりずっと泣き続けているのが可哀想で


「……じゃあ、10分だけお願いできますか?」


 安らかに眠れるならと、試しにお願いしてみると


「嘘。あんなに泣いていたのに一瞬で。本当に魔法みたい」


 カンナギさんに頭を撫でられたら、息子は嘘みたいにスヤスヤと眠ってしまった。


「夜泣きが酷いと、お母さんは大変ですよね。お体、辛くないですか?」


 よほど参っていたのか、カンナギさんの優しい言葉に私は思わず


「大丈夫……と言えたらいいんですが、うちは他に3歳の娘もいて。家事との両立がちょっと大変で」


 夫の勧めで一時は家政婦を雇ったこと。しかし、どうやらその女性にお金を盗まれて、証拠が無いせいで、盗った盗らないで揉めて大変だったこと。


 それがトラウマになって、他の家政婦を雇えずにいると話すと


「失礼ですが、お母様は?」

「私も夫の母ももう亡くなっていて、父の再婚相手とはあまり仲が良くないので……」


 「どうして初対面の人にこんなことを」と自分でも不思議だ。でもこの街の人でも知人でも無いからこそ、素直に弱みを見せられたのかもしれない。


 自分が主婦としてちゃんとできていないことや、実の家族と折り合いが悪いことを、知人にこそ知られたくないから。


「良かったら私が信頼できる家政婦さんを紹介しましょうか?」

「えっ? でも前の家政婦と揉めたばかりだし、知らない方を家に入れるのは……」

「その方は本当に信用できる人だから大丈夫ですよ。一度会って、お話だけでもしてみませんか?」


 強引なセールスは苦手だけど、安眠屋さんの態度はなんとも言えず優しい。お金目当てじゃなく、本当に助けてくれようとしているみたいな。


 そんな彼女の雰囲気のせいで


「でしたら明日、またここでお会いできますか? きっと、この子は明日も泣くと思うので。あなたにまた眠りの魔法をかけてもらうついでに」


 翌日の夜。安眠屋のカンナギさんは、同じ場所で待っていてくれた。


 彼女の傍には、カンナギさんに似た髪と肌色の50歳くらいの女性がいた。


「そちらの方が昨日言っていた?」

「家政婦のヒイラギと申します」


 ヒイラギさんは礼儀正しく頭を下げると、契約条件を話すよりも先に


「あの、お子さんを見せていただいてもいいですか?」

「あっ、はい。どうぞ」


 反射的に渡した後で、この子は他人に触れられるのが苦手だったと思い出す。せっかく今日はカンナギさんが来るまでに泣き止んだのに。


 また泣き出すかもと心配したが


「まぁ、なんて可愛い。男の子ですよね? 利発そうな顔で、きっと賢い子になるわ」


 お世辞ではなく心から愛おしそうにヒイラギさんは笑った。


 子どもが好きな人なのかしら?


 意外にも、息子もヒイラギさんの腕の中で安心したように目を閉じている。


「この子が大人しく抱かれるなんて珍しい。家族以外に触れられるのは、いつも嫌がるんですよ」

「そうなんですか。不思議ですね。私を気に入ってくれたならいいけど」


 息子に注がれるヒイラギさんの眼差しがあまりに優しいので、私は相手が見慣れぬ外国人であることもなぜかあまり気にならず


「あの、カンナギさんから聞いていらっしゃるかどうか。前の家政婦とトラブルがあって、知らない人を家にあげるのは心配で。もし来ていただくとしたら通いで、しかも私が家にいる間だけということになりますが、構いませんか?」

「はい。こちらは全く構いません。奥様が安心できるようになさってください」


【ミコト視点】


 柊さんと娘さんを出会わせるために、私がまず『安眠屋』として近づいたのは、フィーロのアイディアだった。


 触れるだけで赤ちゃんを眠らせたのは


『ちょうどいいから君に、この指輪を渡しておこう』


 そう言ってフィーロに渡されたのは、白木(しらき)でできた5つの指輪だった。


 模様などもないシンプルな木製のリングに、ピンク、黄色、水色、紫、緑の淡い色の丸い石が嵌まっている。


 フィーロによると、それは悪魔の指輪を失った私に、神樹さんが新たにくれた魔法の指輪らしい。


『なんで神樹さんが私に魔法の指輪を?』

『君は本来なら人を狂わせ災厄を招く悪魔の指輪を、ずっと人助けに用いて来た。君の働きを見ていた神樹は、これからも君がたくさん人を助けられるように、代わりの指輪を贈ったのさ』


 神樹さんがくれた魔法の指輪の1つが、触れるだけで相手を眠らせる『安眠の指輪』だった。


 無事に2人の縁を繋げた私たちは、まだ話している柊さんたちを遠目に見ながら


「良かった、柊さん。無事に家政婦として雇ってもらえて」

「彼女は赤ん坊と母親に大きな愛情を抱いている。だから自然と声や仕草が優しくなる。その心からの優しさが母子の警戒を解いたのだろう」


 柊さんからすれば孫である赤ちゃんを抱きながら、娘さんと話す姿はとても幸せそうだったけど


「……でも良かったのかな。柊さん、本当は28歳だったのに。娘さんの母親代わりになりたいからって、自操のペンで50歳になってしまって」


 自操のペンが変えるのは外見の年齢だけじゃない。柊さんは22年分も老化して、寿命も縮んだ。


 しかも自操のペンが使えるのは一度だけ。もし恋をしたいとか、体が不自由だとか思っても、もとに戻すことはできない。


 心配する私にフィーロは


「だが、母のような年齢になったことで、彼女はそのうち娘の信頼を得て住み込みの家政婦として、あの家で働けるようになる」


 自分と同じくらい若い女性が、住み込みの家政婦として同居する。


 そうするとほとんどの女性は、夫が彼女に惹かれないか。彼女が夫を誘惑しないか、無意識に心配してストレスになってしまう。


 だから柊さんにとっても娘さんにとっても、その心配の無い年齢になることは大事だったと言う。


 家政婦としては問題なく受け入れてもらえそうだけど


「柊さん、新しいご家族と幸せになれるかな?」


 柊さんは、娘さんに母だと名乗るつもりは無いそうだ。それでもやはり主人と使用人ではなく、親子のような関係を望んでいるだろう。


 それが叶うか心配する私に


「彼女がずっと亡くなった娘を求めていたように、早くに母を亡くした娘も母の愛を求めていた。こちらの世界の産みの母ではないが、彼女が娘に向ける愛情は紛れもなく母のもの。血の繋がりは無くとも、母子の情が2人の縁を結んでくれるさ」


 柊さんには言わなかったけど、フィーロには彼女たちの幸せな未来が見えているみたいだ。


 再び光に触れた柊さんの幸福な笑顔が、これからもずっと続くように遠くから願った。

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