息つく暇もなく
光の花を降らせる神樹の前でフィーロと抱き合っていると
「旅人!」
「ミコト殿!」
遠くから獣王さんとリュシオンの声。フィーロと離れて振り向くと、こちらに駆けて来る彼らが見えた。
「皆、どうしてここに?」
私の問いに、サーティカが笑顔で
「神樹が光の花を降らせるのが見えたニャ。エルティファナが光るの、誰かの願いが叶う時。もしかしたら神樹が、お姉ちゃんを助けてくれたんじゃないかって皆で様子を見に来たニャ」
彼女に続いて、獣王さんが厳しい表情で
「悪魔の指輪はどうなった? それとソイツは、なんで鏡の外にいる?」
私たちは皆に神樹の奇跡によって、誰も犠牲になることなく悪魔の脅威から解放されたと話した。
その報告に、リュシオンは驚いた顔で
「つまりあなたも他の誰も、悪魔の指輪とともに消えずに済んだのか?」
「うん。もう完全に大丈夫みたい。心配かけてゴメンね」
眉を下げて謝ると、彼はその場にへたっと座り込んで
「良かった。良かった……」
「リュシオン、泣いているニャ。でもサーティカも泣いちゃうニャ。お姉ちゃん、助かって良かったニャ―」
リュシオンの隣で、サーティカも声をあげて泣き出した。
私は彼女を引き寄せて抱き締めながら
「本当に心配かけちゃったよね。でも、もう大丈夫だから」
サーティカを慰めた後。
私たちはエーデルワールにいるアルメリアにも、改めて無事を知らせに行った。
「ああ、良かった! ミコトさんが再び命を奪われずに済んで! これからも皆と生きられて!」
彼女は私にギュッと抱き着くと、泣いて喜んでくれた。
「フィーロ殿も元の体に戻れて何よりですわ。これでミコトさんの願いは全て叶いましたわね」
「うん。でも、もう悪魔の指輪と一緒に消えずに済むことを、他の人たちにも伝えないと」
事情を知らない人たちは今も、いつこの命が尽きるのかと怯えているだろう。死ななくて済んだのは幸いだけど、やらなきゃいけないことが山積みだ。
そんな私の様子に、アルメリアは「まぁ」と驚いて
「せっかく助かったばかりなのに忙しいですわね。でも確かに他の皆さんも不安でしょうし、早く知らせたほうがいいですわね」
「それとなんて言うか、ちょっと言いにくいんだけど、アルメリアにお願いがあって……」
私がアルメリアに頼んだのは
「一足飛びのブーツと、これからも一緒にいさせて欲しい?」
目を丸くする彼女に、私は小さくなりながら「うん」と頷いて
「アルメリアも知ってのとおり、神の宝さんたちはもともと人間で、今も自分では動けず話せないだけで心があるんだ。それでも私と一緒にいた神の宝さんたちが、他の人たちのように消えないでくれたのは、私に恩を返すためなんだって」
一足飛びのブーツはエーデルワールの国宝として長く保管されていた。それをアルメリアが厚意で貸してくれた。借りたものは返さなくちゃいけない。でも一足飛びのブーツさんは物じゃない。
私のために残ってくれた一足飛びのブーツさんを、借りたものだからとエーデルワールに返すことはできなくて
「ゴメンね。旅が終わったら返す約束だったのに」
アルメリアが気を悪くしたらどうしようと不安だったけど、彼女は優しく微笑んで
「謝らないでください。もともと神の宝が実は人間だったと聞いた時から、物のように所有するわけにはいかないと思っていました。今のミコトさんの話を聞いたら尚更、一足飛びのブーツの意思を無視して、あなたから引き離すことはできません。ですから、これからは借りものではなく正式にミコトさんの旅の供として、一緒にいてあげてください」
「あ、ありがとう」
彼女が快く許してくれたおかげで心配事が1つ消えた。
アルメリアとの謁見を終えると、フィーロがすぐに
「さて。アルメリアへの報告も済んだことだし、他の人たちにも吉報を知らせに行こう」
それから私たちは、他の転移者さんや転生者さんたちに悪魔の指輪の件が代償なく片付いたこと。つまりこれからも生きられると報告しに行った。
中には「人騒がせな!」と怒る人もいたけど、ほとんどの人は「良かった!」と、ただ喜んでくれた。
けれど最後に知らせに行った柊さんだけは
「えっ? これからも、この世界で生きられる?」
死を受け入れていた彼女は、かえって裏切られたような顔で
「そんな、どうして? 他の人も神の宝も終わりを望む者は全て解放されたんですよね? それなのに、なぜ私は一緒に消えられなかったんですか? 困ります。私はもうこの世界で叶えたいことなんて何も無いのに」
私もなぜ柊さんが他の人たちのように、輪廻転生の輪に戻らなかったのか不思議だった。彼女は前に話した時も、もう心残りは無いと言っていた。解放されたほうが楽なはずの人なのに。
しかし困惑する私たちに
「それは嘘だな」
フィーロは確信に満ちた声で
「君の本当の願いは今すぐ魂を解放され、無になることじゃない。だから他の者たちのように消えなかったんだ」
「そんな。私にはもう消えて楽になる以外に望むことなんて」
柊さんはそう言うけど、私は彼女の本当の願いに心当たりがあった。
「……本当は娘さんの傍にいたいんじゃ?」
遠慮がちに指摘すると、柊さんは泣きそうに目を潤ませて
「い、言わないでください。今のあの子はもう私の知る娘ではないのに。この世界の本当の母親を差し置いて、傍にいたいなんて望んでいいわけ」
自分が前世の関係を押し付ければ、今の娘さんの迷惑になる。だから柊さんは、その願いを振り切るためにも、消えることを望んでいたようだけど
「彼女に母親はいない」
フィーロの言葉に、柊さんは弾かれたように顔を上げた。
フィーロは淡々と続けて
「君とは逆に、今世の彼女は4つの時に母親を亡くしている。父親はその後、別の女性と再婚したが、その時にはもう彼女は15だった。今さら自分と10しか違わない父の新しい恋人を母とは慕えなかった」
「だからって前世の母だと言われて受け入れられるわけ……」
柊さんはなおも自分の気持ちを押し殺そうとしたけど
「君が望むのは母として慕われることか? 君の娘は新しい家庭を持って幸せな反面。2人目の子どもが生まれたばかりで、育児と家事の両立に苦労している。ただ傍にいて、助けたいとは思わないか?」
フィーロの静かな問いに、柊さんは絞り出すような声で
「助けたいに……決まっているじゃないですか……」
柊さんは今度こそ涙とともに本当の想いを溢れさせて
「母だと分かってもらえなくていい。ただあの子が苦しい時に傍にいて、せっかく築いた幸せが壊れないように護ってあげたい……」
「だったら行って助けてやるといい。俺たちが、その手伝いをしよう」
フィーロの申し出に、私も強く頷いた。




