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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     五幕 予期していたこと
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77.有難い注意

 元凶である詩苑が、苦虫を嚙み潰したような顔で訊ねてきた。

「『虫を食べる』とか『夜な夜な教室で怪しい実験をしている』とか。教室でやっていることなんて学科の先輩方はみんな知っているし、虫に関しては『今更あんたが虫を食べたところで何も驚かないわ』って。どういう意味だろうね」

 仲が良いとみてつーちゃん先輩に目をつけたところまでは良かったが、悪口の内容が良くなかった。

 私の発言や行動なんて嫌というほど理解しているつーちゃん先輩には、それほど悪印象でもなかったのだ。そもそもそんなことで他人を無視するような人でもない。

「虫を食べる萌稀ちゃん、最高に面白いね」

「ちょっと待って、それもどういう意味」

 また山蕗は腹を抱えて笑い転げている。育ちのいい皆さんはご存知ないかもしれないが、種類によっては食べられる虫もあるんだぞ。生きていくために必要なだけで、何も面白いことはない。この世は弱肉強食なのだから。

「夜な夜な教室でって、噂が立つくらい課題が忙しいの?」

「まあ課題は立て込んでいるけどね。このあとまた戻ってやるよ。椹火に負けていられないし」

 一晩中教室で課題をやるような奇人は、どうやら被服科くらいにしかいないそうだが、前例は普通にあるらしい。

 ただしうっかり床で寝た人はいないようだった。

「縹さんに何か対策出来ないか訊こうと思ったけど、いないのならいいや。また来るね」

 たまたま課題の関係で縹さんだけおらず、対策検討の会は開かれなかった。

 縹組の頭脳である縹さんがいないと心許ない面子だ。特に隣のお坊ちゃん。

「え、もう行っちゃうの?」

「被服科は余計なことに油を売る時間なんてないのよ」

 どことなく寂しそうなお坊ちゃんを横目に見つつ、私は課題に戻ることにした。


 *

 

 対策検討の会開催に失敗した次の日、被服科の教室がある棟と共有施設棟の間の中庭に、私はいた。

 ――なんと人生初の呼び出しをくらっている。

「どうして呼び出された分かっているでしょう?」

 目の前にはこれまた型通りのお嬢様が三名。見覚えがあるような気がしなくもない。もしかして入学式に詩苑に集っていた子たちだろうか。

「さっぱり分かりませんが」

 神妙な面持ちで首を横に振ってみた。迷惑なのは間違いないが、度重なる典型的な嫌がらせに内心では笑いを堪えるのに必死である。

「あなた、詩苑様がどのような身分か、ご存知よね?」

 どのような身分か、ねえ。学院内ではその身分が意味ないってことを、この人たちはご存知なのだろうか。

「ええ、存じているつもりですが?」

「でしたら、どのような態度、言葉遣いが推奨されるかお分かり、よね?」

 あからさまな身分差別にはいい加減反吐が出る。この状況はおかしくて堪らないが、そろそろ絡まれる内容には飽きてきた。

「それはどういうことでしょうか。私は相手から願われない限り、礼を尽くしているつもりですが?」

 一緒に課題に取り組んでいるという面については、触れなくていいのだろうか。言葉遣いを注意されるのであれば私も一言、物申したい気持ちはある。

 だって詩苑の我が儘でこんなことになっているようなものでしょう。途中までは私だって、詩苑に対して丁寧な言葉遣いを心がけていたのだから。

「なっ……平民のあなたが勘違いしてしまうのも無理はないわ。社交界では本人に願われたとしても、公の場では正式な言葉遣いが望まれます」

 本人の希望で、私がこうしているのは理解しているのか。何を言っても詩苑のせいにならないことは分かっていたが、その理論には無理がある。そもそも学生生活に公もクソもない。

「まあそうだったのですね。学院では学生同士は平等に接するようにと、入学式で学院長先生が仰っていましたが、学院内でも社交界に準じなければならないなんて、存じませんでした」

「今後直していけばいいわ」

 私が納得した素振りを見せると、ご令嬢は満足そうに笑う。無論、このまま言うことを聞くつもりはない。何か一つやり返さなければ気が済まない。

「ではもう一つ、私にご教授いただけないでしょうか」

「…何かしら」

「もし仮に、本人に、気軽な態度を強要された場合は、どう対応すべきでしょうか」


「『私のような下賎な身分の者に、貴方様のようなお方を気軽にお呼びするだなんて、そんな失礼なことがあってはいけません。どうかお許しくださいませ』」

 伏し目がちに胸の前で両手を組んで懇願した。

「…ぶふっ、何それ……ふふふ」

 いつも通り山蕗は腹を抱えて吹き出した。一方、目の前の詩苑はといえば、半目で眉間に皺を寄せたまま固まっている。

「そのようなことがございましたので、今後一切、私に気安く話しかけないでくださいませね」

 片手を頬にあてて目を伏せ、わざとらしく息を吐いた。

「否、気安く話しかけてくれないと、話し合いとかしづらいでしょ…これから打ち合わせだって頻繁にやるんだし…」

 口元を引き攣らせながら詩苑は言う。

「いいえ、身分の低い私からはとてもではありませんが、そのような言葉遣いはいたしかねます。どうぞご理解ください」

「待って、いつまでやるのこれ」

「いつまでと申されましても、身分が変わることはございませんので」

「怖い怖いこれ怖いんだけど!」

 何を言われようとも丁寧な対応を続ける私に、詩苑は怯え切って声を荒げた。

「怖がらせてしまい申し訳ございません。それでは、私は退席いたしますね」

「待って待って、退席しないで!!」

「くく……ふふふはは」

 私が静々と立ち上がると、山蕗はいよいよ笑い声を抑えきれなくなった。

「これが社交界の規則ですので」

「そんな規則あるわけないでしょ!そもそもここは社交界じゃないし」

「いえ、社交界に準じた態度を取るのが望ましいとの」

「いいから、俺が悪かった!俺が悪かったから許して!何でここまで来て、関係性が開始点より後ろにならなきゃいけないの」

 私の本気を悟ったのか、詩苑は段々と涙目になってきた。思う存分いじめてやったので少しだけ溜飲が下がった。

「まあそんな具合で色々起きてるからね。面白いからいいけど」

 数々の嫌がらせを面白いで済ませてしまうから、彼女らの行動に拍車がかかっていることは分かっている。やられっぱなしは性に合わないので、何かし返してやろうと思ってしまうのも良くないのかもしれない。

「俺は、どうしたら……」

「人気者は大変だね」

「萌稀ちゃん…本当に大丈夫?」

 私たちのやり取りを心配そうに見ていたのは、澄麗先輩だった。

 澄麗先輩を心配させるつもりはないんです!そんな悲しそうな顔をしないでください!

「ちょっと詩苑も痛い目みればいいと思って言いましたけど本当に私は大丈夫ですから…!ご心配をお掛けして申し訳ないです!」

「私じゃ力になれないかもしれないけど、何かあれば直ぐに言ってちょうだいね」

「そのお言葉だけでも有難いです」

 さて、このやり取りを監視している、第三談話室の手下たちは主人にどう報告をするのだろうか。


 *


 談話室でのやり取りのあと、学科の制作課題は難易度が上がり、私の意志とは関係なく談話室に行っている場合ではなくなった。

 そろそろ澄麗先輩の絵の番だろうから、人の少ない時間にでも行こうかと思ってはいたのだが、本格的によそ見をしている暇がなくなってしまった。そのせいで、図らずも拗ねて談話室に近寄らないかのようなことになってしまっている。

 しかし被服科の教室に籠っていると他学科の人と出会わないので、正直に言って過ごしやすい。面倒な人たちの相手をせずに課題に打ち込む、これが学生のあるべき姿だろう。

 そんなこんなで先ほど今週分の課題を提出し、食べそびれていた朝食を教室で取っていたところに、つーちゃん先輩がやってきた。

「あんたふらふらしてない?昨日も帰って来たの遅かったみたいだし、ちゃんと寝てんの?朝も食べないのかと思ったら今食べてるし」

「ちゃんと寝台で寝てるじゃないですかやだな~」

 つーちゃん先輩が心配してくれたのでデレデレしながら答えたら、真顔が返ってきた。どういうことだろうか。

「寝台で寝るは最低限の話だっつーの」

「いやあ、つい、追い込まれると燃えてしまうというか、やってるなって感じがして、楽しくなってきてしまうというか」

 やることがあるというのは、存外心地いい。ちゃんと生きている気がする。寝不足で頭痛がしようが、それも生きている証拠だと思う。

「あ、でもちゃんとつーちゃん先輩に起こしてもらうために、寮に帰りますからね!」

「要らん仕事を増やすな。そんなことより、ほら。次の課題の素材、備品庫から取ってきてって遊梨ちゃんが」

 つーちゃん先輩は私に、材料が書かれた紙片を差し出した。

「了解です。椹火どこにいるかな」

「誰かに呼び出されてた気がする。一人でも行けるでしょ」

「まあそうですけど…」

 備品庫までの道程には未だに若干不安がある。椹火も一緒に行ってくれれば安心だと思ったのに、肝心なときに使えない男だ。

 日差し暖かくなってきたこの頃だが、昨日から雨が降っている。わざわざこんな日に備品庫への用事を頼まなくてもいいのにと思いつつ、一人で教室を出た。

 なんとか朧げな記憶を頼りに寮の方までやってくると、それは起こった。

 ゴン、と質量を持って首周りを圧迫されたかと思うと、ふっと全身から力が抜けた。

 渡された紙片を見ながら、次にやる課題に想像を膨らませつつ歩いていた私の一瞬の隙をついて、背後に強い衝撃が加わったのだ。

 状況を確認しようとするものの、何か魔術を使われたようで急激に視野が狭まる。

 ご令嬢の嫌がらせにしては強硬すぎる手段だと思ったところで、私の視界は暗転した。


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