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症候群✕症候群  作者: ひみこ
Karte07 『空から女の子が』症候群
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第39話 『空から女の子が』症候群③


「私を助けてくださったのですね、ありがとうございます。でも、私にこれ以上関わると皆さんにご迷惑がかかってしまいます。失礼なのは重々承知の上でお願いです。どうかこのまま私のことは見なかったことにしてください」


 少女の名前はリュサイン=ラガシュ=ルナブルク。ルナブルク王国というどこかの国のお姫様だそうだ。

 王族らしく長い名前なのでサインと呼んでくれとのこと。

 サイン王女は先生の言ったとおり何者かに命を狙われているらしく、この国のパーティーに招かれて警備が薄くなった隙を突いて逃げ出したところで足を踏み外して転落した、というお話だった。


「なるほど。ならばほぼ間違いなく、空から女の子が症候群だね。危ないところだったよ。もう少しで通りすがりの男に助けられるところだった」


 先生がいつものように満足そうに頷きながら言った。だけど、ちょっと待って。

 さっきから引っかかっていたのだけど、そもそも私達が助けなかった場合はどうなっていたんだろう?


「私達が助けなくても別の人に助けてもらえてんですか?」

「そうだよ」先生は即答する。

「最初に説明したと思うが。王女様が落ちてきたあの通りでボクたちとすれちがった若い男がいただろう? 彼が本来王女様を助けるはずだった男だよ。たぶんね」


 さすがにあの騒動の最中に待ちゆく人々を観察する余裕はなかったので、全く記憶にない。


「ええ? だったらどうして助けたんですか? あ、いえ、人を助けるのに理由は要らないかもしれませんが、先生の言うことが本当だとしたら私たちは何もしなくてよかったんじゃないでしょうか」

 ナナコさんがいたから良いものの、私では助けるどころか巻き込まれてしまってた可能性だってある。

「いやいや、リコくん。通りすがりの一般人を王家の問題に巻き込むということになってしまうだろ? リコくんだって王位継承の泥沼の争いがどれだけ危険なものなのか全く知らないというわけでもないだろう」


 古今東西、王位継承権を巡る争いは血を血で洗う過酷なものだ。時に戦争にまで発展するほどに。

 そのくらいの知識は私にもあるのだけど。

「う――ん……。それは助けた人が、巻き込まれるのが嫌なら断ればいいだけだと思うんですが……。ほら王女様御本人も関わると危険とおっしゃられているわけですし……」


 私がそう言うと先生は「やれやれ」とため息を付いて、王女様の方を指さした。


「見てみなよ、この姫さまを」

 言われるままに先生が指さした王女様の方を見る。

 まだこちらを警戒している様子が見て取れる。まるで人さらいにでもさらわれた少女のようだ。まったくそのとおりなのだけど。


「めちゃくちゃにかわいいだろ?」

「え? あ、はいそうですね。きれいだと思います」

「しかもスタイルもいい。こんな女の子と衝撃的に出会い、なし崩し的に命の恩人というマウントポジションまで獲得しておいて、しかも実は王女様でしたなんて言われみろ。見捨てられる男なんているわけがないじゃないか」


 そ、そうかなあ……いくらかわいいからって、命を賭けてまで助けようとするかなあ

 男心とはそんなものなのだろうか。

 私がいまいち納得がいってなかったことが表情にも出ていたようで、先生はさらに続ける。


「想像してみるんだリコくん。君の目の前に年下の可愛い顔の男の子がいきなり現れて、助けたら実は王子様でした。その王子様がどこか影のある表情で君から目をそらしつつ『おっぱいが無駄に大きなお姉さん、命を助けてくれてありがとう。でも、僕にこれ以上関わるとお姉さんに迷惑がかかってしまいます。どうかこのまま僕のことは忘れてください』なんて憂い顔で言われたとしよう。君はそんな男の子を見捨てることができるのかな?」

「私がその子を守ります! 私が命にかえても必ず王位につけてみせますっ!」

 私は即答する。力強く。

 先生は満足そうに頷いた。

「そうだろう!」


 私が納得しかけたところで、


「わ、私は無関係な人をこの争いに巻き込もうだなんて思っていません!」


 王女様が立ち上がって叫んだ。いけない。すっかり存在を忘れてしまっていた。


「なんなのですか、あなたたちは。とにかく私は一刻も早くこの国をでなければならないので失礼させてもらいます!」


 サイン王女はとてもご立腹な様子で立ち上がって部屋を出ていこうとしたが、先生は白衣のポケットからとりだしたロープで素早く王女様を縛り上げてしまった。

 それをナナコさんが担ぎ上げてベッドの上に転がす。


 ――それ、王女様ですから、もっと優しく!


 ベッドの上で叫びながらまな板の上の鯉のようにジタバタと暴れる王女様。スカートが捲れてしまい、お上品な白いガーターベルトが見えてしまっている。

 先生はさらに追い打ちをかけるようにベッドに医療用の拘束具を取り付けて王女の動きを封じる。

 ナナコさんは面白がって身動きが取れない王女の上にまたがっていた。


 完全にやりすぎだ。あとから王家の人に殺されてもおかしくない。


「まあまあまあまあ、お姫さま。話を最後まで聞いてくれよ。ボクは医者だ。君を治療するためにここに来たんだ」


 先生は悪びれもせずに言う。王女は怒りと驚きの表情で


「医者? 医者ですって? 患者を縛り付けて罵倒する医者なんているもんですか!」


 返す言葉もありません。


「ちょっとそこの獣人のあなた、どきなさい、この縄を解きなさい! 無礼ですよ!」


 王女に無礼と言われても、ナナコさんは顔色一つ使えない。


「嫌にゃ」


 ナナコさんは奴隷として売られた過去がある。奴隷とは対極の身分である王族やら貴族やらはあまり好きじゃないらしい。

 冷たくあしらわれた王女様は信じられない出来事の連続に頭がついていけていないみたい。王女じゃなくてもいきなり拉致されて縛られたら誰だって困惑すると思うけれど。


「あ、あなた達はいったい何が目的なの……大臣の差し金? 隣国の刺客? それとも身代金目的?」


「だから、君を治療しにきたと言ってるだろう……」

 

 先生は呆れたように言う。

 王女様の言うことはいちいちもっともで、私だって拉致されて拘束されて「治療しに来た」なんて言われても、はいそうですかって信じられるわけない。


 ましてや王女様なのだから、これまで自分の言う事に逆らう人や手を上げてくる人なんていなかったことだろう。でも残念ながら今回ばかりは相手が悪い。先生には常識が通じないし、ナナコさんは基本的に先生の言うことしか聞かない。そして私には二人を止める力は、ない。


「こんなことをしてどうなるかわかってるんですか。ただでは済みませんよ! ふぐっ!?」


 王女が強がった瞬間、ナナコさんの目の色が金色に変わった。片手で王女様の顔をつかむようにして口塞ぐと、もう一方の手の指先を首に当てる。長く研がれた爪が王女様のクビに突きつけられた。


「なんだお前。先生になにかするつもりなのか? 先生に手を出すつもりならナナコがここでお前を殺してやるぞ」


 低い、猫のような唸り声でナナコさんは「にゃ」もつけずに言った。

 恐怖で一瞬止まってしまったけどいまはそれどころじゃない。


 ――ナナコさんを止めないと!


 私が叫ぶ前に、先生が


「ナナコくん。その娘はボクの患者だよ。手を離してくれ」


 と、普段と変わらない調子で言った。ナナコさんは素直に王女様にまたがっていた状態から躰をどかして、王女の足元の近くに大人しく座った。目の色も元に戻っていた。

 王女は目に涙を浮かべて固まってしまい、もう暴れようとも喋ろうともしなかった。


 ――だめだ。やりすぎだこれは


 もう謝っても許してもらえるラインを軽く越えちゃった。

 王女を縛り付けたあげく脅迫。下手すると戦争になるレベルでは。

 王女が本当に症候群患者で、それを治療したところで、王女様相手にここまでやっちゃった以上、私たちは不敬罪とか国家反逆罪とか規定のよく分からない罪で死刑になってしまうんだ。きっと。


 そもそも誘拐、監禁罪で捕まってもおかしくない状態だし、ナナコさんはカッコつけて「お前を殺す」なんて言ってたけどどう見ても悪いのはこちらだ。


 王女もこんな目に合うくらいなら追手に捕まったほうがマシな扱いだったんじゃないだろうか。


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