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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     七幕 進みたい獣道
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91.苦しみぬく男

「順調にいってるときの感情がしっくりこない」

「詩苑も職人みたいな顔付きになってきたね」

「詩苑も多少は成長しないとな」

 そんな詩苑の様子に、山蕗と縹さんは嬉しそうだ。

「真剣に言っているんだけど」

 子を見守る親かのような二人に、詩苑は不満そうに口を尖らせた。

「順調にいっているときは…それこそランランルンルンな気分になるけどね。私だったら軽快にペンを走らせる音とか、ミシンの規則的な音とか想像するかも」

「ふむ」

「線を引く音もミシンの音も、スキャットで再現しようと思うと母音が鳴らなくて難しそうだがな」

 必死に思考を巡らせる詩苑は、私たちの無駄話にも耳を傾けつつ顔を顰める。そろそろ悩み過ぎて禿げてこないか心配になってきた。

 今まで出会ってきた貴族は、無駄な矜持を見せつけて如何に自分が優位かを知らしめようとしてくる人ばかりだった。全く聞く耳を持たなかった数々の男を思い出して、私たちに弱味を晒しても必死に考え抜こうとしている詩苑に微笑ましさすら感じてしまった。

「私は楽しくて、ついこういうことを考えてしまうからいいけど、苦手なことを投げ出さないで向き合う詩苑は偉いね」

 すると詩苑は一度目を瞠ってから、半目になってこちらに視線を寄越した。

「俺がここで投げ出したら、みんなに顔向け出来ないでしょう」

「誰も逆らえないと思うけど?」

 事実、この中で一番身分が高いのは詩苑だ。その詩苑が「やーめた」と放棄したところで誰も文句は言えまい。これは詩苑絡みで色々あった今期だからこそ、ついうっかり出た嫌味だ。

「一番文句言いそうな人がよく言う」

 珍しく詩苑に鼻で笑われてしまった。確かにここで詩苑が突然投げ出せば、私は問答無用で詰めてしまうだろう。普段の行いを振り返って少しだけ反省した。

「あ、思いついた」

 そんな私たちの会話を聞いていたのかいないのか、割り込んできたのは縹さんだ。珍しく気の抜けたような声は妙に練習場に響いた。

「何を思いついたの?」

 山蕗も不思議そうにピアノから顔を出して覗き込む。

「題名。そろそろ要項を提出しろと言われていたんだが、どうしようかと思っていてな」

「題名?今回の発表のですか?縹さんが考えた主題ではダメだったんですか?」

 今回の後期発表は、既存の曲や詩を全く使用せずに、私たち縹組で一から作り上げたものだ。

 始まりは縹さんが主題を考えるところからだったので、それが題名になるものだと思い込んでいた。

 よく考えれば、詩苑の考えがまとまらない現在、私たちはそれすらまだ教えてもらっていない。

「せっかくみんなで頭を悩ませて作り上げた発表だからな。それも含めた題名がいいと思って考えていたんだ」

「ふうん。それで?」

 山蕗が先を促すと、縹さんは目を細めて口の端を吊り上げた。

「『見えない壁』はどうだ?」

「正に今、詩苑が戦っているこの現象みたいなことですか?」

 私は少しだけニヤついた顔を、両手で隠しながら訊ねた。

「そういうことだな」

「あの…どういうことでしょうか?」

 澄麗先輩は私と縹さんの意図することが分からなかったようで、恐る恐る声を上げた。因みに詩苑の頭上にも疑問符が見える。

「今回の定期発表はそれぞれが挑戦だったと思う。順調に仕上げたように見える澄麗と萌稀も、常にない主題で悩んだだろう?」

 私は深く頷いた。

 考える期間が短かったのもあり、今回の衣装は澄麗先輩の絵に頼る手法を取ったが、自分の力だけで表現してみたかったというのが本音なのだ。そうして詩苑の解釈の助けになれれば、一番良かった。

「山蕗と詩苑は言わずもがな、慣れないことに苦戦したな。現在進行形も一名いるが」

 詩が無いものに曲をつけるのは初めてだと言って、山蕗もなかなかに苦戦を強いられた。

「だから、それぞれが戦ったものを表して、『見えない壁』だ。もしかしたら観客もこれを見て、頭を悩ませるかもしれないしな」

 最後に縹さんは詩苑を見て言った。観客に何が伝わるか、最終的な届け人は詩苑自身であり、詩苑の歌だ。

「ある意味俺たちにとっても、壁らしい壁はこれが初めてかもしれないなと思った」

 むしろ今まで大して悩みもせず、あの質で発表していたことの方がおかしいのではと、私はひっそり思う。

 しかし壁を乗り越えた先にあるのが「成長」と考えれば、今後更に良い発表が出来るようになるということで、それは大変喜ばしいことだ。

「じゃあ…私たちが苦しみながら頑張っているんだよ、ってことが伝わるといいですね」

 詩苑は少しだけ顔に力を入れて何かを逡巡した後、再び真剣に楽譜に向かっていた。


 *


 本番前に詩苑が楽譜を見るのは珍しい。本番ギリギリまで楽譜を読み込んで舞台に上がるつもりなのだろうか。その姿は鬼気迫る感じだ。

「詩苑、大丈夫?」

 本番前の集中を邪魔するのは良くないと思いつつ、普段と違う様子は心配が勝った。詩苑の横に立つと、そっと楽譜を下ろした。

「結局まとまらなかったと思って」

 小さくなっている背中を擦ると、詩苑は少し力を抜いて大きく呼吸する。

「舞台に立てば吹っ切れるから大丈夫」

 それからぎこちなく笑ってみせた。

「うん」

 準備や練習の段階では苦しんで悩みぬくが、土壇場の度胸は十分に知っている。人前に立つ詩苑はそれ用の仮面を持っているのだ。

 詩苑の手元を見下ろせば、いつになくびっしりと書き込まれた楽譜。

 速度、調性、強弱、様々な記号一つ一つの意味を考え、自分の中に落とし込む。

 五人で一から作って悩みぬいた世界を、観客に見せてあげよう。


年末のイベントやら特番やらの季節ですね。

本日19時に、本番開演します。

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