傲慢なる教祖【視点混合】
具体的な作戦を聞く前に、改めてフィーロから教祖・トラヴィスについて教えてもらった。
彼は触れた者を言いなりにする『傲慢の指輪』を持っているらしい。
「そんな指輪があるなら、どうしてマティアス殿たちを言いなりにしなかったのだろう?」
リュシオンの言うとおり、マティアスさんたちが正気だったせいで、私たちと相談できてしまった。
けれどフィーロによると
「傲慢の指輪は触れた相手の心を支配して、決して自分を裏切らない忠実な部下に変えられる。しかし、その人数は12人まで。それ以上に下僕を作ろうとすると、契約が古い順に解除されてしまう。トラヴィスには、すでに各方面に優れた12人の精鋭がいるから、彼らとの契約を解除したくないのさ」
短期的に言いなりにするだけなら、マティアスさんたちにしたように、家族を人質に取るなどして脅せば済む。
だから、よほど追い詰められない限りは、新たに傲慢の指輪を使うことはないそうだけど
「と言っても君やリュシオンが真正面からぶつかって行けば、トラヴィスはお気に入りの部下を手放しても、傲慢の指輪で君たちを支配するだろう。傲慢の指輪で支配された者は、自死の命令にさえ逆らえない。触られたら一巻の終わりだ」
傲慢の指輪は通常、12人を超えると古い順に支配が解けていく。しかし支配済みの人間を殺すことでも、支配枠を空けられるらしい。だから私とリュシオンを支配しても、殺せば、またお気に入りの人材を入れられるそうだ。
今まで集めた悪魔の指輪で、いちばん怖い能力かも。
そんな恐ろしいトラヴィスさんも転移者で『時操のペン』という神の宝を手に、この世界にやって来た。
時操のペンは人や物に『+10年』『-10年』など記すことで、書いたとおりに、時を進めたり戻したりできる。あまりに大きな力なので、時間操作は1つにつき1回しかできないそうだけど
「トラヴィスは時操のペンで老人を若返らせたり、四肢欠損レベルの怪我を治したりした。その奇跡を利用して信者を集めたんだ」
時操のペンによる奇跡を目の当たりにした信者さんたちは、トラヴィスさんを神の代行者だと信じた。
そして教祖・トラヴィスさんは、すっかり自分を信じた人たちに
『神の宝物庫から神の宝を盗んだ不届き者たちがいます。私は神の宝を回収するために、神の命でこの地に来ました。神の代行者たる私に協力すれば、神はあなたがたに永遠の幸福を約束するでしょう』
と言って神の宝の収集を手伝わせているそうだ。
人を襲い、時に殺して、無理やり持ち物を奪うなんて明らかに悪だ。
でも教祖は神の代行者で、転移者は神の宝物庫から宝を盗んだ悪者。そう言われれば、神に背く悪人には何をしてもいいと思ってしまう人もいるかもしれない。
「ちなみに聖トラヴィス教会の本部も神の宝で、見た目や機能は君の世界で言うところのUFOだ」
「UFO!?」
思いがけない単語に衝撃を受ける私に、リュシオンはキョトンとして
「なんだ? ユーフォ―って」
「この世のものではない化学力でできた宇宙人の乗り物なんだけど……ゴメン。うまく説明できない」
そもそもSFが得意なわけじゃないので、宇宙人やオーバーテクノロジーについて、うまく説明できなかった。
「まぁ、簡単に言えば空飛ぶ乗り物だ。幸い兵器はついていないが、ワープやバリアや透明になる機能がある。だからどこにでも現れるし、誰にも見つからない」
フィーロの説明に、リュシオンは難しい顔で
「ただ空中に行くだけなら俺が連れて行けるだろうが、バリアで護られているとなると、強行突破は難しそうだな」
ところがリュシオンの懸念に、フィーロは不敵な笑みで
「バリアを破る必要は全く無い。悪魔の指輪が手に入ったと報告すれば、向こうから取りに来るからな」
【トラヴィス視点】
前世。獄中で命を落とした私は、気づいたら神の宝物庫という場所にいた。そこでは望んだ体に転生するか、神の宝を手に、そのままの自分で転移するか選べた。
強靭かつ権力のある者に転生するか迷ったが、私は『自操のペン』を駆使して信者を増やすことに決めた。
この世界に来てから20年。私は目論見どおり、信者を使って神の宝を増やし、勢力を拡大していった。私は神の代行者として信者たちに崇められるトラヴィスとしての人生に、とても満足している。
だからこそ、この人生が永遠に続いて欲しい。しかし『自操のペン』は一つにつき一度しか使えない。
それなのに私は以前、瀕死の重傷を負って回復のために自操のペンを使ってしまった。つまり老人になってから青年まで、一気に若返るような手段はもう無い。
けれど、この世界で魔法のアイテムについて信者たちに調べさせるうちに、悪魔の指輪の存在を知った。悪魔の指輪を7つ全て揃えると、どんな願いでも叶うと。
私はそれで不老不死になる。そしていつか私自身が、この世界で神と崇められる存在になるのだ。
いま私が本部にしている『空飛ぶ拠点』も、他の転移者から奪った神の宝の1つ。
今は『神の箱舟』と呼んでいるUFO内にある自室で、これまで手に入れた神の宝たちを愛でていると
「教祖様。例の転移者を捜させていたマティアスから連絡が入りました。なんとか転移者を見つけて、悪魔の指輪を奪ったそうです」
10年来の側近・ヨセフの報告に、私は椅子に座ったまま振り返ると
「得られたのは悪魔の指輪だけですか? その転移者が持つ神の宝の数々は?」
尋問の結果。その転移者は複数の悪魔の指輪と、神の宝を持っていると分かった。
悪魔の指輪とは別に、便利な魔法が使える神の宝もなるべく手に入れたかったが
「それが流石に他人の家族のために、神の宝まで渡せないと揉めたようで。悪魔の指輪の一部だけを、なんとか強奪したそうです」
「一部とは具体的にいくつです? 情報では、その転移者が持っていると確定しているのは怠惰と憤怒の指輪のはずですが、他の指輪も持っていたのですか?」
「それがなんの指輪に当たるかは分かりませんが、2つ手に入れたと」
悪魔の指輪の存在を知ってから、傲慢の指輪を手に入れるまでに5年かかった。
それを思えば、悪魔の指輪を一気に2つ入手できたこと。さらに、その転移者が悪魔の指輪をまだ持っているらしいと分かったのは快挙だ。
考えている間にもヨセフは報告を続けて
「『自分にできる最大限のことはした。これで妻子を返して欲しい』とのことですが、どういたしますか?」
マティアスは完ぺきではないが、十分な成果をあげた。今は機嫌がいいので
「私も鬼ではありません。一部とは言え、目的を達した褒美として妻子は返してあげましょう。彼らを解放したところで、どうせ地上の人間は、神の箱舟に護られた私たちに手出しできませんからね」
私はヨセフに、マティアスに妻子を返すのと交換で、悪魔の指輪を受け取って来るように命じた。
後日。神の箱舟はマティアスとの接触ポイントに到着。
外部からは見えないようにしたまま、バリアを解除してヨセフと部下たち。それとマティアスの妻子を地上に下ろした。
ヨセフに部下をつけたのは、例の転生者が実はマティアスと組んで、逆襲を狙っているかもしれないと警戒してのことだ。
けれど、それは考えすぎだったようで、ヨセフは部下を連れて無事に戻って来た。
部下を引き連れて、私の部屋に来たヨセフは
「教祖様。マティアスと面会して、悪魔の指輪を受け取って参りました。また拘束していた人質も、ご命令どおり、ヤツのもとに返しました」
「よろしい。それで悪魔の指輪は?」
「はっ、こちらです」
ヨセフが捧げ持ったトレーの上には、私の持つ傲慢の指輪に似た2つの指輪があった。
「おお、この見る者の心をざわめかせる不吉な輝き。確かに悪魔の指輪に間違いない」
さっそく悪魔の指輪を回収する私に、ヨセフは再び口を開いて
「しかし他の悪魔の指輪はどうしますか? 例の転移者は魔法の力惜しさに人質を見捨てることにしたようですし、もう一方の家族を拘束しておく必要は無いのでは?」
「もう一方の家族については、夫を呼び戻し改めて問いただして、転移者の似顔絵を作らせましょう。その転移者の居所が分かったら、今度は脅しではなく、夫、妻、子の順に殺して、目の前に転がしてやればいい」
経験上。脅しは無視できても、実際に死体を目の当たりにすれば意見を変える人間は多い。
まして、その転移者は日本人の小娘だそうだ。自分のせいで罪無き人間が殺されることに耐えられないだろう。
「その転移者は一瞬で移動するブーツを持っているそうですが、心ある人間なら、自分が逃げれば確実に人が死ぬと分かれば、まだ幼い娘が殺される前に観念するでしょう」
そう命じた瞬間。
「そんなことはさせない」
聞き覚えの無い若い男の声に「何!?」と周囲を見回したのも束の間。体から急速に力が抜けて、私はその場に倒れた。
とつぜん床に崩れ落ちた私を見た信者たちも
「きょ、教祖様!? うっ!?」
なぜか私と同様、まるで魂が抜けたかのように、次々とその場に倒れていく。
なんだ……? いま何が起きているんだ……?
薄れゆく意識の中。私はある男だけが、変わりなく立っていることに気付いて
「どうして部下たちが次々と倒れる……? なぜお前だけは無事なんだ……?」
疑問を口にすると、ヨセフは無表情に私を見下ろして




