85.必要な余興
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学院内の木々が青々と茂り、制服のローブの出番がなくなった頃。学院の大きな年中行事の一つである「闘技大会」は開かれる。
「芸術クラスと学術研究クラスは創立記念祭で演し物をするが、騎士クラスは出番がないだろう?だから個別にやるんだよ。卒業後は騎士団に入るから、その顔見せの意味だったり色々な」
詩苑がいない談話室で縹さんは言った。
私への嫌がらせと央智君の暴走への対策について、二人には作戦があるらしく、それの実行まで詩苑が談話室に近づかないことになったらしい。
その作戦について教えてくれるというので、久しぶりに私も談話室に顔を出した。
「確かに他クラスの学生としても、将来有望な騎士候補がじっくり見られる機会は有難いでしょうね」
貴族子女にとっては出会いの場でもある学院なので、騎士クラスの学生が自分を売り込むことができる貴重な機会でもあるのだろう。
「大会自体は魔術あり、魔術なし、混合の三つの部門でそれぞれ勝ち抜き戦をするんだ。混合の部門は魔力がなくても魔術を使う人と戦うわけだから、実質ここで優勝すれば学院で一番強い」
「へえ、面白そうですね」
「毎年それなりに怪我人が出るから僕は好きじゃない」
山蕗はつまらなさそうに談話室のピアノを弾いている。
「それで、その闘技大会がどうしたんですか?」
「そこで対策を打つから、萌稀と澄麗も一緒に見学をしてほしい」
「見学?見るだけですか?」
私は澄麗先輩と顔を見合わせた。
「ああ。見るだけでいい。まあ最悪見なくても、そこにいてくれればいい」
縹さんは悪い顔で何かを企んでいる。
「まさか詩苑が参加したりとかは…」
「それは当日のお楽しみだ」
絶対するやつですよね、それ。騎士クラスの催し物に、関係ないクラスの学生が出るのは有りなのでしょうか。
でも詩苑が戦っているところを見てみたい気持ちも若干ある。期待と不安で心が揺れた。
「それが終わったら、また五人で、後期発表の打ち合わせをするからな」
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「どうして詩苑がここにいるのかな?」
毎年、闘技大会の日はよく晴れる。今日も気持ちのいい晴天で、時折爽やかな風が闘技場を駆け抜けた。
央智が謹慎で不参加となった今年の闘技大会は、大きな問題もなく全ての部門を終え、たった今、騎士クラスの首席であり自治会長の私が混合部門で優勝を決めたところだ。
後は閉会式を残すのみ。段取りを確認しにいったん裏へ回ろうかと思ったところに、乱入者が現れた。
訓練用の剣を持ち、我が物顔で闘技場に入ってきた詩苑は、いつも通り芸術クラスのジャケットを羽織っている。それなりに広い闘技場の反対側にいるのに、はっきりと分かる存在感は流石のグラディウス家といったところか。
先日、央智の件で協力出来ることがあればするとは言ったが、まさかそれか?それが今なのか?
「催し物には余興が必要だって、センセーが言ってたから」
誰だそんなことを詩苑に教えたやつ。詩苑が余興として出てくるのは良いとして、ここで戦って私が詩苑にあっさり負けたりなんかしたら、私の立場がなくなるだろうが。
現騎士クラスの首席で自治会長で近衛騎士団に配属が決まっている私の顔を立てようとか、そういう気遣いが出来るなら兎も角、それ無しで私を叩きのめして誰に利があるんだ?誰か説明してくれ、今すぐ、私に!
少し距離があるところで話していたからか、私たちの会話は周囲に聞こえてしまっていたようだ。
観客席から動揺が伝わる。詩苑が出てきてしまったことへと、優勝した私へ喧嘩を売るような発言をしたことへ。どちらもこの場に似つかわしくない詩苑に対する動揺であるが、前者と後者で意味合いは全く異なる。
恐らく事前にこのことを把握していた先生たちですら、楽しむように笑う者と青い顔をする者の二者に分かれていた。
「一応訊くが、私に花を持たせようという気は」
「欠片も無い」
「だよなあ」
しかしまあ、意味もなく、私への嫌がらせのためだけにこんなことをする男ではない。例の事情が絡んでいるのは間違いないし、ならば乗ってやるしかないのだろう。
「手加減してくれよ」
「……」
返事しないな。おいこっち向け。
「俺、攻撃魔術なしでいいよ」
その台詞に会場は一際騒めきが大きくなった。
「じゃあそれで頼むよ」
何でも有りの詩苑と戦うという方が間違いなのだ。つけられるハンデはいくらでもつける。それでも互角にすらならないのが、詩苑だから。
出来るだけ互角に見えるようにしたいが、それもきっと無理だ。正直に言うなら逃げたい。
内心で頭を抱える私に対して、乱入者は飄々と剣をぶん回している。
「始めるぞ、位置につけ」
先生のその言葉は今日何度も聞いているはずなのに、今この瞬間だけは、死刑宣告に他ならなかった。
重い足取りで位置につくと、詩苑の真っ直ぐな視線とぶつかる。強いて言うなら怒っている。宝石のような緑の瞳は熱を湛えていた。
私自身が何か恨みを買うようなことしたかなあ。心当たりしかないなあ。
「始め!」
合図とともに私は風を使って上空に飛んだ。高い位置に土で足場を作り、下に降りては剣を振るう。たまに魔術で攻撃を挟むも、そんなものが詩苑に通るはずもない。
地上で動かない詩苑に対して、上下を目一杯使い隙を狙う。卑怯と言うなかれ。こんな手を使っても、ただでは攻撃を食らわせることなんて出来ないのだから。
幼い頃から共に訓練する仲間だった私たちは、お互いの魔力や戦い方をよく知っている。どんなときにどんな予備動作でどんな魔術を使うのか。
恐らく詩苑は、魔力の流れで私の一挙手一投足を容易に判断出来る。そのくらい、戦闘に関する感性や感覚が常軌を逸している。
詩苑が騎士クラスにいた頃も隠すことなくその才能を発揮し、それを目の当たりにした奴らは、恐れ慄いてその場から動けなくなったこともあった。辛うじて動けたとしても、訓練ですら詩苑と戦いたいと思う奇特な奴はいなかった。そんなことを望む命知らずは、後にも先にも央智だけだ。
そんなわけで闘技大会に出るまでもなく詩苑が一番強かったが、あの頃は酷く荒れていたから騎士クラス以外の学生がその強さを見ることはなかった。
先程までは私をやる気にさせていた令嬢の歓声も、今は聞きたくない。何なら悲鳴すら聞こえる。こんな戦い方は美しくなさすぎて見せたくなかった。
このあと婚約者殿に会うことも憚られるくらいには、攻撃魔術なしの詩苑に対して、せこい手ばかり使っている。
しかしいつまでも逃げ回っているわけにはいかない。
詩苑の周りを岩の柱で囲み、籠のように上まで覆って閉じ込める。動ける範囲を狭め視界を出来る限り遮って、詩苑の隙を作ろうと試みる。ここまでしても勝てる可能性があるのは一度だけだろう。
私は魔力と気配を消して、風のように物音を立てず詩苑に近づいた。詩苑の手元に狙いを定めて、最小限の動きで死角から剣を突き刺す、その刹那。
――カランと、剣が地面に落ちる気の抜けた音が会場に響き渡った。




