聖トラヴィス教会
悪魔の指輪探しに戻った私はフィーロの指示で、なぜかマティアスさんに会いに行くことになった。
てっきりお屋敷に出ると思ったのに、一足飛びのブーツで飛んだ先は、彼の地元でもない見知らぬ街。
そこには確かにマティアスさんがいたけど、薄汚れた旅装で酷くやつれていた。
とつぜん目の前に現れた私たちにマティアスさんは
「カンナギ殿! 良かった! あなたを捜していたんです!」
「私を捜していたって、どうしてですか?」
目を丸くする私に、マティアスさんは事情を説明した。
「えっ!? レティシアさんとお子さんたちが人質に!?」
「はい。連中はあなたと同じく悪魔の指輪を集めているようで、憤怒の指輪が当家にあったはずだと、私たちのもとに押しかけました」
マティアスさん一家を襲ったのは『聖トラヴィス教会』というところの信者だそうだ。
「聖トラヴィス教会って?」
フィーロに尋ねると
「今はトラヴィスと名乗る男の転移者が、信者たちを洗脳して作った教会とは名ばかりのカルト集団さ。前に道具狩りの話をしただろう? いま探しているのは悪魔の指輪だが、転移者を見つけては神の宝を強奪しようとする性質の悪い連中さ」
ちなみに聖トラヴィス教会に、憤怒の指輪について教えたのはロレンスさんらしい。ロレンスさんはレティシアさんに横恋慕して、彼女の夫であるマティアスさんを憎んでいた。
そこでマティアスさんを憤怒の指輪で激怒させて、夫婦を引き裂こうとした。その悪事を暴かれて逆に追い出されたことを、ロレンスさんは恨んでいたようだ。
そこに『悪魔の指輪は悪いものだから、神の代行者である自分が回収・管理する』という名目で活動している聖トラヴィス教会の存在を知った。
ロレンスさんは自分を邪魔した者たちへの復讐と情報提供料目当てに、憤怒の指輪の件を聖トラヴィス教会に密告したそうだ。
「最初は恩人であるカンナギ殿のことは隠そうとしたのですが、私が口を割らぬなら妻や子どもを殺すと脅されて……」
「それは全然、言ってくれて良かったです」
自分に何かあるより、私を庇った人たちが死んでしまうほうが嫌だ。
それにしても
「マティアスさんたちは貴族なのに、こんな無法が許されるの?」
この世界は元の世界と比べて司法や道徳が行き届いていない。だから死んでも騒ぐ人がいない私のような流れ者や身分の低い人たちは、犯罪者の餌食になりやすい。
けれど貴族であるマティアスさんたちに手を出せば、国が放っておかないはずだ。それなのに、なぜこんな大胆な犯行ができたかと言うと
「聖トラヴィス教会の噂なら、俺も聞いたことがある。殺人や強盗や誘拐などで各国に目をつけられているが、信者たちは神出鬼没で本部がどこにあるかも分からないらしい。そのせいでやりたい放題になっているそうだ」
リュシオンの説明に、私は「そんな恐ろしい集団なんだ……」と怖くなった。
さらにマティアスさんは続けて
「多勢に無勢でどうにもできず、レティシアたちを人質に取られた私は、ヤツらの命じるままカンナギ殿を捜しに行くことになりました。妻子を殺されたくなければ、悪魔の指輪を渡すように伝えるために」
「す、すみません。私のせいで大変なことに巻き込んでしまって」
謝って済むことではないけど、反射的に謝罪すると
「いえ。悪魔の指輪などと縁ができたのは、カンナギ殿のせいではなくロレンスのせいです。ああ、ですが、どうか妻と子どもたちだけは。カンナギ殿のご迷惑になるとしても、お助けいただきたい」
マティアスさんは食堂のテーブルに手をついて深く頭を下げた。
「頭を上げてください。私だって絶対にレティシアさんとお子さんたちを助けたいと思っていますから。一緒に解決策を考えましょう」
教会の言いなりになって、悪魔の指輪を渡すわけにはいかない。でも、こちらには全知の力を持つフィーロがいるのだし、必ず解決できるはずだと励ますも
「ちなみに悪いニュースは続くが、同じ手口でクリスティアと彼女の母も連中に捕まっている」
「ええっ!?」
仰天する私に、リュシオンも険しい表情で
「噂以上に厄介で性質の悪い連中だな」
その後。マティアスさんと同様、どこにいるかも分からない私を捜して旅していたクリスティアちゃんのお父さんとも合流した。
こちらもロレンスさんと同じく悪事がバレて追い出された伯母さんが、復讐とお金目当てに怠惰の指輪のことを教会に密告したらしい。
マティアスさんも同じ目に遭っていると知ったエミリオさんは驚いて
「なんと。あなたも妻子を人質に取られたのですか?」
「家族を人質にして言うことを聞かせるなんて、どこまで卑劣な連中なんだ」
聖トラヴィス教会のやり口に、憤るマティアスさんたちに
「妻子が戻るまでは、とても心穏やかにはなれないだろうが、君たちの家族は軟禁されているだけで危害は加えられていない。実はもう殺されているとか、酷い目に遭わされているとかは無いから、そこは安心していい」
フィーロの言葉に、エミリオさんは「そうですか」と少しホッとした様子で
「実は解放する気など無いのではないかと気がかりだったので、少なくとも命は無事だと分かって安心しました」
「だが、これからどうする? いくら彼らの妻子が人質になっているからと言って、そんな危険な集団に悪魔の指輪を渡すわけにはいかない」
リュシオンの問いに、フィーロを見ると
「大丈夫だ。この場にいる全員の協力が得られるなら、解決の目途は立っている」
「どうすればいいの?」




