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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     六幕 純粋な力
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81.読めない魔力

 *


 寒い。詩苑の声が聞こえる。

 ――萌稀!

 詩苑が来れば、大丈夫。ああでも、やっぱりこの魔力のこと、知られちゃうのかな。

 母様、万が一知られた場合は、どうしたらいいのだっけ?ニンニクを食べる?水を浴びる?泣きながら河原を走る?

 ……ダメだ。何一つ――

「まともなことなんて教えてくれなかったじゃない」

 そうやけにはっきり発した自分の声に驚いて、目が開いた。目の前には、見覚えのない素朴な天井がある。

「ここはどこ」

 私は何をしていたんだっけ?目は覚めたし声は出せるのに、身体が重くて動く気になれない。

 ぼうっと天井を見つめていると、カーテンを開く乾いた音がした。

「お?起きたね」

 音のした方を目だけで見遣ると、白い服を着た女性がこちらを覗いている。三十代半ばくらいの、ふくよかな人だ。

「ここは…?」

「ここはね、医務室だよ。大分魔力を使ったみたいで、暫く動けないだろうから寝てていいよ。明日には遊梨(ゆり)先生が一度様子を見に来るって言ってたから」

 いむしつ、医務室。これだけ広い学院だし、騎士クラスなら授業中に怪我をすることも日常茶飯事だろうし、そりゃあ医務室くらいあるわよね。

 それで私は何故医務室に?魔力使ったって言ってたわ。動けなくなるほど魔力を使ったの?この私が?あ、そっか、閉じ込められてね。詩苑が助けに来てくれたんだ。

 必死に状況を思い出そうとするものの、怠さが思考の邪魔をする。

 そして私の意識はもう一度、眠気に溶かされた。


 *


 翌日はすっきり目が覚めた。こんなに寝たのはいつぶりのことだろう。

 きちんと身体を起こして伸びをすると、ガチガチに固まっていたのか、骨の鳴る少々えげつない音が節々から聞こえる。

 まだ身体の重さは少し残るが、動けないことはないだろう。

 改めて自分をよく見たら、寝巻きのようなものを着せられている。雨の中ビショビショになっていたのだから当然か。詩苑は風邪を引いたりしていないだろうか。

「おはよう。ご飯は食べられるかい?」

 考えに耽っていると、昨日様子を見に来てくれた女性が顔を出した。

「ありがとうございます。食べます」

 出された汁物は細かく刻んだ具とともにパンが浸してあり、空っぽの身体に深く染み渡った。

「萌稀さん、具合はどう?」

 ひたひたのパンをゆっくり咀嚼していると、次に顔を覗かせたのは遊梨ちゃんこと被服科の先生だった。

「おはようございます。大分、良くなったみたいです」

「そう、それは良かった。学院の問題児たちの厄介事に巻き込まれたそうね」

 遊梨ちゃんは心配そうに私を見ながらも、片手でこめかみを押さえた。

「そうなんですか?」

 元凶は疑いようもなく詩苑だろうが、問題児たちとは誰を指すのだろうか。ご令嬢たちの中のどなたかは、よくいじめでもしているのか。それとも詩苑が問題児に含まれますか?

「その辺りはまだ詳しく聞いてないのね。あなたを閉じ込めたのは詩苑くんに…なんていうかこう、対抗心を抱いた騎士クラスの学生なのよ。その子についてはちゃあんと罰が下るから安心してね」

 後期に入ってからの小さい嫌がらせの数々は、芸術クラスがほとんどだったと思う。今回の件は、それとは全く関係がないということか。

 あんな方法で私を閉じ込めたのが騎士クラスの学生ということは、去年ちょっかいをかけてきた例の、私と死ぬほど美的感覚が合わないあの男、なのだろうか。

 他に正面からこんな面倒なことをする人もいない、と思いたい。

「それから、それとは別件で…いえ、別件ということもないのだけれど、騎士クラスのほうから面談の要請が入っていてね。急を要するとかで、今日中にはあなたに会いたいらしいのだけど、大丈夫?」

「面談、ですか?」

 尋問の間違いでなく?昨日私が閉じ込められたあの建物が、今どういう状態であるかは知る由もないが、事情を確認していく中で不審な点はいくらでも見つかるだろう。

 私の魔力について、学院として何かの対応があると思ってはいたけど、騎士クラスの先生に面談を要請されることになるとは。

「断ることは…出来ないですよね?」

 無理だと思いつつも、念のため確認をしてみた。

「そうね。出来ないと思うわ」

 遊梨ちゃんは肩を竦めて首を振る。

「それならまあ、受けます」

 そう言うしかないですよね。というか、それなら要請ではなく命令だろう。

 遊梨ちゃんは「じゃあ後でね」と言って出ていった。


 その日のうちに現れたのは、騎士クラスの先生と思われる壮年の男と、背中に流したサラサラの銀髪が美しい学生だ。

 厳ついおじさんと、顔立ちにも華がある若者という対比に違和感しかない。

「久しぶりだね、萌稀さん。気分はいかがかな?」

 話しかけられるまで記憶からすっとんでいたが、既視感のあるサラサラの銀髪は、入学直後に開催された歓迎会のときに、わざわざ話しかけてきた自治会長だった。

 今度は一体何の用だ。

「まあまあ、です…」

 私の微妙な返答にも、自治会長は優雅に微笑む。

 乾燥して綺麗に畳まれていた自分の白衣を着ているが、ここで院則違反だと注意されないか内心ではヒヤヒヤした。先生らしき人は、医務室の隅でじっと様子を窺っている。

「そう、今回は央智と詩苑が悪かったね」

「は、はあ…」

 ここで「そうですね」とでも言ったら不敬罪に問われるだろうか。そしてこの様子だと、問題児たちには詩苑も含まれるようである。

「今回の件の主犯、央智はちょっと……詩苑が好きすぎてね、暴走する癖があって」

 どんな癖だ。思わず眉間に皺が寄ってしまった。

「決闘を仕掛けた央智と、正当防衛と称して央智をここぞとばかりに叩き潰した詩苑は、二人揃って謹慎にしたから」

「謹慎…!?」

 その央智さんとやらが暴走したのが今回の原因なんだとしたら、詩苑は悪くないのでは。巻き込まれた側なのに、詩苑も不憫だなと思ってしまう。

「それで、萌稀さん、あなたのことなんだけど」

「は、はい?」

 惚けようかとも思ったが、自治会長の瞳に鋭さが見えたので、私は静かに腹を括った。

「今からする質問に、簡潔に答えてもらってもいいかな?」

 それは、明らかに私が言い淀むことを前提とした問いかけだった。自治会長の爽やかな青色の瞳から、下々の者には有無を言わせぬ威圧を感じる。鋭い視線に射抜かれて、私はピクリとも動けなくなった。

「君が閉じ込められていた小屋の、魔術…あれは君の力、だよね?」

 視線が交錯する。腹を括ったはいいもののどう答えるべきか逡巡していると、自治会長はこちらの緊張を察してか、少しだけ雰囲気を緩めた。

「ああ、もちろん、これに答えたからって、君が不利な立場になるようなことにはしない。学院は学ぶ意欲のある学生を支援するための機関だ。どのように返事をしても、君の立場は守られる」

 あくまで学院内の、責任ある立場としての申し出を強調し、自治会長は念を押した。

 いくら悩んでも何も思いつかないのだから、これ以上粘っても意味が無い。正直に是を認めるしかなかった。

「……そうです、私です」

「そうか」

 自治会長は真剣な表情で頷いた。

「後日、調査にご協力頂きたい」

「…調査、ですか」

 今日この場で何から何まで問い詰められるのかと思っていた私は、拍子抜けして呆然と呟いた。

「言っただろう?君を守ることが目的だ」

「……分かりました」

 一つ一つ自治会長が言うことを、脳を通して理解するのに時間がかかる。この後何が起こるか予想が出来ないからだ。

 思いのままに話せないのが苦手な私には、自治会長との面談が酷く長い時間に感じられた。


 *


 薄闇の廊下を進むと、窓際に佇む男がいる。目が合った瞬間、男は花が綻ぶように微笑んだ。

 男なのに性別を感じさせない美しさは、良く知る人に確かに似ていた。

「やあ、初めまして」

 見慣れた金よりも更に色素の薄い金髪に、氷のような薄い青色の瞳。隙なく立つその姿には気品が満ち溢れている。

「君が『萌稀さん』だね」


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