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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     五幕 予期していたこと
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76.悪癖その二

 私はまた、衝撃を受けることとなった。これは、まさか、またそれか…!

「もしかして、椹火のせいで課題の期限を短く設定されている…!?」

「俺のせいかよ」

「道理でおかしいと思ったわけだー!!」

 私は再び頭を抱えた。

 先日、遊梨ちゃんから後期制作課題の説明を受けたあと、改めて予定表なる物を渡された。

 それには先ずはふた月程度、二週間で一つの課題を仕上げると書いてあった。一週間ずれでもう一つの課題が始まるので実質二つを同時進行でやっていくのだ。

「琳先輩はこれ、どのくらいの期間でやったのですか…!」

「こんなのやった記憶ないけど、一年生の頃は短くてもひと月で一つの課題だったんじゃないかしら」

 嵌められた。これは完全に嵌められている。約一年前の修行期間のせいで、この過密な予定に何の疑問も抱かなかったのが私の失態だ。

「それだって向いていない人には厳しそうだったわよ」

「違うんです…これも全部、椹火の手が早すぎて暇そうにするのがいけないんです…!」

「だから俺のせいなのかよって」

「お前のせいじゃないわけあるかー!私は作業が遅いんだぞー!」

 平然と白を切る椹火に声を荒らげてしまった。椹火の速さに合わせたら、それはこうなっても仕方がない。

 ムカつくムカつくムカつく!なんでこんな適当暴言男の方が能力が高いんだ!ああー!

「ええと……まあ、頑張りなさいな」

 悔しさに無言のまま足をばたつかせていると、ついに琳先輩に同情された。そっと肩に手を置かれると、込み上げるものがある。

「絶対に負けるものか…!」

 わざわざ学びに来ているというのに、出来ないなどと言っていられない。絶対にいつか椹火をぎゃふんと言わせてみせる。

 差し当たってはこの課題を、椹火より質の高い物にしてやるんだから!


 *


 被服科の制作課題は毎年それなりに過酷で、耐えられずに学院を辞めてしまう人も一定数いる。

 しかし今更、私がそんなことに負けるはずはない。定期発表については呼ばれるまで顔を出さずとも大丈夫だろうと踏んで、私は自分の技術向上に努めた。

「部屋にいないと思ったら、どうしてこんなところで転がってんの」

 意識の外からつーちゃん先輩の声がする。

「つーちゃん先輩…?どうしたんですかぁ?」

「どうしたもこうしたもあるか。一限の授業が始まるっつーの」

 つーちゃん先輩は足のつま先で私をつんつんと触った。懐かしささえ感じる平らな寝床は、全く寝心地が良くなかった。

 目を開けると、視界には木の足と人の足がいっぱい見える。初めて見る景色に、脳の処理は暫く追いつかなかった。

「いいからさっさと起きなさいよ。邪魔だわ」

 そう言ってつーちゃん先輩はべしんと私の頭をはたいた。

「あう」

 のそのそと起き上がるとそこは、そう、被服科の教室だ。

 当然だ。昨日課題を仕上げてしまおうと張り切っていたら、途中でうっかりさんな失敗に気づき、縫製をやり直したからだ。

 一度作業を始めるとそれにのめり込んでしまうのは長所だと思っているが、慣れとは恐ろしいもので、のめり込みついでに、つい師匠の店にいた頃の悪い癖が出てしまったのだ。そう、つまり。

 ――教室の床で寝落ちた。

 やってしまった。気づいた近くの先輩からは笑われ、つーちゃん先輩と椹火は、胡乱げな顔でこちらを見ている。

「おはようございます」

 一日は挨拶から始まる。私は何事も無かったかのように椅子に座った。

「あと素材棚から適当な紐持ってきて、適当に前髪を結ぶのもどうかと思うわ」

 作業を進めていくうちに髪が邪魔になったので、その辺にあった要らない素材を拝借しただけだ。誰もいないと思って前髪を頭の上で結んでおくことの、何が悪いというのか。

 …とは思いつつも今は朝だ。知らぬ間に教室には人がいっぱいいる。その紐はすっと(ほど)いて作業台に置いた。これで証拠は何もないはず。

「涎」

 向かいから聞こえた低い声に、白衣の袖で慌てて顔を拭った。


 その日の夕食は、きちんとつーちゃん先輩と一緒に取ることにした。規則正しい生活は、規則正しい食事と共にある。

「床で朝を迎えるって、一般的によくあることじゃないんですか?」

「あるわけないでしょ」

 ないんだ…。みんな育ちが良すぎるのではないだろうか。

「作業に熱中して夜が明けることはあるけど、間違っても床では寝ない」

「どうしてですかね」

「床は寝るところではないからでしょうよ」

 返せる言葉は特にない。私はすんとして、咀嚼していたものを飲み込んだ。

 私とて望んでそんなことをしているわけではない。

「でも一人くらいはいるんじゃないかなぁ…」

「朝起こす手間が省けるのはいいけど」

 未練がましく食い下がる私に、つーちゃん先輩は嘲るように笑った。このままではつーちゃん先輩との触れ合いがなくなってしまう。

「嫌です!ちゃんと寮の寝台で寝るので起こしてください!」

「自分で起きる努力をしろ」

 そのとき、二人の女の学生が後ろを通り過ぎた。

「床で寝るだなんてまるで浮浪者ね」

「品がないわ」

 クスクスと笑いながら去っていく背中をチラッと見た。

「私もそう思う」

「同意してんじゃないよ。あんたのことでしょうよ」

 有難いご注意をいただいたあのご令嬢たちではなさそうだが、彼女たちも詩苑信者だろうか。歩き方と話し方から察するにやはり貴族だろう。

 ご令嬢が団結して私を陥れようとしているのか、それともただ恨みを買った範囲が広いだけなのか、ぼんやり考えながら欠伸を零した。


 *


 その日は課題のための素材を取りに、つーちゃん先輩と備品庫へと向かっていたときだった。

 寮の手前辺りの道を歩いていると、突然、私に向かって上から水の塊が落ちてきた。びしゃっと音を立てて頭から被れば、あっという間に全身ずぶ濡れだ。

 隣のつーちゃん先輩は驚いて少し距離を取ったためか、被害はなかったようで安心した。

 漸く風に厳しい冷たさがなくなってきた今日この頃、それでも外を歩くときは、ローブを羽織ることを推奨されるくらいにはまだ寒い。

 そんな気温でも被服科は白衣が標準装備だ。いくら私でも冷えれば風邪くらいひく。

「つーちゃん先輩、私も流石に水遊びがまだ早いことは分かります」

「それは良かった。こっちは任せていいから着替えてきなさい」

 つーちゃん先輩は水を被った私より、青い顔をしている。

「はーい。ついでに洗濯に出しちゃおう」

 白衣の裾を絞ると、足元の水たまりが広がった。段々と嫌がらせの規模が大きくなってきている。

 濡れたのが私一人だったからいいものの、横にいたつーちゃん先輩を巻き込んだり、備品庫の帰りで素材を持っていたりしたら大事件だ。

 相手も機会を見計らってのことではあろうが、これ以上放っておくのはまずいかもしれない。

 かといって相手が一人であれば平穏な話し合いも出来ただろうに、不特定多数なのであればそれも難しい。

 舞台芸術と衣装のことしか考えられないこの頭では、埒が明かないわね。いったん縹さんにでも相談してみようかしら。

 せめて魔術がまともに使えれば防げることもあるかもしれないのにと思いながら、肌寒い風に身を震わせた。


 *


「澄麗先輩は平和に学生生活を過ごされていますか?」

「ええ、私のことなら心配要らないわ。萌稀ちゃんはその…大丈夫?」

「私自身はなんてことないんですけどね。先輩やら課題やらが、巻き込まれなければいいなと」

 相変わらず澄麗先輩も遅くまで絵を描いているので、それなりに遅い時間に絵画科の教室に寄って澄麗先輩を拾ってから、第三談話室にやってきた。

 ここ二週間ほどの私の地味な戦いを鑑みて、澄麗先輩の様子確認と、対策検討の会を開いてもうらおうかと思ったからだ。

 一応、周りを刺激しないようにこっそり来た。

「面白かったのは、いつも一緒にいるつーちゃん先輩に私の悪口を吹き込もうとして、何も印象に変化がなかったことですかね」

「その先輩は何を吹き込まれたの?」


投稿を初めてから一年経ちました。

いつもありがとうございます。


読んでくれる方がいる限り頑張れますので、

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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