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症候群✕症候群  作者: ひみこ
Karte06 『ラスボス』症候群
27/44

第27話 『ラスボス症候群』①



「元の世界に帰りたいんです」


 今日の患者さんもいつもどおりの黒髪の異世界人の少年。

 異世界人には大きく分けて、死んでから異世界に行く『転生』というパターンと生きたままいきなり異世界に飛ばされる『転移』のパターンがいるようで、この少年は後者のようだ。


「ふぅん。最近では逆に珍しい症状リクエストだね」


「そうなんですか? 私はてっきり皆さん元の世界に変えることを生きる目的というか、異世界での至上命題にしているとばかり思ってました」と、私は率直に感想を言う。


「まあ、昔はね、そういうことも多かったんだけどね」


 と先生は机にひじを突いてだるそうに返した。


「最近の異世界転移された連中は、むしろ異世界に来たことを喜んでしまって帰ろうとしないんだよねぇ。それどころか呼び出された理由……ま、たいてい異世界の問題を解決するために召喚されるんだが、そんな事情すらも無視して、与えられた能力を使ってスローライフを楽しむようなやつが多くなってきているんだよ」


 私は先生からいくつかのカルテを渡された。

 さっと目を通すと、確かに先生の言うように最近の異世界転移患者は元の世界に帰ろうとしない症例が多いようだった。


「そうだったんですね。よほど元の世界で嫌なことがあったんですかね」


「さあね。どの世界にも嫌なことくらいはあるだろうね」


 それとも異世界が魅力的な世界だったりするのだろうか。

 家族や友人と二度と会えなくなったとしても残りたいくらいに。

 私は、先生と離ればなれになるのは嫌だなぁ。


「あの……」


 異世界人の少年が申し訳無さそうに声をかけてきた。


「ああ、悪かったね。それで君はどうやってこの世界にやってきたんだい?」


「よくわかりません。いきなり教会に呼び出されたかと思うと、気づいたときにはこの世界にいました」


「あ、そう。じゃあなにかの儀式に巻き込まれたのか、生贄として使われたのか、そんなところか。なら君が元の世界に帰れない理由もわかるよ」


「本当ですか?」


「ああ。君は本来異世界に転移するはずじゃなかったのさ。儀式に巻き込まれたとしたら君以外の誰かが転移したついでに転移したんだと思うよ。生贄として使われたのならもっと最悪だね。ただの使い捨てだからねぇ。どちらにしろ、君には元の世界に帰る方法は、ない」


 衝撃の宣告。


「ええっ!? どうしてです!?」


 私のほうが驚いてしまった。


「元の世界に帰るにはなにかしらの『役目』や『使命』を与えられていることが前提なんだよ。それらをクリアした時元の世界に帰る扉が開くっていうのが『異世界転移症候群』の基本的な症状だ。ああ、わかりにくかったかな。簡単に言えば君はなにかの手違いでこの世界に来ちゃったんだから帰る方法は用意されていないよってことさ」


 そんな絶望的なことをあっさりと言う先生。


「そ、そんな……」


 そして絶望的な表情を浮かべる少年。気の毒。


「げ、元気だしてくださいね? なにか困ったことがあれば私にできることなら力になりますから……」


「きれいなお姉さん、ありがとうございます」


 そう言って丁寧に頭を下げた少年の好感度は私の中ではすでに最大値を記録した。

 顔は正直好みではないけど、なかなか見どころのある少年ね!

 ここは私が助けてあげようじゃない。


「先生、今日は特に往診の予定もありませんし、もう少しお話を聞いてあげても良いのでは?」


「ええ~。こんなのはボクの専門外なんだけどな」


 先生は症候群の治療以外にはいつもこうだ。

 だけど先生以外にこんな特殊な症状の患者を診られる人間はいないはずだ。

 私は先生の耳元で小さな声で「本当は先生なら元の世界に戻してあげられるんじゃないですか?」と聞いてみた。

 先生は一瞬考えた後、私の耳元にかわいい小さな口を近づけて囁くように言った。


「本当に無理なんだよ」


 先生に不可能があるということに私は驚きを隠せなかった。


「確かにボクなら異世界へ一人や二人転移させるのは簡単だよ。だけど異世界と言っても星の数ほどあるんだ。どの異世界に飛ばせば良いのかわからないんだから『元の世界』に返してやるのは不可能なんだ。異世界に郵便番号でも振られていれば別だけどね」


 先生の吐息が耳にかかってくすぐったくて、なぜか心地よくて顔が熱くなるのを感じた。

 先生の声はやたらと耳に入りやすく直接脳に語りかけるような心地よさがある。

 これもなにか医術なのかな。


「そうだったんですね。じゃあ残念ですけど……」


「ああ、どうしようもないんだよ」


 でも先生は異世界人の方に向き直ると


「一応君のカルテを作っておこう。珍しいタイプ異世界人だ、血液サンプルも取っておいてくれ」


 と治療の続きをやってくれた。

 一通りの診察が終わった後、先生から確定診断が告げられた。


「君の血液も調べさせてもらったが、一般的な人類だね。特別な特徴は見受けられない。君がどこの世界から来たのかはわからなかったよ。残念だがボクでは力になれそうにない」


 私は、正直先生が無理なものを他の医者……じゃなくても誰であっても力になれるとは思えなかった。


「そうですか……。親身に診てくださってありがとうございました。この世界で生きていく方法を考えてみます。そうだ、あの、お代なんですが……その」


「お代は要らない。ああ、別に君に気を使ってるわけじゃないよ。うちではお代は取らないんだ。だから気にしなくていい」


「でも、悪いです。あ、そうだよかったらこれ」


 そう言って少年は腰につけていた革袋から小さな宝石にしては輝きが鈍い『石』を出して渡してきた。


「あの、こんなものでお代になるとは思えませんが、今の俺にはこれしかなくって。これ、おばあちゃんにもらった俺の宝物なんです」


「だから、お代は要らないってば」


「そうはいきません。おばあちゃんがお礼はちゃんとしなさいって言ってたので」


「やれやれ。わかったよ。じゃあ受け取っておこう」


 先生はその意志を無造作に白衣のポケットに仕舞った。

 彼はその様子を見て力なく、ニッコリと笑った。

 彼は本当に病人のように顔色悪いままに診療所を後にした。

 肩を落とし、力なく歩くその後姿に、私は少し胸が痛んだ。


「彼、どうなっちゃんでしょうね」


「なにか仕事でも見つけられればいいけど、あの様子だとそれも難しいね。最悪そのあたりで浮浪者になるしなかないんじゃないか」


「ちょっと先生、なんてこと言うんですか!」


 と言いながらも私も何一つ力になれなかったし、先生を責めるのは筋違いだと思った。


 その時だった。


 私達の足元に魔法陣が浮かび上がった。


「せ、先生!? またなにかしたんですか!?」


「いや、ボクは何もしていない! またってなんだよ!」


「だっていつも先生は突然めちゃくちゃなことやるじゃないですか!」


「これは、この術式は……まさか!」


 魔法陣は輝きを増していき、あたりが光に包まれて真っ白に染まっていく。


「異世界召喚だ!」


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