第41話 『空から女の子が』症候群⑤
誤診。
どういうこと? 診断を誤った? 先生が?
先生が症候群の診断を間違うなんてことがあるなんて正直信じられない。
「でもここまで全部先生の言う通りになってますよ?」
「いや、この症候群の患者ならば……処女のはずなんだ。だがあの王女様はどこかの馬の骨とすでに……」
私と先生は小声で話す。
「馬の骨って……相手はどこかの大貴族なんですから、むしろ私たちのほうが馬の骨ですよ。それに、しょ、処女かどうかがなんで関係あるんですか?」
「ボクにしてみれば患者以外はすべて馬の骨だよ。ヒロインが処女であるかどうかは最重要な項目だぞ。彼女が患者ではないのなら……仕方ないな」
先生は私の袖を離すと、王女の方へつかつかと歩いていった。王女はすでに脱出は諦めたのか大人しく縛られたままになっていた。横にナナコさんが座っていたからというのもあるけど。
「サイン王女だったね。君は「空から女の子が症候群」ではないようだ。かなり近い症状だったので勘違いしてしまったよ。すまなかったね」
珍しく先生が患者さんに申し訳無さそうに話している。というか、先生が誤診したのを見たのは初めてだ。
――てっきりごまかすのかと思ったけど、きちんと謝るんだ……
「そ、そうなのですか。よくわかりませんが……では、そろそろ私を解放してくださいませんか」
「もちろんだ。ナナコくん、彼女を屋上へ運んでくれ」
「え?」
私と王女は同時に声を上げた。
「は、離しなさい! 離して! 嘘でしょ。あなたたち正気なの!? 何をしているか分かっているの!? ねぇってば! ねぇ!」
ナナコさんは自分よりも背が高い縄でぐるぐるに縛られたままの王女を苦もなく肩に抱えて階段を登っていく。
「君をこのまま解放してしまったらあまりに無責任だからね。きちんと元のルートに戻してあげるから心配しなくていい」
「元のルートに戻す? 何を言っているの? どこに連れて行く気なの? まさか……!」
私たちは屋上にやってきた。
「せ、先生まさかとは思いますが……」
「うん、お姫様をもう一度――空から降らす」
先生から衝撃の言葉が出た。空から降らすって、それ、王女を屋上から落とすということですよね。
脅迫でもなんでもなく本気で言っているのだけはこれまでの付き合いでわかってしまう。王女様が一層大きな悲鳴をあげる。
「さすがにダメですよ先生! いくら先生でも人殺しなんて!」
「何を言っているんだリコくん。そんなことするわけないだろ」
「でもここから王女様を落とすつもりなんですよね?」
「そうだ」
「死んじゃうじゃないですかっ! 殺人じゃないですかっ!!」
「違う。下を見ろ。あそこ、男が歩いてきてるのがみえるだろう?」
この街の中でもかなり高い建物の屋上だ。下を覗くだけでも背筋がゾワッとする。
確かに、一人、こちらに歩いてくる人が小さく見える。
「み、見えますけど。それが?」
「あれの上に落とす」
「やっぱり殺人じゃないですかっ!! 王女様だけじゃなくって通行人まで巻き込むつもりですかっ!?」
「本来ボクたちが助けなかったらあいつが助けるはずだったんだから問題ない。さ、ナナコくんやってくれ」
「了解にゃ!」
ナナコさんはなんのためらいもなく王女を放り投げた。
「せめて縄は解い――――」
王女様が何かを言い終わる前に私の視界から消えてしまった。
「王女様――!!」
慌てて屋上から下を覗く。
先生は抜かりなく王女に『身体強化』の医術をかけていたらしく、地面に激突して歩道にクレーターを作っていた王女は無傷だった。
慌てて通行人が近寄っている様子を見ていると
「この場を急いで離れるぞ。見つかったら流石に捕まってしまうからな!」
と先生とナナコさんはすでに逃げ始めていた。
「ま、待ってくださいっ! 私はお二人みたいに建物から建物に飛び移ったり出来ません~っ!!」




