第31話 『ラスボス症候群』⑤
先生はため息を付いて頭を振りながら魔王の方へ向き直って言った。
「君は、自分の城の中枢まで侵入されておいてどうしてそこまで強気なんだ? すでに君の率いていた軍は壊滅。残りはこの世界の人間たちだけで十分に対処できる。そんな危機的な状況に追い込まれておいて『部下になれ』なんて取引になってないだろ。むしろ君がボクの部下になるべき状況じゃないか。この世界のやつらはまともな損得計算もできない奴らばかりなのか?」
先生の反撃に魔王はまだ余裕たっぷりに返す。
「ふん、貴様らはたった二人ではないか。そんな貧弱な戦力で我に敵うとでも思っているのか?」
「そのたった二人にここまで侵入を許してしまったんだろって言ってるんだ。君こそ、その程度の貧弱な手下しか持たなかったくせに、その全てを一人で倒したボクに勝てるとでも思っているのか?」
「一人で倒しただと?」
魔王は少し驚いた様子だったがすぐにまたカッコつけモードに戻して
「…………当然だ。我はこの世界を滅ぼすほどの力を持っているのだからな!」
と言い放ったのだけど先生は即座に
「嘘をつくな。だったら、さっさと滅ぼせばよかっただろ。こんな世界の端っこの人が近づけないような山の頂上で引きこもっていたくせに」
と、魔王を一刀両断する。
「それは、まだ魔力とかそういうのが完全に復活していなかったからだ。今はもう完全だ。完璧に復活した。もう我一人で世界を手に入れられるほどだ」
魔王は圧され気味だ!
「そんなのんびりしているから毎回人間に倒されてしまうんじゃないか」
「なに?」
先生の口撃は止まらない。
「完全復活とか待ってないで、ある程度力が戻ったらさっさと攻めるべきだろう。君を倒す勇者がレベルアップしてしまう前に、サクっと倒してしまえばいいじゃないかサクっと。成長する前の勇者なら君の無能な部下でも倒せるだろ。だいたいね、人間を滅ぼす意味がわからない。生かしておいて有効利用するほうが賢いだろうに」
「そうは言うが、人間の数は多い。誰が勇者となるのか、どこに敵がいるのかはわからんではないか。ならば滅ぼしてしまうのが合理的であろう」
「だからって、何の手も打たずに世界を滅ぼせる力が貯まるまでこんなところで隠れているのか君は」
「別に隠れていたわけではない。守りの固い城を作ってそこにいただけだ」
「水面を泳ぐ鯉のように暢気だな。君はそれでも魔王か!」
「な、なに!?」
先生はさらにヒートアップした!
「魔王なら魔王らしく、もっと狡猾に、残忍に、凄然に! フォーミダブルと言う名前は飾りか!」
ぐぬぬ、と歯ぎしりした魔王が答える。
「だったら貴様ならばどうやるというのだ」
「ふふん。いいだろう。教えてあげようじゃないか」
先生は得意げに胸を張る。いつもの絶壁と違って今日は立派なお山が二つもついている。
先生は胸を張りたくて仕方がないようだ。
「まずは魔物の配置をもっと工夫しろ。なんだ? あの段々とレベルアップして強くなってくださいと言わんばかりの配置は。魔王城に近づくに連れて強い魔物を配置してどうする。しかも幹部が全員魔王城の警護って、どんだけ臆病なんだよ君は。普通逆だろう。敵を叩くのなら最初に最大戦力を投入するのは戦の基本だ。幹部たちには最前線でその指揮を執らせるべきだ」
「……そこには複雑な事情が色々と絡んでいるのだ」
と魔王は言葉を濁す。
「もっと頭を使え。君は王なのだろう? 無策に突撃を繰り返すだけでは君の部下たちがあまりにかわいそうじゃないか」
「そこまで言うのなら貴様ならばもっとうまくやれるのだろうな!」
「当然だよ。少なくとも君よりは1000倍はスマートに世界を手に入れられるね」
「だったら見せてみろ!」
魔王は転移魔法を使った!
私たちはどこかの森へと飛ばされた。
「あそこに村が見えるだろう」
魔王が指差す先に、木々の間から頑丈そうな木の柵が見える。
柵の向こうには人工の建物が見えていた。
森に囲まれた村があるようだ。
「あの村は小さいが交通の要所で人間たちにとって重要な拠点となっている。見ての通り環濠と柵によって守りが強固でこのあたりの魔物では攻め落とせない。かといって道が狭い上に我らの拠点からは遠く、大軍を使った力技で攻め落とすということもできない。さあ。あの村を陥としてみせよ。期限はひと月だ! できなければお前たちは処刑する!」
どこか嬉しそうに魔王は宣言する。言ってみたかったんだろうなあこのセリフ。
「ボクは君なんかにやられないし、君の遊びに付き合う筋合いもないんだけどね。いいよ。やってやろうじゃないか」
先生の力ならおそらく造作もなく一つの村くらい滅ぼしてしまうかもしれない。だけどそれでいいの?
「本気ですか先生。あれ人間の村ですよ?」
と私が慌てても先生は「だから?」と意にも介さない。
「先生は医者なのに殺人するんですか?」
と私が突っ込むと「殺さないさ」と先生は笑いながら言った。
「それにボクが直接やるわけじゃない。それじゃ意味がないからね。あくまで魔物の力によって成されなければならい。魔王くん、このあたりで使える戦力はどのくらいあるんだ?」
「そうだな。低級の魔物が100匹程度だ」魔王は答えた。
先生は魔王にこのあたりに棲息する魔物たちを集めさせた。
集まった魔物たちは小型の物が多く、スライムや動物型の魔物ばかりだった。
一番怖そうなのでも狼のような魔物が数匹いる程度でいつぞやの大型の熊のような魔物すらいない。
「昔はゴブリンなどもいたのだが人間たちに狩り尽くされてしまったのだ……」
人型に近い魔物はいないので複雑な作戦は使えない。
こんな戦力じゃあの壁のような柵を突破することすらも難しいだろう。
先生は一体どうやって村を陥とすつもりなんだろ。




