第38話 『空から女の子が』症候群②
「うん。空から女の子が症候群とは、いきなり空から女の子が落ちてくる症状だ」
さすがにそれは説明されなくたってわかる。
知りたいのはその内容だ。
「空から降ってくる以外にも様々な症例が確認されていてね、交差点で不自然にぶつかる……このとき下着が見えなければセーフだ。あとは、慣れない自動車を運転して逃げている、宇宙船が墜落してきたなんていうぶっとんだ症例までも確認さている」
宇宙船以外のお話も十分ぶっ飛んでいると思うけど。
「共通しているのは敵に追われているということ。それと、降ってくる女性はほぼ間違いなく王族や特別な力を持った巫女……つまりは「お姫様」だね。で、追ってくるのはたいていその政敵だ」
先生はカルテを確認しながら説明してくれたのだけど、いつもながら内容はちっとも理解できない。
とりあえず私はふんふんと頷いておく。
「そこを、ちょうど通りすがりの男性に助けられることでこの症候群は発症する。今回も間一髪というところで間に合ってよかった」
先生の言う事はめちゃくちゃではあるけれど、今まで間違っていたことがない。だから恐ろしいのだけど。
今回だってその「お姫様」は先生が言った通り見るからに王族といった格好をしている。まるで、どこかのパーティーか結婚式の披露宴からでも抜け出してきたかのようだった。
今のところは先生の分析どおりではある。だけど気になる点もある。
「先生、色々と聞きたいことはあるんですけど、これ、なんだか『腹減った症候群』に似てるところがありますね。倒れていた人を助けると発症するなんて……」
先生は一瞬驚いた表情のあと、ニッコリと笑って
「そうだね。腹減症候群は空降症候群のくくりの中に入れるという学説もあるくらいだからね」
学説……。そんな症候群を研究している人が先生の他にもいるんだろうか。
私は先生の言うことを信じている。それだけの時間は過ごしてきたし、先生の能力や判断を疑う理由はどこにもない。だけど先生はやっぱりいつも説明が荒い。私自身の疑問は解決しておきたい。
「でもこの女の子は、そもそもどこから降ってきたんでしょうか。ありえないですよね、普通。あの高さから落ちたとしたら、助ける人がいなかったら死んでましたし、むしろ自殺志願者という線もあったりするんじゃないでしょうか」
と私は当然だと思う質問をぶつけてみる。
「そのあたりは慎重な判断が必要になるけど、この貴族丸出しの格好、しかもドレスアップしているところを見るに、おおかた人が多く出入りして警備が薄くなるパーティーかなにかを抜け出してきたとかそんなところと推察できるね。自殺するならここまで派手な格好をする必要はないんじゃないかな。靴も履いてるし」
まだ自殺の線は完全に納得がいったわけじゃないけれど、次の質問だ。
「このお姫様? は、たった一人でその悪の組織? からどうやって逃げ出せたんでしょうか」
「相手が油断したところに後頭部を空き瓶で殴りつけたり、いろいろあるだろう」
「それ、相手死にますよね」
「異世界には『石頭』という能力があるみたいでね。あたまをビンやフライパンで殴られた程度では死なないらしい。他にもなぜか都合よく起動準備が整ったロボットが無警戒に置かれていてそれに乗って逃げたりすることもあるんだけどね」
質問すればするほど疑問が深まっていく。
「わ、わかりました。それで、このお姫様はこれからどうするつもりなんですか?」
「そうだね、まずは起きてもらうとしようか」
先生が手をかざすと少女は目を覚ました。
少女は「ここはどこなの」なんて可愛らしいセリフを言って私達を見回す。
どこかの宿の一室。
薄暗い部屋の小さなベッドに寝かされている自分を見て、状況を瞬時に理解できるはずもなく。
政敵や人さらいには見えないだろうけど、見ただけで私達のことがわかるわけもない。
だというのに先生はお姫様を起こしたらそれっきり戸惑う少女に何も説明しようとない。
ナナコさんは興味なさそうにしっぽの毛づくろいをしているだけ。
慌てて私がこれまでの経緯を説明することになった。




