表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝國室町  作者: 源実頼
両細川の乱
3/8

#3 呼び止め

 赤松中佐を呼び止めた男は阿波侯爵細川家当主・細川晴元陸軍少将だった。


「やあ赤松先生。どうですか? 軍務も政務も変わらず励んでおりますかね? ここで話があるのだが、よいでしょうか? 摂津公に漏れるといかんから京都駅まで我が自動車で送りましょう。帰りの特急列車は何時です? そうだな。時間はまだある。ちょいと京辺りを観光しませんかネ」


「播磨くらいならば特急列車より用意した自動車で帰りますので」


 赤松中佐は断りを入れたが、なんとも強制的な運びで細川晴元の自動車に連れ込まれた。


 議場外で待っていた弟の赤松政元陸軍少佐に「兄上、お車は?」と遮られたが、赤松は「そうだ、30分後にまた戻るから待機してくれ」と指示を出し、単身拉致される格好となった。


「おい、車を出せ」


 阿波侯爵ご主人の一言で何とも不気味な帝都観光が始まった。運転手は細川少将の副官三好元長陸軍少佐の嫡男・三好長慶陸軍大尉、助手席には晴元弟の細川氏之陸軍中佐が座っていた。


「半ば無理強いて申訳がありません。さて赤松先生、洋酒でも飲みますか?」


 豪放磊落(らいらく)ぶりを思わせるように細川晴元は車内で瓶を開けようとしていた。赤松は酔わせて、何かに誘導でもしようと策略を張り巡らされていると思い、断りを入れた。


「喰えぬ御方だなんて思っておりませんよ。なんとも思慮深い御方だナと」


 晴元は豪快に大きな笑い声をあげた。車内という狭い空間に余計に響き渡っていた。天下人への階段を一歩、一歩上がっていく権力者の偉ぶる様子が笑い方に表れていた。


「冗談は()めとしましょう。本題に入りたいのですが、赤松先生にどうか手助け願いたい。単刀直入に云いますと我々と共に摂津党を叩きのめしていただきたい。私の父は高國卿の輩に追いやられ、志半ばで世を去りました。父の思いもある。今では畿内戦線の戦況は五分五分でありますが、次の戦いはまさに決戦と読んでおります。細川高國卿を一気に撃攘(げきじょう)し、畿内を手中に収めたいのです。細川京兆家の家督は私に移り、阿波細川家と野州細川家……両細川による一族争いは終止符が打たれる訳です。細川が安泰とならば帝都周辺も安泰となり、益々、我が國家繁栄となりますわい。両細川の争いに貴公の力は必ず必要なのです。それに高國卿は貴殿の麾下将校である浦上少佐に参戦を呼び掛けているというではありませんか? 貴公は浦上に対し、恨みがあるはず。ここで我が阿波細川は野州細川を、赤松は浦上をそれぞれ討つための大義名分が揃っている。ご参戦願いたい」


 父が廃された私怨と名門家の面子をかけた戦。大げさな程の演技がかかった参戦の誘いに赤松は冷めた表情だ。主君たる元帥の身を案ずるよりも権力欲に取りつかれ、私利私欲を体現した両細川家に何が國家繁栄だなんて説かれても赤松には響かずにいた。


「実は私は細川高國卿より浦上と手を組めと申されたのです。誘い文句がこれまた面白きもので、阿波細川との決戦後、浦上を好きにしてよいとまで申された。全く権力の亡者とは恐ろしい。利用できるものはなんとでも利用する。そして利用した暁にはその対象がどういう終末を辿ろうが、我関せずである。そして貴殿も斯の高國卿のようなお考えで赤松を最終的に利用した末に攻め滅ぼすお考えならば、お断りしたい」


 助手席の細川氏之中佐は「う、うん」とわざと喉を鳴らし、ミラー越しに赤松中佐を睨んだ。すぐさま晴元は右手を挙げ、制止を合図していた。あらぬ刺激はしてならぬと。


「各々、お考えがあってよろしいでしょう。赤松侯爵家に手出しなど考えてはおりません」


 晴元は譲歩した。車内はそれから一〇分程の間、無言の空間と化し、双方黙して語ろうとしなかった。


 強気に出たものの赤松は悩まされた。赤松家への手出しは無用という晴元の言葉を信じ切れずにいた。


(浦上と手を組むなど有り得ず、足利義晴元帥擁立の正統性を握っているものの、どうも戦力不足が見受けられる細川高國卿に与し、戦闘に敗れれば、阿波細川家は一網打尽に赤松家諸共滅ぼすやもしれない……)


 赤松は窓硝子(がらす)越しに映える帝都の街並みを陰鬱な表情で見つめ続けた。次に晴元が開口するまでに答えを出そうと必死に脳を働かせ続けたのだ。


「よし、此度の戦は阿波細川家を支援しましょう。私は一芝居してみせましょう」


 足利義晴元帥への忠義を貫く前に自分の家を守らなくてはどうなる。そこは割り切るしかないと赤松中佐は逡巡した末に、参戦表明したのだ。


「これでこそ、これでこそだ! さすがは赤松侯爵家の御当主たる者ですぞ! よし、祝して今日は一杯やらんかネ」


 晴元は口元を緩ませ、赤松中佐に両手を差し出すと握手を求めた。つい先ほどまで赤松中佐に睨みを利かし、無言の圧力をかけた助手席の細川中佐も「よい判断でしたな」と云い、安堵の表情を浮かべていた。


 しかし、唯一、嬉々とした雰囲気に溶け込もうとしない男がいた。運転席の三好長慶大尉であった。ただ一台の自動車に収まりきらず、まさか細川家をも掌握していくのだなんて細川晴元少将、いや車中の者は誰一人思えずにいなかったのだった

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ