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消えゆく命たち・後編

 アルメリアと話した後。私はさっそく竜殺しの転移者・立川君と会わせてもらった。


「マジか。俺たちをこの世界に呼んだのって、神様じゃなくて悪魔だったのか」


 真実を知った瞬間は流石にショックを受けていたけど


「……まぁ、でもそうか。俺は神様に特別扱いされるようないい人間じゃなかったし」


 違うよと言いたかったけど、私は前世の彼について何も知らない。根拠の無い慰めなら何も言わないほうがいいだろうと


「最後に何かやりたいことはある? 人に迷惑をかけるようなことじゃなければ、なるべく叶えられるように手伝うから」

「じゃあ、1つだけいい?」


 そう言って彼が願ったのは


「治癒系の道具があったら貸して欲しい?」

「どうして? どこか怪我しているの?」


 リュシオンに続いて私が問うと、立川君は首を振りながら


「俺じゃなくて。俺が怪我させた人」


 立川君は偽りの結婚式での大立ち回りで、たくさんの人を負傷させた。しかし、そのほとんどは魔女の万能鍋で作った薬で回復した。それを立川君も知っていて、治って良かったとホッとしていたそうだ。


 ただ1人だけ


「俺に手を切り落とされた人は傷口がふさがっただけで、片手のまま暮らしている。そういう四肢欠損レベルの重傷を治せる神の宝は無いかな?」


 彼の要望に、リュシオンは驚いた顔で


「気にしているのか? クラウスを怪我させたこと」

「人の手を切り落としたんだぞ。当たり前だろ」

「それはそうだが、以前の君には、その当たり前の良心が欠けているように見えたから」


 リュシオンの指摘に、立川君は苦い表情で


「言い訳だけど、この世界に来てから、ずっと夢見心地だったんだ。前世で自分が死んだことも、天国じゃなくて異世界に来たことも。なんの代償もなく最強の剣なんてチート武器をもらったことも、あまりに現実離れしていて、やっぱ夢を見ているみたいだった」


 フィーロが当時言っていたように、彼はいわゆるゲーム感覚だったようだ。


「でもカンナギさんに最強の剣を奪われて、俺はもとの無能に戻った。それでも夢は終わらなくて、囚人として強制労働させられて、前より苦しい環境に置かれたことで、ああ、これ現実なんだって、ようやく実感した」


 それで自分が、どれだけマズイことをしたのか分かったそうだ。魔獣や竜殺しについては前の世界にはいなかったせいで、殺すと何がマズいのか今でもピンと来ないようだけど


「でも人を傷つけることだけは絶対にダメだ」


 彼は硬い声で言うと、自分の髪を両手でかき乱しながら


「人の手を切り落とすなんて、とんでもないことをしちゃった。ずっとそのことが頭から離れなくて、許されなくてもいいから、一度ちゃんと謝らせて欲しいって言伝(ことづて)を頼んだんだ」


 立川君、自分の意思で謝りたいと思ってくれたんだ。


 感心したのは私だけじゃなくて


「そうしたらクラウスさんが、俺のところに来てくれてさ。「言い分があるなら聞いてやる」って、顔も見たくないだろう俺の話を聞いてくれた。全部聞いた上で「夢見心地だったじゃすまない」って、やっぱり怒られたけど……」


『俺に済まないと思うなら刑期を終えた後、兵士になれ。いま我が国は色々あって兵士が足りないんだ』


 クラウスさんのまさかの誘いに、立川君は驚きながらも


『でも俺、すごく弱いですよ。頭も悪いし、きっとなんの役にも立ちません』

『それでも俺が失った片手分くらいにはなるだろう。俺が直々に鍛えてやるから、罪を償ったら会いに来い』


 そんな会話があったなんて知らなかった。


 驚く私とリュシオンをよそに、立川君は話を続けて


「俺の自惚れかもしれないけど、あの人は俺に居場所を与えようとしてくれたんだと思う。俺が今度こそ人生をやり直せるように」


 彼は涙に潤んだ目で縋るように私を見ると


「その約束を守れないのは残念だけど、もしできるなら、あの人の手を元に戻したい。でも無理かな? そんな都合のいい道具は無いかな?」


 立川君は諦めたように俯いたけど


「フィーロ。もしかして自操のペンなら」

「ああ。クラウスが手を切り落とされる前の状態に戻すことができる」


 私たちの言葉に、立川君はバッと顔を上げて


「本当に!? クラウスさんの手を元に戻せるのか!?」

「うん。さっそく会いに行こう」


 それから私たちは立川君と一緒に、クラウスさんに会いに行った。自操のペンで、クラウスさんの腕に念のため少し多めの『-2年』と書く。するとクラウスさんの全身が白く発光した。


 その光が消えると


「おおっ! まさか失った手が戻るなんて!」


 手だけじゃなく2年分若返っているようだった。でも事情を知らない人からすれば、今日は顔色がいいくらいの変化にしか見えないだろう。


 とにかく怪我をする前の状態に回復した彼を見て


「良かった。クラウスさんの手が戻って。治ったからって許されることじゃないけど、あの時は本当にすみませんでした……」


 泣きながら謝罪する立川君の肩を、クラウスさんは優しく微笑みながら叩いて


「ガクが心から反省していることは分かっている。少なくとも俺は、お前を許している。守護竜も復活したし、もう苦しまなくていい」

「あ、ありがとう……」


 人種は違うけど、2人はまるで年の離れた兄弟のようだった。


 それから私とリュシオンはアルメリアに


「立川君はもう十分反省しているみたいだから、最後の時をクラウスさんのもとで過ごさせてあげてくれないかな?」

「俺からもお願いします。彼はもうすぐ死んでしまうのに、最後の時を刑事施設で迎えるのは、あまりに気の毒だ」


 私たちの話を聞いたアルメリアは「そういう事情でしたら」と立川君を釈放してくれた。これから立川君はクラウスさんの住む兵舎で暮らすことになる。


「あの、ありがとう。クラウスさんの手を元に戻すだけで良かったのに、施設から出してくれて」

「ううん。逆にこんなことしかできなくてゴメンね」

「カンナギさんのせいじゃないし、謝らなくていいよ」


 私のことは許してくれたけど、彼は少し泣きそうな顔で


「でももしまた何かに生まれ変わるなら、今度はもっといい人間になりたいな」


 生まれ変わらなくても立川君なら、そのままの彼でもっといい人間になれたんじゃないかな。


 そう感じたのは私だけじゃなくて


「まさかあの少年が、あれほど変わっているとは思わなかった」

「変わったんじゃなくて、あれが本来の立川君なんじゃないかな? 大きすぎる力を手に入れたことと環境の変化のせいで、一時的におかしくなっちゃったのかもしれない」


 立川君は最強の剣で無数の魔物を殺し、多くの人を傷つけた。何より彼には言わなかったけど、守護竜の正体は人間だ。ゲーム感覚や夢見心地なんて言葉じゃ済まされない罪を犯してしまった。


 それでも再会した彼は、不器用だけど純粋で優しくて、憎むなんて、とてもできなかった。


「あれが本来の彼だとしたら気の毒だな。最強の剣などなくとも、そのままの彼を受け入れてくれる人がいただろうに」

「うん……このままの私たちで生きられる未来があれば良かったのにね」


 その後もこれまで神の宝絡みで会った人や、フィーロに導かれて全く会ったことのない人にまで、たくさん会いに行った。


 もともとフィーロは、何度も転生を繰り返して死を願うほどの苦しみに達している人たちには、許可を取る必要が無いと除外していた。


 つまり私が会いに行ったのは、まだ自分たちの魂が永遠の牢獄に囚われていることを知らない人たち。彼らは、この世界で生き直せると希望を持っていた。


 当たり前だけど、みんなショックを受けていた。どうして見知らぬ誰かのために、自分たちが死ななくちゃいけないのかと反発した。


 でもそういう人たちには、フィーロが記憶を持ったまま永遠に生き続ける苦しみを教えた。我がことの枕に移した忘却の小槌の経験を見せることで。


 それがいつか自分たちの行きつく終わりなき地獄だと知った彼らは、私たちと同じ結論に達した。


 それでも


『あなたたちのせいじゃないと分かっているけど、もっと生きたかった』


 彼らの涙と血を吐くような本音が耳に残っている。

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