93.『彼女と彼の立つ舞台』
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早いもので、私が入学してから一年が経とうとしている。入るものがいれば出るものもいるのが、学院という組織だ。
段々と落ちる影が濃くなる季節、それはこの学院における別れの季節である。
「琳先輩、短い間でしたがありがとうございました!修行も頑張ってくださいね」
「ありがとう。達華に私は職人になるからって、ちゃんと言っておきなさい」
琳先輩は制服のローブを重そうに揺らしながら、強気に言う。
被服科は六年生四人、五年生一人、四年生四人、合計九人が卒業となった。
学科の伝統として、在校生から卒業生に刺繍の手巾を渡す習慣があるらしく、私と椹火も少しずつ刺して感謝の気持ちを込めた。
愉快な先輩たちが減ってしまうのは正直に寂しい。
卒業式が終わってから被服科で別れを惜しんだあと、先輩たちは卒業生のために開かれる夜会の準備に行ってしまった。
「琳先輩に構われなくなると思うと寂しい……」
「泣いたって仕方ないだろ」
私が作業台でしょぼしょぼしていると、椹火に呆れたような目で見られた。
「へえ、流石は被服科だね、手作りの贈り物って素敵」
夕方、夜会には当然参加しないいつもの縹組は第三談話室に集まっていた。
「山蕗のところは夜会のために、演奏に駆り出されるんでしょ?」
「そういう人もいるね、僕は断ったけど」
「断れるんだ」
「元々希望制だから」
確かに会場にピアノは何台も置けないだろうし、奏者は一人か二人いれば十分なのかもしれない。
「被服科らしい伝統ね。羨ましいわ」
「澄麗先輩の門出には、私が腕を奮いますのでご安心を!」
「それは嬉しいわね」
にこりと顔を綻ばせる澄麗先輩につられて、私も頬を緩めた。
澄麗先輩は卒業を延期し、最大あと二年いてくれるそうでとても安心している。それは縹さんの思惑が、順調に進んでいるということでもある。
そういうわけで縹組は、来年もこの面子で一緒に活動出来るらしい。
「ご機嫌になったな」
隣から声がして振り向くと、詩苑が悪戯げにこちらを見ている。
その顔に、寂しいと喚きながら第三談話室に入ってきたことを思い出し、自分の感情の急変化具合に少し恥ずかしくなった。
何も答えずふいと顔を背けると、後ろから何やら涼やかな気配を感じて振り返った。
「やっぱりここにいたね、詩苑」
その人は艶やかに流れる美しい銀髪をきっちりと撫で付け一つにまとめ、煌びやかな衣装に身を包んで、仄かに発光しているような雰囲気を纏っている。
「何しに来た」
嫌そうな詩苑を気にも留めず、夜会のための盛装で姿を現した風滋自治会長はつかつかと音もなくこちらに歩み寄り、詩苑の真後ろに立った。
そして詩苑の両肩に手を起き、慈愛の眼差しで詩苑を見下ろす。
「私の方から挨拶に来てやったぞ。私は先に卒業するが、待っているからな。あまり問題を起こすんじゃないぞ」
対する詩苑は大層面倒くさそうに大きく息を吐きながら、これでもかと顔を歪めた。
「それは央智に言え。俺は何もしていない」
「詩苑は私にとっても、いつまでも手のかかる弟のようなもの」
「兄は一人いれば十分だ」
「後のことは兎種に任せている、心配はしなくてもいい」
「自治会と騎士クラスがどうなろうと知ったこっちゃないが、兎種じゃ央智の抑止力にはならないと思うぞ」
果たして噛み合っているのかいないのか、詩苑は自治会長の言葉にポンポンと返していて仲が良いことがよく分かる。あとトクサさんって誰だろう。
「違うぞ萌稀、これはあれだ、仲が良いとかではなくただの腐れ縁だ」
おや、思考が声に出ていたかしら?と思って首を傾げると、詩苑は更に力を入れて眉根を寄せた。
「口に出ていなくても顔に書いてある」
「萌稀さんをはじめとした縹組のみんなも、詩苑のことをよろしく頼むよ」
「お任せ下さい」
自治会長の保護者のようなお願いに、縹さんが感情なく返事をした。
そして自治会長は廊下に待たせていた従者らしき人を引き連れて、風のように去っていった。
「…何しに来たの、あの人」
「詩苑と離れ難いんだろう?」
縹さんの言葉に、げっそりする詩苑は背もたれに身体を預けて再び大きく溜め息を吐いた。
「自治会長は詩苑の保護者だったんだね」
「だから腐れ縁だって言っているでしょ。みんな保護者面するのが趣味なの」
「みんな?」
「実の兄とかな」
そういえば自治会長が詩苑兄と繋ぎを取ってくれたお陰で、私は魔術の訓練を受けることとなったのだ。親しそうだとは思っていたが、高位貴族のお家柄として、家族ぐるみで付き合いがあるのかもしれない。
「みんな詩苑のことが心配なんだね」
「要らない心配だ…」
なんやかんや様々なことが起こった一年だったけれど、素敵な出会いも多くあった。人との関わりは新しい発想を生んでくれる。
縹組の一員として、その発想を他者に向けて表現出来ることが何より楽しいと感じた。
また来年も、わくわくする出会いがありますように。
*
「久しぶりだな」
「そうですね」
父の執務室で対面するときは、親子というよりは上司と部下の関係に近い気がする。
大きな書棚を背に、手の込んだ細工の執務机につく目の前の壮年の男は、兄より少し濃い薄青の瞳をぎらつかせている。髪色も兄の方に近いが、歳のせいだろうか。
「最近は学院で派手に遊んでいるそうだな」
「何のことでしょうか」
俺が勝手に転籍したときも何も言わなかった男が、今更俺の学院生活に何の口出しをすると言うのだろうか。
「夜凪との婚約はしないと本人に言った、と報告を受けたが」
「言いましたが、それが何か」
「この家を継がないとはいえ、学院を卒業したら伯爵位をいただけるんだ。落ち着いたならいい加減お遊びはやめて、騎士団に戻ったらどうなんだ」
「……」
やっと戦うこと以外で自分の存在意義を見い出せそうなのに、こんな中途半端にやめてたまるものか。俺は目を眇めて文句を喉元で押し留めた。
芸術クラス声楽科の三年生として過ごしたこの一年は、歌い手としての課題をまざまざと見せつけられた。例え気を紛らわせるために始めたことだとしても、こんな中途半端にやめる気は更々ない。
しかし、そんな胸のうちをこの男に晒すのも癪なので口を引き結んだ。言って理解されるとも思わない。
「なんだ、結婚したい相手でも出来たのか?」
男は揶揄うように笑う。どこから何の話を聞いたらそうなる。
「まだ家には帰りません。話がそれだけなら失礼します」
返事を待たずに父の執務室を出て、足早に自室に戻る。
次の一年はどんな景色が見られるのか、どんなものを生み出せるのか。
芸術クラスで過ごす毎に楽しみが増えていくことに、ほんの少しだけ恐怖心を抱きながら。
(第二部 彼女と彼の立つ舞台)
第二部、お付き合いいただきありがとうございました。
感想、評価などいただければ嬉しいです!
年明けは元日に幕間を挟んで三部開始予定です。
詩苑のターンになりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
よいお年を!




