#4 甲山
戦闘中に阿波細川に内応し、細川・浦上への攻撃を命ずると麾下師団将兵が動揺してしまうであろうから予め意思統一を図るべきとの赤松一門の赤松政秀陸軍少尉の助言により、出陣直前に営庭に将兵を集めると播磨侯赤松政祐中佐は演説をふるった。
「私は細川高國閣下より参戦の要請を受けたが、浦上村宗と共に阿波候細川晴元少将を討てと述べられた。声を大にして諸官に云いたい。浦上とは共闘など死んでもやらん。足利義晴元帥を奉ずる細川卿には恨みは無いが、浦上には父が殺された恨みがある。此度の戦は阿波候細川閣下に味方となり、参戦する。将に浦上を討つ好機なのだ。兵士諸君、我々と貴官の手でどうか先代の恨みを晴らそうではないか! 序盤は阿波陣営に加わらず、摂津公陣営につくが、虎視眈々と時機を伺い、砲撃開始が内応の合図とする。以後は浦上旅団を標的に攻めあげるのだ」
内応を明かされた将兵の一部は驚くような声をあげ、動揺を隠せずに場をざわつかせたが、目に余る浦上村宗の専横には赤松侯爵家家中の皆々は辟易としていたため、反対の意を表する者は誰一人としていなかった。将兵の様子をみた赤松侯爵は胸を撫でおろした。
「出発だ。歩兵は軍用車に乗り込め。騎兵はしかとついて来い。計画通り本隊は六堪寺に向かえ! 遊撃隊は生瀬・兵庫方面に向かい、到着次第待機だ!」
赤松政秀少尉の号令により赤松師団は播磨を発った。赤松政祐中佐は赤松少尉の運転する自動車に乗り込み、師団車輌群の後ろを走った。
「あれでよかったのだな?」
主人の声が震えているのが赤松少尉には分かった。執念が込められた演説後の赤松中佐の体は興奮しきっていたのだ。
「そうですとも。ご立派でした。士気は漲っております」
赤松少尉は優しく言葉で安心を促した。
暫くして、軍用車輌の一隊は陣を張る予定の六堪寺に到るが、六堪寺の坊主連は引き返すよう求めた。何事の騒ぎかと気づいた老和尚が本堂より現れた。
「和尚さま。突然のことであったのでしたら謝意申し上げます。我々播磨候率いる師団の者です。もう明日あたりにでも両細川の争いに参戦する所存ですから、六堪寺を部隊の前線基地とさせていただきたい」
青年将校赤松少尉は師団を代表し、訳を話すが和尚は首を縦に振らなかった。
「播磨侯爵にこの地をお譲りする訳にはなりません。もう10年も前のことですが、こちらの境内に於いて摂津公配下の瓦林正頼陸軍少佐が生前の頃、癇に障った御付の少年兵を一人殺めております。あまりにも惨たらしく悲痛な思いでありました。我が寺に於いては人の殺生行為を禁ずる。如何なる理由であっても方針は揺るぎませんので、赤松侯爵にはお退き願います」
交渉中に軍用車から降り立った兵隊連は赤松少尉の交渉を尻目に野戦砲の組み立て作業に入っていた。赤松政祐中佐は交渉難航とみて、自動車から降り立つと作業を止めるよう指示し、交渉に加わった。
「これは、これは申し遅れました。私は陸軍中佐の赤松政祐と申します」
赤松侯爵は非礼を詫びるが、和尚は勝手に武器・武具を展開しようとした様子が気に入らず、語気を強めて「即刻退去を願います。さあ早く出ていきなさい」と挨拶を交わす間もなく、抗議された。
これ以上の問答は無用と判断した赤松少尉と侯爵は深々と一礼し、引き下がり、寺を退去した。
「どうするもこうもない。山から戦場を見下ろせる利点がある神呪寺でよいだろう。神呪寺は寺領広域で、部隊展開しやすい。細川師団と浦上旅団の後背に位置し、なにより砲撃場としても格好の地と云ってよい」
赤松政祐侯爵は予め念の為に陣の候補地を練っていた。付近の甲山に位置する神呪寺に移動を命じた。幸先が悪い師団を神呪寺は引き受けてくれた。
すぐさま赤松政秀少尉は伝令兵を細川・浦上両陣営に走らせ、着陣の報らせを受けた両将は侯爵の下へ訪れた。
「よくぞ参られたぞ。播磨侯爵殿」
「閣下。先ほど耳にしましたが、陣替えなされたのですか? いやはや一苦労なさられましたな」
あわよくば浦上少佐を拘束の上、その場で殺害し、指揮官を失った浦上旅団の吸収を思案した赤松侯爵だが、当の浦上少佐も用心深く、護衛兵を10人も引き連れた上に細川卿を伴って来られたのでは不都合なので、ひとまず耐え、両将からの歓待を受けた。赤松侯爵は労いの言葉をどの口が云うのだ、と浦上中佐に腸煮えくり立っていた。
「幾度も重ねてまいりました軍議の通り、ここ大物を戦場とし、我が方は浦上旅団の突撃により戦闘開始。そして順次、細川閣下の一軍も続く。そして細川師団、浦上旅団と阿波軍との交戦が認められてから一時間ほど経ち、尚も一進一退の様相を呈しているようでしたら我が旅団より発煙し、これを合図とし、神呪寺より赤松師団の出撃願います。ちなみに敵方より攻撃を受けなければ、我が部隊は明朝7時を以て膠着状態の戦況打開の為、突撃の予定です。作戦にご意見ありますかね?」
「異議なしである。赤松中佐もよいかな?」
つらつらと浦上中佐は作戦内容を述べ、三者の間に齟齬が生じないよう確認を促した。しかし、すでにとんでもない齟齬が生じていることを未だ細川中将と浦上少佐は露知らず。赤松は両人に密約の疑いありと探られることもなければ、疑われることもない。いや、援軍としての立場で迎えられている者にそのようなことをしてみれば赤松頼みの戦闘は成立しない。
「そうでしょう。足利義晴閣下のご参陣は?」
「播磨候。元帥閣下はご参陣ならん。敵方の目標はこの私である。私は此度の戦、死ぬわけにはいかん。赤松中佐の参戦により一層、戦意昂揚としている。確かに敵方も奮戦し、中々に競っている状態。しかし、内情は三好元長少佐の活躍があってのことだ。三好隊を細川隊と浦上隊で挟撃し、除去。最終的には阿波本隊を狙う。決戦というが最悪、三好の首級を挙げることさえできればよい。浦上君、他になにか付け加えることは?」
「私も閣下の仰せの通りと思います」
赤松中佐は内応成功の自信を得た。異國に「背水の陣」なる言葉があることを赤松中佐は知っていた。細川将軍と浦上中佐の置かれている状況はそれに似た「背水の陣」ならぬ「背山の陣」と表されるべきであるとみた。