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逃れられない運命なら【レオンガルド視点】

 全知の鏡から真実を聞いた俺たちは、すぐに旅人から悪魔の指輪を奪った。これさえ無ければ旅人は「自分はどうなってもいいから神の宝たちを助けて」なんて愚かな願いはかけられない。


 今度こそアイツが泣こうが一生恨まれようが、悪魔の指輪も返さないし、二度とマラクティカから出さないつもりだった。


 けれど宴の翌朝。旅人は「話がある」と俺と騎士を呼び出した。


 てっきり悪魔の指輪を返してくれという話かと思ったが


「全知の大鏡が言っていた数千倍は最悪の嘘だな。今すぐ叩き割ってやりたい……」


 事は悪魔の指輪に願わなければいいなんて単純な問題では無かった。


 そもそも旅人の体は悪魔が作ったもので、この世界への転移ないし転生を選んだ瞬間から、本来の輪廻転生の輪を外れている。その先にあるのは記憶を保ったままの無限の(せい)


 一度や二度ならともかく終わりなき命は確かに呪いでしかない。鏡はそれを知りながら、この無垢なお人好しを進んで、この世界に引き込んだ。


 俺からすれば何度殺したって足りないほどの罪だが


「あの、今からまだやらなきゃいけないことがあって、フィーロがいないと困ります」

「やらなきゃいけないこととは?」


 心配そうに騎士が問うと


「他の転移者さんや転生者さんにも、この件を説明しようと思って」


 旅人の返事に、俺は思わず顔を歪めながら


「また面倒なことを。お前じゃあるまいし「じゃあ、仕方ないね」で納得するヤツなんていないぞ」

「俺もあなたが余計に辛い想いをするだけだと思う」


 俺の見解に、珍しく騎士も同意した。


 そのくらい不快な目に遭うことは明らかだったが、旅人は静かな決意の表情で


「でも他の人の命にも関わることを、無断でするわけにはいかないから。恨んだり悲しんだりするだろうけど、だからこそなるべく心残りが無いように、最後の時間を作ってあげたい」


 この期に及んでコイツは他人のことばかりで、その行き過ぎた優しさが今は酷く気障りだった。


「それをするのは、どうしても今じゃなきゃダメなのか? もっと十分に生きた後で、例えばあなたじゃなく俺が、代わりに許可を取って願うんじゃダメなのか?」


 騎士の提案は、この場で選べる最善に聞こえた。


 全知の鏡の言うことが真実なら、この世界は大昔から悪魔の影響を受けている。


 馬鹿な人間が悪魔に願って、まんまと道具に変えられて、今度は悪魔の道具によって、また馬鹿な人間たちが被害に遭う。


 でもそんなの今更の話なら、コイツが今すぐ自分の命を投げ打ってまで、解決することは無いだろうと思ったが


「フィーロが言うには、確実に自分を消し去れる相手からは、悪魔の指輪は逃げちゃうんだって」


 「もう十分生きたからいい」なんて心持ちでは悪魔の指輪には願えない。「本当はまだ生きたい」と揺れる気持ちがあるからこそ、悪魔は過ちを期待して願いをかけさせると言う。


 だとしたら本当はコイツも死にたくないはずなのに


「それに、こうしている間にも終わらない人生に苦しんでいる人たちがいる。何も知らずに神の宝物庫に来て、同じ罠に嵌まろうとしている人たちがいる。それを知りながら楽しくは生きられない」


 いつもは子どものように無邪気な顔が、今は酷く大人びていた。悲しいほど綺麗な表情を、とても見ていられず


「だったら忘れろ、何もかも。俺が忘れさせてやる」


 俺はすぐにでも忘却の小槌で旅人の頭を叩こうと立ち上がった。


 しかし旅人は「獣王さん」と妙に落ち着いた声で


「いっぱい心配をかけて、悲しませてゴメンなさい。それでも正しいことをさせてください。誰かの不幸に目を背けて、何も知らずに生きることをさせないでください」


 このちっぽけな女は容易く折れそうに見えて、大事な場面では誰よりも頑固になる。


 前に旅をやめさせようとした時と同様。俺には止められないのだと嫌になるほど分かって


「……お前は本当に、俺の思い通りにはならないヤツだ」


 また俺は大事な者を護れないのかと打ちのめされながら


「お前の幸せが見たかった」


 自分でも思いがけない言葉を口にすると、旅人はパッと笑って


「私はもう十分幸せです。こんなに大事に想ってくれる人たちと出会えたから」


 逃れられない死を前にしているにもかかわらず、その笑顔は本当に幸せそうだった。


 コイツは前の世界でも若くして病死しているらしい。それなのに、また1年と半分ほどの自由を最後に消えようとしている。


 なんでそんな人生を幸せだなんて笑えるのかと、歯がゆくて悲しくて、俺も騎士も何も言えずに俯いた。


 しばらく沈黙が下りたが、やがて騎士が口を開いて


「あなたがこれから他の被害者たちに会いに行くなら、俺も付き添わせて欲しい」


 「どうして?」と目を丸くする旅人に、騎士は続けて


「ミコト殿の行為が自分の死に繋がるなら殺してでも、あなたを止めようとする者もいるかもしれない。それが無くとも穏やかな会談にはならないだろう。受け止める人数が多いほど、少しは苦痛がマシになるはずだから。あなたを苦しみから遠ざけられないなら、せめて一緒に受け止めたい」


 騎士もまた、この女を止められはしないと諦めたのだろう。その上でコイツのために、できる限りのことをしようとしている。


 人間の真似をするなんて(しゃく)だが


「それなら俺も行く」

「でも獣王さんは人間が苦手なんじゃ」

「その嫌いな人間に、むざむざお前を傷つけさせたくない」


 コイツが終わりから逃れられないなら、せめてその道行を少しでも楽なものにしたい。


 けれど旅人は困り顔で


「あの、でも獣王さんは威圧感……じゃなくて威厳があるから、一緒だと言いたいことが言えなくなっちゃうかも」


 どうやら好きなだけ責められてやろうとしているらしいコイツに


「連・れ・て・け」

「は、はい」


 旅人は俺の同行を認めたものの、やはり大人数で行くと、相手にプレッシャーを与えてしまうと危惧した。だから付き添うなら、俺と騎士を交互にということで落ち着いた。

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