71.脇役にも応援は必要
一度食堂に寄ってお茶道具一式と軽食を確保し、練習場に戻った。出会ったご令嬢に死ぬほど見られた気がするのは、気付かなかったこととする。
「縹さん、どうですか?」
改めて全身を衣装で整えた詩苑を縹さんに確認してもらうと、満足そうに頷いてくれた。
「ああ、いいな。旅をしながら詩を書いている人の雰囲気がある」
「じゃあとりあえずこれで一度、やってくれる?」
「うん」
布の粗さ、縫製の粗さ、靴のボロさ。詩苑のキラキラ具合を打ち消すには十分だろう。
「澄麗さんもお待たせしてすみません」
「いいえ。昨年の発表も観させてもらったけど、やっぱり衣装を着ると雰囲気ががらっと変わるわね」
「詩苑をこんなにボロボロにするのも、萌稀ちゃんくらいだよね」
興味深そうに詩苑を観察する澄麗さんに、山蕗が口を挟んだ。
「仕方ないじゃない。紫戯はこんなにキラキラしていないのよ」
「そうなの?」
「詩人だし、そんなに稼いではないでしょう、きっと」
そう、詩人だからね。定職に就かず、気ままに旅しながら言葉を紡ぐのが詩人だ。多分。
*
前期の発表に向けては、山蕗と澄麗さんの息を合わせるため、繰り返し練習が行われた。作品が段々と磨かれていくのを間近で見るのが楽しくて、機会を見つけては積極的に見学した。
詩苑は気負いすぎないよう、寝そべったり隠れたりしながら練習していて、その様子も少し、否かなり面白かった。
事ある毎に私にも意見を求めてくれて、これがみんなで作り上げるということなんだと、改めて実感した期間だった。
そしてついに、入学してから初めての本番を迎える。
「いよいよ本番ですね」
毎度のことだがやはり緊張する。今回からは在籍学生としての評価もつく。ばくばくと主張を繰り返す心臓を落ち着かせるために、ゆっくり呼吸をした。
「上手く…出来るかしら」
隣に立つ澄麗さんは眉尻を下げ、固く両手を握りこんでいる。その両手を包み込むように持ち上げ、自分の額に寄せた。
「上手く出来なくてもいいんだと思います。表現したいことを、みんなで表現し切りましょう」
創立記念祭の少し前から今日まで、澄麗さんは練習を重ねて欠点の克服に努めた。そして未熟ながらも作品を描き上げたのだ。
今日の本番を以て、本来の意味で作品が完成する。是非とも自信を持ってやり切ってほしい。
そう願いを込めて包んだ手を胸元まで下して、澄麗さんを見つめて口角を上げた。澄麗さんは大きく目を見開いたあと、つられるように微笑んだ。
「ありがとう、萌稀さん。一緒に、やり切るわ」
今朝、縹さんから澄麗さんに関する今後の方針をちらっと聞いた。どうやら今日の結果次第では、少し良いことが起こりそうなのだ。
絶対に澄麗さんもまんざらでもないし、早いところどうにかなってしまえばいい。澄麗さんはどう考えているのか、あまり表には出してくれないけれども。
「澄麗嬢ばっかりずるくない?俺のことも応援してよ」
私と澄麗さんが美しい友情を演出していると、横から邪魔が入った。声の方を見遣ると、詩苑が不満そうにこちらを見ている。
「俺も頑張ったんだけど」
今更私に言われずとも、この男は本番でやるべきことを正しく理解しているだろうに。
ただこのまま私が澄麗さんを独占していると、縹さんの出る幕がないなと思い直して、詩苑に構うことにした。
「どうしてほしいの」
「え…じゃあ俺の手も握って」
私の問いかけに一瞬戸惑ったあと、詩苑は両手を差し出した。どうぞと言われてもこれをどうやって握るのが正解なのか、私には少々理解しかねる。そもそも詩苑の方が手が大きい。
悩んだ末に、適当に両側から両手を挟んだ。
「頑張れ頑張れ」
「応援が雑!」
「文句ばっかり言わないの。ほら、始まるよ」
不満をおさめないままの詩苑をひっくり返し、舞台に向かせる。その背中をバシンと強めに叩いて送り出す。
横目に澄麗さんを見ると、縹さんと何やら顔を近づけて話している。うんうん、良きかな。
「僕も応援されたい」
「山蕗も程好く頑張れ」
「程好くね、了解」
舞台が転換し終わると、山蕗、詩苑の順に表に出る。澄麗さんは下手舞台袖ギリギリで絵を操る。
私は縹さんと、澄麗さんの少し後ろで見守る。
次回本番、本日このあと12時に更新します。
山の日なので山を感じてください。




