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船上での出会い

「我が君。次の目的地は陸路だけでなく海路でも行ける。乗り慣れた馬車で行くか、はじめて船に乗ってみるか。君はどちらがいい?」


 フィーロから船に乗ると聞いて胸が弾む。


 前世で重病だった私は、飛行機も船も乗ったことが無い。


 船に乗るとしたら沈没が心配だ。でも全知の鏡がついているのだから、死の危険があれば教えてくれるはず。


「どっちでもいいなら船に乗ってみたい」


 元気に返事するとフィーロは


「そうと決まったら、魔女の万能鍋で酔い止めを作ろう。はじめての船旅なのに、船酔いで苦しむんじゃもったいないからな」


 元の世界と同様、一口に薬と言っても、作り方や効果はマチマチだ。


 けれど魔女の万能鍋は、この世界でいちばん効果のある薬を作れる。


 材料を集めたり買ったりがけっこう大変なので滅多に使わないけど、フィーロの言うとおり船酔い対策は大事だ。


「船には間違いなく、船酔いで苦しむ客が居る。いざという時、分けてあげられるように、多めに作っておこう」

「わぁ、いい考えだね」


 フィーロの提案に笑顔で頷いて、船酔いの薬を多めに作った。


 それから私たちは大きな帆船に乗った。


 個室は高いので、2段ベッドが2つ置かれた4人部屋を選んだ。


 これはこの船で2番目にいい部屋で、男女を別にしてもらえる。


 それ以下になると、男女関係なく1つの部屋に押し込められるそうだ。


 私は乗船してすぐに、自分が泊まる部屋を確認しに行った。


 でもせっかく船に乗ったのに、ずっと狭い船室に籠もりきりじゃもったいない。


 私はフィーロと甲板に出た。


 目の前には爽やかな空と海。二色の異なる青が、どこまでも広がっている。頬を撫でる潮風も気持ちいい。


 この壮大でワクワクする景色をフィーロにも見せてあげたい。


 コンパクトを開いて海に向けると


「わざわざ俺にも海を見せてくれるのか? 君は本当に道具への扱いが手厚いな」

「フィーロは道具じゃなくて友だちだよ」


 私の言葉に、フィーロはハッとした様子で


「……そうだな。俺だってもとは君と同じ血の通った生きものだったのに。千年も鏡をやっていると、すっかり道具気分になってしまう」


 今さらだけど千年も自由を奪われるって、どんな気分だろう?


 私も前世は病気で、体が不自由だった。でも全然動けないわけではないし、両親が頭を撫でてくれたり、手を取ってくれたりした。窓を開ければ風を感じられた。


 でもフィーロは体を動かすだけじゃなく、何かに触れたり味わったりもできない。


 その状態が千年も続く。自分では居場所も、共に居る人も選べずに。


 想像を絶する苦しみに、かえって、どんな言葉をかけたらいいか分からなかった。


 黙り込む私をよそに、フィーロはジッと海を眺めながら


「俺はこの目で見なくても、知りたいと思えば周囲の状況が分かるし、体があった頃に船は何度か乗ったから、海は珍しくないんだ」


 私が感動した景色は、彼には在り来たりだったようだ。


 人を喜ばせるって難しいなと密かに落ち込んでいると


「それなのに君と見る海は、はじめて見た時と同じくらい新鮮に感じる。すごく綺麗だ。ありがとう」


 私が落ち込んでいるのを察して、喜ばせてくれたのかもしれない。

 

 それでもフィーロの優しい返事が嬉しくて、私は笑顔で


「フィーロが喜んでくれて嬉しい。ご飯は一緒に食べられないけど、景色は一緒に楽しめるもんね」

「ああ。この海もそうだが、誰と見るかで同じ景色でも驚くほど違って見える。俺も我が君と、もっと色んな景色を見たいな」


 私たちの目的は悪魔の指輪を集めて、フィーロを鏡から解放してあげることだ。


 明確な目的がある限り、いつか必ず終わりが来る。


 フィーロのためには、終わりは早いほうがいい。


 だけど、この旅が少しでも長く続いて欲しいと密かに願った。


 私とフィーロが甲板で海を眺めていると


「すみません。連れの女性が船酔いなんです。酔い止めの薬があれば譲っていただけませんか?」


 他の乗客たちの話し声が耳に入る。


 残念ながら尋ねられた人は、酔い止めを持っていないようだった。


 でも私はフィーロの助言で、酔い止めの薬を多めに作ってある。


 あの男の人にも分けてあげよう。


「あの、良かったら私の酔い止めをあげますよ」


 人に親切にできるのは、いつだって嬉しい。ニコニコと声をかけると、背の高い男性がこちらを振り向いた。


 瑠璃色の短髪に、ちょうど目の前に広がる空のように明るい青瞳(せいどう)


 元の世界には無い珍しい色彩に、私はしばし目を奪われた。


 年齢は二十歳前後だろうか。


 中性的な美しさのフィーロと違って、まるで物語に出て来る騎士みたいに凛々しい人だ。


 ただでさえ異性に免疫が無いのに、もとの世界には居ないようなイケメンに緊張してしまう。


 でも相手は酔い止めが欲しいんだから、嫌な顔はされないよね?


 しかし予想と違って、彼は私を見て露骨に眉をひそめると


「失礼だが、君は転移者では?」


 その指摘にギクッとする。


 転移者を知っているなら、神の宝についても知っているかも。


 道具狩りだったらどうしようと怯える私に


「せっかくだが、転移者は信用できない」


 他の転移者と何かあったのかな?


 彼の態度から明らかな嫌悪と警戒を感じた。


 しかしこちらに危害を加える気は無いらしく、彼はただその場を去った。


 連れの女性の船酔いは大丈夫かな?


 少し気になったけど、要らないと言っているのに無理強いはできない。


 けれど、この船で酔い止めを持っているのは私だけだったらしく、瑠璃色の髪の彼はしばらくして、ばつが悪そうに戻って来ると


「……すまないが、酔い止めの薬はまだあるだろうか?」


 背に腹は代えられないというヤツだろう。


 恥を忍んで頼みに来たらしい彼に、私は快く船酔いの薬を譲った。


 彼は私に借りを作りたくないのか、お金を払うと粘ったが、余らせても仕方ないからとタダで渡した。

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