第40話 『空から女の子が』症候群④
「安心していいよお姫さま。ボクは患者を見捨てたりしない」
これだけのことをやってのけた主犯である先生には全く動揺する様子はない。
私は何一つ安心できないだろうなと思いながらベッドに大の字に拘束されている王女を横目で見ていた。
「君はすでに最も危険な状態を回避することに成功している。だけど、まだ予断を許さない状況なんだ。ボクはさっき『王女の頼みを男が断れるわけがない』と言ったね。それは逆に『王女の方も男の頼みを断れない』と言うことにもつながるんだよ」
かわいい王女様のお願いを男が断れないというのはわかるけど、男の頼みを断れなくなるというのは
「どういうことですか?」
恐怖と混乱で放心状態の王女の代わりに私が聞いておいた。
「まず、空から降ってきた王女様と出会った男は、なし崩し的に王女様を助けることになる。一旦追手を巻くことには成功するだろう。二人で逃げて、ようやく一息ついたところで、助けてもらった負い目もあり王女は事情を話すことになるだろう。ちょうど今のような感じにね」
少なくとも助けてくれるような優しい男の人は縄で縛り上げたりはしないとは思いますが。
「王女の可哀想な身の上話を聞いてしまった男は、口では「俺には関係ない」とか言うかもしれないし、王女も「私にかかわると危険です」なんて言ってつきはなすかもしれない。ちょうどさっきのお姫さまのようにね」
確かにお姫さまは自分に関わらないほうが良いと最初に言っていた。
「だけど結局巻き込まれる羽目になる! なんだかんだ王女様はその男に助けられたり、逆に助けたりして、二人は親密な関係になる。ちなみに、男は百パーセント王女に惚れる」
先生はまたいつものように断言する。本当にその通りになるんだから怖い。
「全ての問題が片付いた時に、さあ、君はその男をどうするつもりかな?」
と、先生は急に王女様に話を振った。
ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した王女は
「どうするもなにも、会ってもない男の人のことなんてわかりません」とぶっきらぼうに答えた。
先生は頷きながら続ける。
「そうか。じゃあ、自分のために命がけで戦ってくれた男を、ときには自分の代わりに捕まったり、自分を助けるために大怪我をしたり、してくれた男を、用済みになったら捨てたりするのかな?」
「そのようなことはいたしません。ちゃんと相応の褒美を与えます。そのくらいの礼儀はわきまえております」
「褒美? どんな褒美を与えるつもりなのかな? 王女様の命を助け、王位継承争いに決着をつけてくれた英雄を相手にどんな報酬がふさわしいと思うんだい?」
「そ、それは……望むものをなんでも与えます。お金でも爵位でも、なんでもです」
「なんでも、か。じゃあお姫さま。君がほしいと言われたらどうする?」
「私、ですか……? なるほど、私の夫となり、いずれは王位を望むというのですね」
「違う。男は王位なんか望んではいないさ、まあ当然付随してくるそれなりの待遇を期待してるのは確かだけど、純粋に君の事を求めてくる。わかりやすく言えば君のことが好きだと言われたらどうするって話さ」
「そ、それは困ります……。その、他のものではダメなのでしょうか? お金なら一生遊んで暮らせるような額をお出ししますし、お望みならば城付きの領地を差し上げることもできますわ。この問題を解決してくれたお方ですもの、そのくらいは報いなければなりませんわね」
先生の仮定の話に真剣に悩む王女。悪い人ではないんだろうなあと思った。
だけど、ベッドに拘束具で拘束されたままの状態はそろそ解いてあげてもいいんじゃないかな。
先生は腕を組んで首を振る。
「ダメだろうなあ。きっと男は「俺は金や土地なんていらない」とか言いだすよ。「そんなものに興味がない自分」に絶賛自己陶酔中だ。むしろ喜んで断ってくるよ」
「そんな……」
王女は絶望を浮かべる。ベッドで太ももを出したまま。
「君としては金を受け取ってくれれば一番助かるのにね。相手のことなんか考えちゃいないんだ。だいたい、王女様を手に入れれば金と土地どころか地位も権力も国も手にいられるんだから、結局は一番たちの悪い要求なんだけど、本人はその事に気づいていない。さあ、どうしようね?」
「ど、どうしましょう。実は、私にはすでに決まった相手がいるのです。王族は生まれたときにはすでに結婚する相手は決まっているのです。私もできれば自分で選んだお相手がいいのですが、その、私は運が良かったと申しましょうか……」
悩むことで今置かれている状況を忘れて落ち着いてしまった王女とは逆に、先生のほうが慌てだした。
「……え? まさか、君はその相手とすでに……」
「……はい。すでに身も心も捧げております」
恥ずかしそうに王女が言った。拘束された大股開きのまま。
先生の顔に見る見ると汗が滲んでくる。
「な、なんだって……身も……!?」
王女は頬を赤らめて頷いた。
それを見て、先生は急に考え込むように黙ってしまった。なにか先生の様子がおかしい。
その様子を私達も黙って見守るものの、先生は一向に口を開こうとしない。
先生以外の私たちは意味もわからず顔を見合わせ首を傾げた。
ついに私が口を開いた。
「あの、先生? どうかされましたか? 治療するにしろなんにしろ、そろそろ王女様の拘束は解いて差し上げたほうが……」
「まずいことになったかもしれない」
先生がようやく口を開いた。すごく険しい顔で。
「せ、先生? 大丈夫ですか?」
先生は私の袖を引っ張り顔を近づけてきた。
先生の顔が鼻がくっつくほど近くにある。きれいな瞳にちっちゃくてかわいい唇がすぐそこに。
私がドキドキしていると、その唇が小さく動いた。
「誤診、したかも……」




