92.一年後期発表「見えない壁」
――あなたは何を感じるだろう。視覚と聴覚を研ぎ澄ませて。
前奏は二小節。直ぐに一つ目の絵に光があたる。
黄を中心とした色使いの、円が弾ける絵。所々に薄青で光のような煌めきのようなものが描かれている。
音楽は軽快に、弾ける円に合わせてスタッカートを多用する。
歌も軽快に”ポン”や”パ”を組み合わせ、何もないところから作品が生まれる様子を表す。短い音を効果的に使い、楽し気に。
最後四小節で少しだけ加速して、二枚目に光が切り替わる瞬間に、詩苑は二枚目に引っ掛けられたシャツを着る。
緑を中心とした色使いの、右肩上がりの曲線は勢いよく流れる。黄から濃い緑に変わっていく様は、順調に進んでいるときの何にも負けないような気合い。
湧き上がる創作意欲は”ワ”や”オ”で盛り上げ、伴奏も和音が重なっていく。声の圧も強まって、詩苑の全身にもぐっと力が入った。
リタルダンドから速度は停滞気味。三枚目に光が切り替わり、布を被る。肩口で結べば簡易マントに。
赤黒いものが渦を巻く絵はおどろおどろしく、光も少し弱くなる。
不穏な短調の音階は行ったり来たり。伴奏は低音が重々しく鳴ったかと思うと、高音が惑う。歌は”ウ”や”モ”でねっとりしたり、濁音で衝撃と苦悩を表現する。ゆったりした速度で不安定な音階を行っては戻り、暗闇に音は消える。
そして伴奏の音数が減って一音が残ってからの、上下の広がりで華々しく。
四枚目は橙の同心円が、外側に向かって段々薄くなるように描かれている。これまでに使用した黄、青、緑、赤なども所々に使われ、賑やかなのにまとまりがある。
肩口で結んだ布を脱ぎ捨て、ジャケットを羽織る。
規則的に鳴る和音の上に乗って、大きく躍動する音階。最後は”ア”や”エ”で盛り上げきって、クレッシェンド。
声を劇場の奥の奥に放ると、残響に鳥肌がたった。
今回も満員の会場からは割れんばかりの拍手が贈られたが、私の知る五回の定期発表で、詩苑の歌としては一番完成度の低い作品となった。やはり最後まで詩苑の意思はまとまりきらず、どうしても説得力に欠ける。
私の衣装もなんとなく消化不良で、達成感よりも演者を支えきれなかった悔しさが勝った。
「そんなときもある、次回に活かそう」
よっぽど不服そうな顔をしていたのか、隣で一緒に舞台を見守っていた縹さんは言った。
「正解は何だったんですか、今回の主題」
「『誕生、成長、挫折、成熟』だ。大体合っていたな、それぞれの解釈は」
縹さんの言葉に私は顔を強張らせた。間違っていなかった。そうだとしたら、余計にもう少し何か出来た気がする。
悔しさに地団太を踏みそうになり、慌てて太腿を拳で叩いた。
そう毎回毎回上手くいくとは私自身も思ってはいないが、悔しいものは悔しい。きっとこの先暫くは、何が足りなかったのかを考えながら過ごすのだろう。
一先ずは頭を切り替えて被服科の課題に集中しないといけない。表情を作り直して撤収作業に入った。




