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第40話 リリアは、どうして

「流石にちょっと食べ過ぎたわ……」


 こもれびベーカリーを出て、パンパンになったお腹をさするリリア。

 程よく腹八分目のジルが満足げな顔で後に続く。


「ちょっとお腹を休めたいから、散歩していい?」


 ジルは呆れ混じりに頷いた。


「はい」


 リリアが手を差し出すと、ジルが不思議そうな顔をする。


「はぐれるといけないでしょ?」


 リリアが言うと、ジルは少し恥ずかしそうに目を逸らした。

 それからおずおずとリリアの手を取った。


「うん。それじゃ、いこっか」


 満足げに頷いて、リリアはジルと一緒に繁華街に繰り出した。

 

 100万都市ということもあり、パルケの繁華街は昼も大きな賑わいを見せていた。

 石畳が敷き詰められた広い通りは多くの人々や馬車が忙しなく行き交う。


 通りには衣服屋や鍛冶屋、雑貨屋など様々なお店が軒を連ね、職人技が際立つ品々がショーウィンドウに飾られている。


 道端のカフェでは、お客が紅茶を傾けながら会話に花を咲かせていた。


「やっぱり、物凄く栄えているわね」


 実家のあったマニルを思い起こして、リリアはぽつりと呟く。

 ジルもこの地区には来たことがなかったのか、リリアの隣で物珍しそうにきょろきょろ周囲を見回していた。


 しばらく歩いていると、露店が並ぶエリアにやってくる。


 何かの祭りでも開催しているのだろうか。

 色とりどりの野菜や果物、歩きながら食べられるコロッケやクレープなどのお店が所狭しと並んでいた。


「わあ〜……美味しそうなお店がたくさん……」


 なんとも食欲をそそる美味しそうな匂いがそこらじゅに漂っていて、さっき満腹まで食べたはずなのにまた腹の虫が鳴きそうになる。


「もう、お腹空いたの?」

「流石にもう食べられないわ……」


 ジルの問いに、リリアは苦笑で返した。

 本当なら並んでいるお店の料理を片っ端から堪能したいところだが、流石のリリアの胃袋も今は新しい食べ物はいらないと言っている。


(今後、ジルと一緒に食べ歩きしよっと)


 思いついたら、不思議と胸が弾んでいた。

 繋いだ手をぶんぶんするリリアに、ジルは怪訝げな顔をする。


 また歩いていると、とあるお店の前でジルが立ち止まった。


 大きなウィンナーにたっぷりのケチャップをつけて食べる料理が店頭に何本も並んでいる。

 フランクフルトと言うらしい。


「食べたいの?」


 じーっと、フランクフルトを眺めるジルにリリアが尋ねる。

 ジルはハッとした後、頬をケチャップ色に染めた。


 思えば、ジルはリリアほどパンを食べていない。

 程よく歩いたのもあって、まだお腹に余裕があるのだろう。


「さ、流石男の子ね。いいわ、買ってあげる」

「え、悪いよ……」

「いいのいいの、ほら」


 なぜだか、ジルの『食べたい』という気持ちには全力で応えてあげたくなる。

 実家でほとんど食べ物にありつけなかったのが原因かもしれない。


 申し訳なさそうにするジルに構わず、リリアは屋台のおじさんにフランクフルトを一本注文した。


「あいよ! フランクフルト一本、200マニーね!」


 焼きたてのフランクフルトを受け取った後、二人は近くの広場のベンチに座った。


 広場ではさすらいのマジシャンがシルクハットから鳥を飛ばしてみせ、集まった群衆は大盛り上がりで手を叩いている。


 子供たちは噴水の周りで元気よく遊び、水しぶきと歓声をあげていた。


 フランクフルトを手に、ジルが窺うような視線をリリアに向ける。


「私のことは気にしないで。冷めないうちに、食べて食べて」

「い、いただきます……!!」


 買う時は遠慮気味なジル。

 しかしケチャップがたっぷりとかけられた大ぶりのウィンナーが放つ魅力に抗えなかったのか、目を輝かせながらフランクフルトにかぶりついた。


「あちっ」


 ウィンナーの中には熱々の肉汁が詰まっていることを、おそらくジルは知らなかった。

 歯を立てるなり溢れ出した肉汁の高温にびっくりして、ジルは思わずフランクフルトから手を離してしまう。


 フランクフルトが宙を舞い──300万マニーする、買いたての服をケチャップが汚した。


「わっわっ……」


 リリアが焦るような声を上げる。

 フランクフルトは地面に落ちる寸前で間一髪、リリアの手によって受け止められた。


「危なかった……ジル君大丈夫? 火傷してない?」


 リリアが尋ねると、ジルの顔から血の気がサーッと引いていく。


「僕は大丈夫、だけど……服が……」


 顔を真っ青にして、肩をガタガタと震わせている。


「ご……めんなさい、ごめんなさい……こんなに高い服、汚してしまって……」


 ジルの様子や口にする言葉を前に、リリアは息を呑んだ。


 おそらくジルは、奴隷商の元にいる時の名残で粗相をしてしまう事に対し強い忌避感があるのだろう。


 リリアも同じような経験があるので、今のジルの気持ちが痛い程よくわかった。


(こんな時に、私がするべきことは……)


 叱ったり、怒ることでは断じてない。

 そもそも怒りなどという感情はひと匙もない。


「気にしないで」


 安心させるように、リリアはふわりと微笑んでみせる。


「怒ってないから、大丈夫よ」

「でも、こんなに高い服を汚しちゃって……」

「服のことは気にしないで。それよりも、ジル君が火傷してなくてよかったわ」


 ぽんぽんと、ジルの肩を優しく叩く。


 自分は何も怒っていない、安心してほしい。

 という気持ちを、リリアは言葉で、表情で、ジルに伝えた。


 その甲斐あってか、ジルの表情に安堵が舞い降りる。

 血の気が引いていた頬に、赤みが戻ってきた。


「ちょっと触っちゃってごめんだけど、はいどうぞ」


 フランクフルトをジルに返す。

 

 それからリリアは、自分の手とジルの服についたケチャップをハンカチで拭いた。


「うん、これでよし。ちょっとシミになったけど、多分洗ったら取れると思うわ。店員さんも、汚れが落ちやすい素材って言ってたし」

 

 あっけらかんな笑いを漏らしながらリリアは言う。


 高額な服を自分の不注意で汚してしまったにも関わらず、ぼやきひとつ溢さないリリアを、ジルは不思議そうに見つめて尋ねた。


「リリアは、どうして、そんなに……」

「え?」


 顔を上げるリリアと目が合って、ジルは逡巡した後。


「……なんでもない」


 それだけ言って、今度は慎重にフランクフルトに歯を立てた。


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