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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     六幕 純粋な力
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84.特訓の成果

 *


 謹慎が明けてから、風滋(ふじ)に頼んで央智(おうち)のもとを訪れた。

 こいつは謹慎という処分を受けたにも関わらず、自室を抜け出した前歴があり、専用の部屋…もとい檻に入れられている。まるで囚人のような状況だというのに、本人は恐らくなんら気にしていない。

「久しぶりに来たな、ここ」

「ほとんど央智専用の謹慎部屋だからね」

 風滋は呑気に言うと、鍵を開けて中に入っていく。俺もそのあとに続いて入ると、特殊な魔術が施された囲いの中に、央智は大人しく座っていた。

「何しに来た」

 央智は俺を見た途端、尊大な態度で言った。相変わらず自分の立場を理解していないやつだ。

「央智、お前卒業するまでこんなことを続けるつもりか」

「お前の方こそ、この先一体どうするつもりなんだ」

 全く反省の色が見られない言い方に苛立った。

「それは央智には関係ないだろう」

「ここを卒業すれば、当主は継がずとも騎士団に入ることになるはずだ。なのに何故、騎士クラスに戻らない」

 何故も何も、それを央智に言われる筋合いはない。俺がこの先どんなことを学んでどんな道を進もうが、こいつには何一つ関係のないことだろうが。

「央智君は詩苑が大好きだねえ」

「気持ち悪い言い方をするな、風滋」

 大好きなわけがあるものか。大好きなら迷惑をかけるな。男同士の慣れ合いなんてどこに需要がある。否、仮にあっても困る。そういう趣味は俺にはない。

「兎に角、これ以上俺に関わるな。俺一人にちょっかいをかける程度なら暇つぶしと思って見逃してきたが、俺の大事な仲間を傷つけるなら許さない。いいな」

 俺の本気を悟ってか、央智は細い目を見開いて口を噤んだ。

 今までは、俺に向かってくる勇気のある人なんていなくて、俺自身もどう感情を発散させればいいか分からなくて、こいつに挑まれるまま相手をしていた。けれど、もうそれも必要ない。

 俺が本気を出せば央智程度、敵ではないことは身をもって分かっているはずだ。

 そういう思いを込めて真っ直ぐに央智を睨みつけると、何も言わずに目を逸らされた。

 ――もう、お前の相手はしないからな。

「行くぞ、風滋」

「もういいのかい」

「ああ」


 *


「あ…いたた……」

 身体のあちこちが悲鳴をあげている。普段の生活では絶対に使わない、色々なところが痛い。今日にいたっては歩くことすら辛い。

 魔力を使ったことによる弊害かと訊ねたら、「身体をあまり使わない人が急に動くと出る痛みだから問題ない、むしろもっと動いた方がいい」とかいう謎理論を提示された。

 詩苑の兄君、規響(ききょう)様の訓練も大詰めを迎えていた。

 始めは意味の分からなかった魔術も、理論を理解すればまともに使えるようになってきた。

 これで今後、央智君とやらに絡まれても多少は自分でどうにか出来るだろうし、ご令嬢からの嫌がらせにも対処出来ることが増える。身体はしんどいがありがたい効果が大いに期待出来た。

 日が昇っている間は課題、沈んでからは魔術訓練と、必死に毎日を送っていると前に進んでいる気がして安心する。

 しかし体力はそこそこ限界に近づいているようで、今は訓練場から寮に戻る道程を、ふらふらしながら歩いている。

 騎士クラスの施設は、校門正面の来客用施設を挟んで芸術クラスとは反対側にある。

 騎士クラスは座学用の教室や、食堂などの共有施設棟の他に、闘技場や訓練場といった戦闘訓練のための施設が多く存在する。

 その訓練場から自分の寮までは、かなりの距離があった。

 なんだか瞼も重いし早く寝てしまいたい。明日の朝もつーちゃん先輩に起こしてもらわねば。

 流石のつーちゃん先輩もこの状況を憐れんでか、文句を言いながらもちゃんと朝食に私を伴ってくれる。詳細は話していないのに、その優しさが疲れた心に染み入る。

 どうにか目を閉じないように、とりとめもないことを考えながら両足を交互に動かしていると、覚えのある気配がした。

 …否、気配で人が分かるって詩苑か。訓練の成果、出過ぎでしょう。

「萌稀、大丈夫?」

 その聞き覚えのありすぎる落ち着いた中低音が近づくとともに、私の両肩を温かいものが覆った。

「大丈夫だよ」

 顔を上げて笑顔で余裕を見せようと思ったのに、そこに詩苑がいると頭が認識すると、意志に反して私の両足は力を抜いてしまった。

「おっと」

 崩れ落ちる私を詩苑が直ぐ様支える。片腕が腰に回ったのが分かって顔に血が上りそうだ。

 大丈夫と言った手前恥ずかしさもあって、ゆっくり膝をつくと両手で顔を覆ってしまった。せめて自分が汗臭くないことを祈る。

「大丈夫…なんだよ」

「…俺のせいで、色々巻き込んでごめんね」

「別に」

 言いたいことがありすぎて何と返すべきか悩んだ末に、素っ気ない返事をしてしまった。不機嫌だと思われただろうか。

 消灯時間が近づけば、寮以外の学院の施設は静寂に包まれる。まるでこの世界に二人だけであるかのような静けさは、お互いの沈黙の気まずさを助長させた。

「……とりあえず、立てる?」

 漸く口を開いた詩苑に、私は黙って首を横に振る。一度抜けた力を入れるのは大変なのだと今知った。

「…そう。女子寮には入れないし、とりあえず医務室でいいか」

「え?」

 詩苑は着ていたジャケットを脱いで私の膝にかけ、腰を支えていた方の手を膝裏に差し込んで、自然に立ち上がった。

 そしてそのまま私を横に抱いて、スタスタと歩き始めてしまった。

 浮遊感に驚きシャツにしがみつくと、詩苑の体温を感じてしまって居た堪れない。

「えっ、な…」

 言葉にならない叫びをどうにか紡ごうとすると、詩苑は穏やかな声音で言う。

「こんなところに座り込んでたら風邪引くよ。疲れてるんでしょう?力抜いて寄りかかっていいから」

「絶対重いじゃん…」

 消え入りそうな声で抗議するも、詩苑はくつくつと喉を鳴らした。

「重くないから大丈夫。もう少し食べた方がいいよ」

 嘘だ…集中すると食事を疎かにしがちだから食べた方がいいのは間違いないが、重くないは嘘だ。

 でも暴れて落とされても困るし、こうなってしまったら歩くのも面倒くさい。頼れるものは頼るを信条に生きている私に、断る理由はあんまり無かった。

「…この間は、八つ当たりしてごめんね」

 せめて罪悪感を一つでも減らそうと、顔を伏せたまま謝罪を口にした。ご令嬢に注意された言葉遣いを当てつけのように詩苑に実践したあの日以来、結局詩苑には一度も会っていなかった。

「八つ当たりじゃないでしょう?原因は俺にあるんだし」

「違うの、上手く対処できない自分に苛立ったの」

 本来ならもう少し上手く捌けたはずの事象も、今は上手く立ち回ることが出来ない。そんな自分にただただ腹が立った。

 だから詩苑にしたことは、振り返ってみればただの八つ当たりだ。

「でも、もう大丈夫だから。お兄さんに教えてもらって自分の魔力を制御できるようになったんだよ。今後はちゃんと、自分でどうにかするから」

 央智君のことにしたって私は巻き込まれただけではあるにしろ、今後は同じようなことがあっても自分で対応出来る。全て詩苑のせいだと思わせたくなくて、私は必死に言葉を紡いだ。

「…明月(あかつき)の民って云うんだっけ」

 頭上から降ってくる優しい声に、少しだけ力を抜いた。

「うん。『魔女』くらい、聞いたことあった?」

「噂程度には。(ことわり)の違う魔力ってどんなだろうって思った記憶がある。道理で萌稀の魔力が追えないはずだ」

「去年、買い出しのときに魔力について訊かれて、どうしようかと思った」

 それは入学前、初めて縹組の定期発表に関わったときだった。詩苑と二人で買い出しに行き、やっかみに絡まれた私はうっかり魔力を漏らしてしまった。

 その際、詩苑に魔力が読めないことを不思議がられたのを、力業(ちからわざ)で誤魔化した。絶対に悟られてはいけないと、母にきつく言われていたからだ。

「思えば央智が絡むと、萌稀は魔術を使ってばっかりだな」

「やっぱりあれが、央智君なんだ」

「ああ」

 真っ直ぐな焦げ茶色の髪を、ベルベットのリボンでまとめていた、私と美的感覚が死ぬほど合わないあの男が、央智君。

「でももう、萌稀の魔力は覚えたから。次はもっと早く助けにいける。もう二度こんなことはさせないけど」

 読めないって言ってたのに覚えたとは、どういうことだろうか。ああダメだ。考えたいのに上手く頭が回らなくなってきた。

 詩苑の体温と、静かで優しい声音と、歩く振動が心地よくて、我慢していた睡魔が襲ってくる。

「私も、自分でなんとか、出来るもん…」

 回らなくなってきた口をなんとか動かして、どうにかしてこれだけは伝えたかった。

 シャツを握る手に力を込めると、詩苑は一度足を止めた。

 不思議に思ってそっと顔を見上げると、久しぶりに橄欖(かんらん)石の澄んだ瞳と視線が絡む。月明かりが逆光になって少し見づらいが、色素の薄い金色の髪とまつ毛は何度見ても神秘的な雰囲気を纏っている。

「大切な仲間は俺が守るよ。だから萌稀は心配しなくていい」

 強い意志を宿す瞳は、それだけ言うと前を向いてしまった。それがなんだかもったいないような気がして、名残惜しさにシャツを握りなおした。

 …守られるだけなんて絶対にごめんだと思っているから魔術の訓練も頑張っているのに、詩苑はそれを分かっているだろうか。

 言い返してやりたい気持ちはあったのに、再び歩き出した振動がやっぱり眠気を誘うから、次々と溢れる言葉たちは遠くなる意識と共に消えてしまった。


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