79.趣味の悪い招待状
「お前、まさか澄麗さんを勧誘するのにそこまで計算して!?」
「…」
目を逸らす縹を胡乱げに見つめながら頬杖をついた。
計算だったか否かは分からずとも、結果として男爵とはいえ実家が爵位のある澄麗さんより、爵位のない萌稀に嫌がらせが集中している。それはある種仕方がないことではある。
加えて嫌がらせの耐性など無さそうな澄麗さんに比べて、好きなこと以外にさして興味の無い萌稀の方が、嫌がらせを受けていると聞いてもそんなに心配にならないのが正直なところなのだ。
自ら進んで変人と名高い達華に師事していたこともあるし、萌稀なら一人でも逞しく生きていけそうだというのが、いつの間にか共通見解になっていた。
実際に話を聞く限りでも、痛手という痛手を負っている様子はなかったように思う。あの日までは。
「まあでもほら、そこまでとは思わなかったが楽しんではいただろう」
「途中まではな!!最終的には完全に八つ当たりだったんだからな…お前はいなかったけど」
「悪いな。交渉が長引いた」
先日、先輩らしき令嬢に囲まれ「高貴なご身分の方とお話しする際の注意事項」とやらを教えられたとかで、とてつもなく丁寧な口調で対応された。
対応されるだけならまだしも、暫くの間、距離を置こうとすらしていた。冗談だと思って宥めようとしていたけど、途中からは目が本気だった。
初めて萌稀に好意以外の感情を向けられて、戸惑いを隠せなかった。
いっそ怒りをぶつけられれば謝るなりしただろうけど、そんな隙も与えず自分の中で答えを出そうとする、そんな萌稀に何も言えなかった自分が情けない。
そしてそれ以来課題が忙しいとかで、本当に談話室に顔を出さなくなった。俺がわざと食堂などの共有施設を避けていることもあって、談話室以外では出会う場所がほとんど無い。
せっかく色んな柵なく過ごせる仲間に出会えたというのに、見たことも話したこともない赤の他人から交遊関係について邪魔をされる。
「普通に、友達と仲良くすることも許されない身分ってなんだ…」
「友達ねえ…おやそちらは、被服科の子、かな?」
山蕗が不思議そうに入り口の方を見たからつられて振り向くと、そこに立っていたのは癖のある黒髪の、例の白衣を着た男だった。堂々と制服ではない白衣で歩いているのが、被服科の特徴だ。
「ああ、同期の」
その男は萌稀の入学直後、被服科の教室を訪れた際に向かいに座っていた男だ。萌稀と親しげに軽口を叩き合っていたのでよく覚えている。
「あの…ここにあいつ、来てません?」
同期の男は言いにくそうに、顔を顰めながら訊ねてきた。
「あいつって、萌稀か?」
「はい。素材を取りに行ったらしいんですけど、それから戻ってなくて」
「え?迷子?」
同期の男、椹火は数時間前から萌稀を探していると言う。先生に依頼され備品庫に向かってから一時間経っても戻ってこない萌稀に痺れを切らし、自分も一度備品庫に行ったが、姿はなく備品庫には素材を持ち出した記録すらなかったそうだ。
どこで油を売ってるのかと思い敷地内を探したが見つからず、次の座学の授業になっても萌稀は現れなかったという。
「ったく、どこほっつき歩いてんだか」
椹火は苛立ちを隠さず、ぼりぼりと後ろ頭をかいて溜め息を吐いた。
「いくら道を覚えるのが苦手だと言ったって、流石に何時間も戻らないのはおかしくないか?」
縹の言葉には頷きかけたが、俺と椹火は同時に首を傾げた。
「どうだろう」
「未だに朝は先輩にくっついて来てますけどね」
二人の言い淀んだ姿に縹も顔を顰めた。何せ案内図を見ながら建物内で迷う女だ。誰にも使われなくなった、森の奥地の四阿で偶然出会ったこともあったくらいには、方向感覚が鈍い。
「あら?珍しいわね、椹火がここにいるなんて」
そのとき椹火の後ろから、椹火と良く似た癖のある長い黒髪の女性が姿を現した。
「ああ、姉貴。萌稀見てない?」
「萌稀ちゃん?今日は見かけていないわね」
現れたその人、澄麗さんと椹火は顔を合わせて言葉を交わす。
「姉貴…」
同じような黒髪、灰の瞳をした二人の会話を聞きながらポツリと呟いた。そういえば萌稀が何か悲しんでいた気がする。あんな男の姉があんなに聖人のようなわけがない、意味が分からない、などと。
「並んだところは初めて見たが、そっくりだな」
縹が珍しく目を見開いて二人を見比べていた。
「うふふ、よく言われます。もう一人兄がいるんですけど、兄も似ているって」
朗らかに笑う澄麗さんは、隣の不服そうな弟と表情は全く違うけれど。
「そうだったわ、私さっき廊下でこれを預かったのです」
そう言って澄麗さんは、俺に緑色の封筒を差し出した。
「芸術クラスの一年生みたいだったのですけれど、詩苑様にって」
「恋文か?」
「男性だったわよ」
横から茶々を入れる弟は無視して封筒を観察する。なんとなく覚えのある魔力を感じたが、そこまで怪しそうな気配はない。
芸術クラスの一年男に知り合いはいない。男性からの恋文だったらどう対応するのが正解なんだ、嫌がらせと同じくらい意味が分からないと思いながら、とりあえず封を開けた。
中から封筒と同じ色の厚紙を取り出すと、急に厚紙の表面が燃えて文字が浮かんだ。
「なんだ…?」
そしてその文字を読んで、ギリリと奥歯を噛み締めた。腹の中で熱いものが蠢くような感覚を、必死に押し留める。
「椹火、萌稀が教室を出たのが何時間前か分かるか!」
ガタッと大きな音を立てて急に立ち上がった俺に、椹火は驚いて後退る。
「は?…三コマ目の授業の前なんで昼も挟んでますし…四時間?くらいですかね」
「もし次に萌稀が戻らなくなったら、もっと早く言いに来い」
「待て、詩苑どうした」
ギッと椹火に視線を投げて鋭く言い放つと、慌てて縹も立ち上がった。
「犯人は央智だ!暫く大人しくしてると思ったら…クソッ。どこだ!」
俺は厚紙と封筒を縹に投げ渡し、そのままの勢いで談話室を飛び出した。
*
「久しぶりに見たな、詩苑の本気の殺気」
勢いに圧倒され呆然と詩苑の背中を見送ると、第三談話室には再び静寂が訪れた。
「うえ…僕、直ぐあてられちゃうから勘弁してほしいんだけど」
魔力の相性が悪いのか、山蕗は詩苑の殺気に弱く、あてられると頭痛や吐き気を起こす。久しぶりにそれが直撃し、間もなく卓上に突っ伏した。
詩苑に投げ渡された緑の紙を見る。趣味の悪い薔薇の刻印がやたらと目につく。
『熟れた柑橘の果実は収穫しておいた
食べたければ力づくで奪いに来い』
恐らく格好をつけたかっただろう文章は、恐ろしく頭が悪そうだ。
しかしながら、これは中々良いところをついたなと思う。何も言わずに手を出している山蕗に厚紙を回した。
「あの、萌稀ちゃんは…?」
状況が分からない澄麗は、涙目で弟に身を寄せている。山蕗ほどでないにしても、普段魔術を使わない人にとってあの詩苑はやはり刺激が強い。
「ああ、流石の央智といえどここは学院だからな。命にまでは手を出すつもりはないだろう。ただ相手が相手だからな」
前髪をぐしゃりとかきあげて窓の外を見た。昨日から続く雨は、一段と強さを増している。
「央智、様って、あの…?」




