第37話 『空から女の子が』症候群①
「先生、今日の患者さんはいつもみたいに特別おかしな場所に現れるわけじゃないんですね」
街をウィンドウショッピングでもするかのように歩く私達。
命の危険を感じないのってなんてすばらしいの。
これまで森の中だの地下街の奴隷商だの異次元世界だのとんでもない場所へ連れて行かれる事が多かったので普通に街を先生と歩くのは新鮮だ。
安心感で浮かれている私とは対象的に、先生はいつもどおり真面目な顔で過去のカルテに目を通しながら歩いていた。
太陽がてっぺんを通り過ぎたくらい。
街は夕飯の買い出しをする人、夜の仕事へ向かう人、この街に泊まるために立ち寄った人などで賑わっている。
先生の隣にはネコ耳族のナナコさんが先生に腕を絡めて楽しそうにはしゃいでいる。
治療に行くたびに置いてけぼりを食らって不満そうにしていたナナコさんに今回は先生が同行を求めた。ナナコさんは大はしゃぎで、今もベッタリと先生にくっついている。
先生は自分の周りを飛び回るナナコさんを気にもせずにカルテをめくり続けている。
私は爪をかみながら顔をしかめた。
――私の居場所を蝕む害虫。いや害猫ね。もういちど奴隷商に売り飛ばしてあげようかしら
ナナコさんさえいなければ仕事とはいえ、先生と二人でデート……ではないけど、楽しいお散歩ができていたというのに。こんな貴重なチャンスに限って邪魔が入る。
どうせなら信長症候群の治療にでも連れて行ってやればこの仕事がそんな尻尾を振り回してはしゃいでられるようなものではないことを身をもってわからせてやれたのに。
そこで、私はお昼の出来事もあって今日は自分がイライラしている事に気づいた。
今回のナナコさんの動向を許したのは先生だ。
ということは先生は今回の治療の危険度は低いと判断したのかもしれない。
だからこそ、素人で無知で無学で無教養で無作法な泥棒猫を連れて行くのを許可したんだろう。
もっといえば、私も随分成長したから、一人くらい足手まといがいてもどうにかなると考えたのかもしれない。
そうだ。そうに決まっている。私ったらつい感情に流されてしまって。
今は仕事中だ。私情は一旦捨てなくては。
大きく息を吸い込んで気を取り直すことにした、その時、先生のカルテを捲る手が止まった。
「リコくん、ナナコくん、頭上に注意して」
いきなり先生が立ち止まって言った。顔を見合わせ戸惑う私達。頭上?
「上を見ろってことですか……あ!」
私が顔を見上げてみる――
「せ、先生――っ!! 空から人が――!!」
私が言い終わる前に先生が叫んだ。
「ナナコくん!」
「任せるにゃ!」
先生が言い終わる前にはナナコさんは壁を蹴って高く飛び上がり、空中で落下してきた人間を両手でキャッチ。そして音もなくふわりと着地。大きさは違うけれど、まるで猫が獲物をジャンプして捕えたような動きだった。
人を抱えたままあの高さから飛び降りたら私なら両足が折れていたに違いなく、そもそもあんな高く飛べないし人間を抱えられない。ネコ耳族は私とは体の作りが違うということを思い知らされた。
空から降ってきたのは白いドレスを着た女の子だった。
気を失っているのか目を閉じたまま。
美しく長い金髪で透き通る白い肌に薄っすらとメイクもしてある。さらにはこんな場所には似つかわしくない白く眩しいタイツにヒールの高い靴を履いていた。
「先生、そ、空から女の子が降ってきましたよ!? と、飛び降りですかね!?」
先生は落ち着いた様子で答えた。まるでこうなることを知っていたかのように。
「診断してみないと確かなことは言えないが、これは『空から女の子が症候群』の疑いがあるね」
またおかしな症候群の患者らしい。




