表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/122

懲罰の壺

「それは私が、あなたの部下ではないからです」


 トラヴィスさんの質問に黒の革手袋を外すと、そこには嫉妬の指輪があった。


 そう。トラヴィスさんが側近だと思っていた男の人は、嫉妬の指輪で入れ替わった私だった。


 ヨセフさんが5人の部下を連れて、悪魔の指輪を回収しに来た時。


 人質と悪魔の指輪を交換して立ち去ろうとする彼らを、リュシオンが背後から襲い、怠惰の指輪で無力化した。


 フィーロによれば、ヨセフさんは教祖さんがいちばん信頼する側近だと言う。


 私はヨセフさんの体を奪った後。無抵抗の他の部下さんたちから、忘却の小槌で一連の記憶を奪った。これで彼らは取引は無事に済んだと思い込んだ。


 それから私は『リサイズの手袋』で小さくしたリュシオンを連れて、彼らと一緒に『空飛ぶ拠点』に戻った。


 信頼する側近と数名の部下が、何事もなく帰って来た。それに安心した教祖さんは、私たちを自ら空飛ぶ拠点に乗せた。


 教祖さんに渡した悪魔の指輪は本物だけど、取られたところで大した痛手は無い暴食と色欲の指輪。


 後は私が教祖さんの気を引いている間に、怠惰の指輪を首に引っ掛けたリュシオンが次々に敵を無力化した。


 私たち以外の全員がダウンしたところで


「我が君はまずトラヴィスから悪魔の指輪を回収。次にリュシオンを元のサイズに戻してくれ。教会員の服を奪って着れば人に見られても、信者たちは勝手に仲間だと思い込む」


 幸い教祖さんの部屋には、自分から呼ぶまで部下が勝手に入ることは無いらしい。


 私たちは現状をそのままにして、まずはクリスティアちゃんとジョセフィーヌさんを助けに行った。


 一足飛びのブーツで彼女たちを、地上で待つエミリオさんのもとに帰すと


「お父様!」

「あなた!」

「ああ! クリスティア! ジョセフィーヌ! 無事で良かった!」


 久しぶりに再会した親子は抱き合って喜ぶと


「ありがとうございます、カンナギ殿! 妻子を無事に助け出してくださって!」

「いいえ。むしろ私の問題に巻き込んでしまって、すみません。クリスティアちゃんもゴメンね。怖かったよね」


 眉を下げて謝る私に、クリスティアちゃんは健気に笑って


「いいえ。旅人さんのせいじゃありません。それに私もお母様も信じていました。きっと、お父様と旅人さんが私たちを助けてくれるって」


 彼女の言葉にジョセフィーヌさんも笑顔で頷いてくれた。


 快く許された私は少しホッとして


「ありがとう。もう教会の人たちが、あなたたちを狙うことは無いから安心してね」


 そうしてクリスティアちゃん親子は屋敷に帰したのだけど


「と言ったものの、教会の人たちをどうしよう? 12人の精鋭さんたちは傲慢の指輪で支配されていただけだし、幹部の人たちはともかく、普通の信者さんたちは騙されていただけで、転移者狩りにも加担していないんだよね?」

「あなたの言うとおり、信者の多くは、ここで雑務や奉仕をさせられていただけらしい。悪人なら投獄で済むが、純粋に教祖を慕っていた罪なき人たちを、どうやって解散させたものか困ったな」


 リュシオンと困り顔で言い合っていると、フィーロがまたもあっさりと


「彼らが真に信じているのは教祖ではなく神だ。だからここは神の威光を借りるとしよう」


 そこでフィーロが立てた作戦は


「大変だ! 教祖様が!」


 私は再びヨセフさんに成りすまして、他の信者さんたちを呼びに行った。


 普通の信者さんたちを連れて教祖さんの部屋に戻ると、部屋中が血だらけだった。


 ちなみに、この血はマラクティカの料理人さんに頼んで分けてもらった家畜のものだ。


 けれど何も知らない信者さんたちを騙すには十分で


「うっ!? いったいこの部屋で何が!?」

「教祖様の姿が見えないけど、まさかこの血は教祖様の!?」


 悪い想像を膨らませる信者さんたちに、私はフィーロに指示されたとおり


「その壁を見てくれ。そこに全ての答えが記されている……」


 ヨセフさんのフリをして指した壁には


『我が名を騙り罪を犯す者たちよ。神の怒りを知れ』


 と書いてあった。


 それを読んだ信者さんたちは


「どういうこと? 教祖様は奇跡の力で私たちを救ってくださったのに! 何が罪だと言うの!?」

「本当にそう思うか? 教祖様が全てにおいて善だったと。特に若い娘たちは、教祖様を疑ったことがあるのでは?」


 私の指摘に、女性たちは「うっ……」と声を詰まらせた。


 教祖さんと一部の幹部は、気に入った女性たちに、宗教めいた理由をつけて性的な奉仕を命じていたらしい。


 それだけでも酷いけど


「それにお前たちは知らないことだが、教祖様は一部の信者に命じて、転移者を襲って神の宝を奪わせていた。私もそれに加担していた。教祖様は転移者は神の宝を盗んだ罪人だから、抵抗するなら殺しても構わないと言っていたが……その壁に書かれた言葉を信じるなら、私たちは教祖様に騙されていたのかもしれない……」


 教祖さんの右腕であるヨセフさんのフリをして嘘の告白をすると


「それで本当の神様が、教祖様を罰したってこと?」

「俺たちは教祖様に騙されていたのか? いったい何が真実なんだ?」


 教祖さんの洗脳は根深いようで、信者さんたちはまだ聖トラヴィス教会の教えに縋りたそうだったけど


「その男の言うとおりだ」


 空飛ぶ拠点の外から厳かな声が響いて来る。


「なんだ!? 今の声、どこから!?」

「窓の外を見ろ! 何かいる!」


 信者さんたちが指した先には


「うわぁぁ!? 竜だ!」

「助けて! 殺される!」


 竜を守護神として崇めるエーデルワール以外の人にとって、竜は恐ろしいモンスターのようだ。


 信者さんたちがあまりに怯えるので、失敗だったかなと密かに焦ったけど


「落ち着け。私は神の御言葉を、お前たちに伝えに来ただけだ」


 竜の姿になったリュシオンは威厳を持って言葉を続けて


「お前たちが信じていた教祖は、神の代行者どころか悪魔のしもべだった。今までお前たちが目にした不思議な力の数々も、この乗り物も全て悪魔のもの。お前たちが奇跡と呼んだ力に縋るほど、本当の神は遠ざかる。神は人が生きる場所として、この大地を与えた。まずは悪魔の箱舟を降りて、それぞれの故郷へ帰れ」


 その呼びかけに、信者さんたちは少し落ち着いて


「も、元の生活に戻れば、悪魔のしもべに加担した私たちの罪は許されるのですか?」

「お前たちは悪魔のしもべに騙され、利用されていただけで、もともと罪は無い。安心して元の生活に戻りなさい。ただし二度と怪しい力を信じないように」

「あ、ありがとうございます!」


 エーデルワールでは神のごとく崇められていることといい、人語を解する竜の説得力ってすごいんだな。


 それから私たちは空飛ぶ拠点で、信者さんたちをそれぞれの故郷に送った。


「洗脳されていた人たちを元の暮らしに戻すことはできたけど、教祖さんと幹部さんたちはどうしよう?」


 傲慢の指輪で支配されていた人たちは魔法を解除し、善良な人は元の生活に戻れるように、忘却の小槌で操られていた時の記憶を消すことにした。


 でも以前フィーロが言っていたように、悪人に利用された人間が善人とは限らない。中には幹部としての待遇目当てに、進んで悪事に手を染めた人もいた。


 そういう人たちの処遇について


「元凶である教祖はもちろんだが、幹部たちもただで解放するには悪事に手を染めすぎた。どうにか改心してくれればいいが、それがいちばん難しいからな」


 私とリュシオンが頭を悩ませていると、再びフィーロが事も無げに


「何。悪党の処遇に関して、俺たちが頭を悩ませる必要は無い。餅は餅屋だ。悪人の裁きに関して、ちょうどいい神の宝がある」


 それは教祖さんが集めさせた神の宝の1つ。『懲罰(ちょうばつ)の壺』だった。


「懲罰の壺って、どんな道具なの?」

「これは君たちのように、悪人の完全なる更生を願って生まれた神の宝だ。懲罰の壺に悪人を閉じ込めると、犯した罪がそのまま自分に跳ね返って来る。自分の犯した罪が身に染みて分かるまで。要するに改心するまで責め苦は続く」

「けっこうキツそうだけど、閉じ込めた人たち死んじゃわない?」


 心配する私に、フィーロはニッコリして


「大丈夫。この壺に入れられた人間は、改心するまで何万回殺されようが死なない」


 流石の私も『死《《な》》ない』ではなく『死《《ね》》ない』の間違いだと分かった。


 リュシオンも呆れ顔で


「何も大丈夫では無い気がするが……教祖は人の無知に付け込んで、本当に極悪の限りを尽くしていたようだからな。普通の方法では改心しないだろうし、懲罰の壺に任せるのがいいだろう」


 少し迷ったけど、私は教祖さんのような人でさえ「殺しちゃえばいいよ」とは言えない。


 だとすれば、せめて完全に改心させないと、また誰かが被害に遭うおそれがある。


 そう考えるとリュシオンの言うとおり、懲罰の壺さんの判断に任せたほうがよさそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ