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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     四幕 脇役の心得
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68.主役ではない何か

「私は絵が主役だとしたら、脇役は筆やパレットだと思うんだけどどう思う?」

「へ?」

 どうやら質問の意図が掴めないらしい詩苑は、口をぽかんと開けて固まった。

「僕は光が脇役だと思うなあ。絵を見せるための照明」

 私たちの会話を聞いて、ピアノの向こうから山蕗が声をかけてきた。なるほど、照明とは目の付け所がお洒落である。

「じゃあ次、絵が中心だとしたら、その他大勢は?私は、キャンバスの余白部分、かな」

 自分で言ったことを書いたあと、顔を上げて詩苑を見ると、やはり戸惑いを隠しきれない様子で固まっている。大丈夫か、思考は動いているだろうか。

「中心の反対がその他大勢なのか。だとしたら、絵以外の美術品がその他大勢になるんじゃないか?」

「縹さんらしい真面目な回答ですね」

 私が大きく頷くと縹さんは苦笑した。先日は「天才」などと苦言を呈したが、今日のこれはれっきとした褒め言葉である。

「次、絵が主題だとしたら、副題は?うーん、なんだろう、これは何でもいけそうだね。絵に描かれているもの、とかかな」

 再びクロッキー帳から見上げると、怯えたように眉を寄せながら顎に手をあてて首を傾げていた。しかしやはり声は出ない。

「私が絵を主題にした絵を描くのだとしたら、描いている人を入れるだろうから、副題は画家、かしらね」

 次に答えてくれたのは澄麗さんだ。こちらも絵を描く人らしい発想である。

「いいですね。では絵が表だったら裏は?」

 じっと詩苑を見つめると、今度は他のみんなも詩苑の回答を待つように沈黙する。ペン先をクロッキー帳につけたまま観察していると、散々視線を泳がせたあと、苦し紛れに答えた。

「…キャンバスの枠?」

 それは何とも素直な回答だった。確かにキャンバスに描かれた油彩画をひっくり返せばそこにあるのは木枠だろう。間違っていない。

「そうだね。私だったら…裏はその絵を描く理由、かな」

「その感覚分かるわ」

 私が例を挙げると、澄麗さんは両手を合わせて目を輝かせた。

「というわけでもう一回、演奏をお願いしてもいいですか?」

 皆の意見をまとめると、私はクロッキー帳を持って立ち上がった。考えを整理したあとは、もう一度作品を見ながら意匠案を深めていきたい。

「そうだな、曲の理解も深めたいし、確認したいところもあるから頭からやってくれるか」

「分かった、やろう」

「もちろんです」

「俺はどうやって歌ったらいいんだ…」

 縹さんの号令にいつも通り二回目が始まると思いきや、思考が迷宮入りしたらしい詩苑が待ったをかけた。迷子の子犬のような顔をしている。

「今回は考えすぎたら意味ないだろうし、いったん全部忘れて何も考えずに歌ってみたら?」

「こんなに考えたのに?」

 山蕗の発言に笑ってしまいそうになったが、それ以上に詩苑が衝撃を受けているので、なんとかおさめた私を褒めてほしい。

「こんなに考えたからこそでしょ。ほら、椅子持っていって座りながら、力抜いて歌いなよ」

 山蕗の勧めに渋々動き出し、詩苑は練習場の隅から椅子を運ぶ。その様子が何とも不服そうでやっぱり可笑しくなってしまった。

「山蕗の言う通り、一回頭空っぽにして歌ってみれば?詩苑の声は鳴ってるだけで心地良いんだから」

 私も位置につこうと元の椅子に戻ると、ガタンと大きな音がした。

「…っ」

 音に驚いてそちらを見遣ると、倒れた椅子の横に詩苑が蹲っている。どうやら椅子を足の上に落としたらしい。途轍もなく痛そうである。

「大丈夫…?」

「萌稀ちゃん、無自覚に凶器振り回すのやめてあげて?」

 何故か山蕗に遠い目で諭された。椅子を振り回した記憶はないのだが?

 山蕗の言い掛かりに眉根を寄せていると、詩苑は無言でノロノロと立ち上がり、背もたれのない椅子に器用に膝を抱えて座った。

 そして額を膝につけたまま動かなくなった。え、本当に大丈夫?

「さ、じゃあ始めようか。澄麗さん、準備大丈夫?」

「え、ええ。私は大丈夫ですけれど…」

「詩苑ならどうせ暗譜(あんぷ)してるから問題ないよ。縹、いい?」

「ああ」

 多分だが、澄麗さんが心配しているのは暗譜どうこうではない。

 しかし山蕗は澄麗さんと息を合わせると、ピアノを弾き始めてしまった。動く澄麗さんの絵。五小節目から詩苑の歌が始まる。

 額を膝につけているせいで声はくぐもり、正直何を言っているかはよく分からないが、程よく力の抜けた歌が聞こえる。

 普段は山蕗と目を合わせて会話をするように歌っている詩苑が、今は山蕗のピアノを頼りに、むしろ山蕗のピアノに合わせて歌っている。山蕗は澄麗さんの絵を見ながら自由に弾いているようで、何とも不思議な塩梅だった。

 だがそれが比較的上手くハマっているように聞こえる。

「今の悪くないな」

 演奏が終わると開口一番、縹さんが呟いた。

「詩苑も人に合わせることを覚えたんだね。僕も悪くないと思う」

 縹さんも山蕗も、詩苑に感心している。どれだけ自分本位で生きてきたんだこの男は。ところで足は怪我とかしていないのだろうか。

「そうだな、悩んでいた舞台の配置も見えてきた。ピアノを中央寄りにして、山蕗が絵を見ながら弾けるように縦に置こう。詩苑はピアノより下手(しもて)側にでも座らせて、絵が見えない位置でいい。それで本番の澄麗と山蕗の調子から、雰囲気を拾って歌ってくれるか?蓋を開けるかどうかも要検討だな」

 そう提案しながら縹さんは、手元の資料に言ったことを書き留めている。

 通常、舞台上のピアノは音が良く聞こえるように、舞台に対して平行、つまり真横に置かれることが多い。合唱などの伴奏においても多少斜めになる場合もあるが、そのときは舞台の端にいる。

 それを縦に置いてしまおうとはなかなか思い切った配置だし、さらにその下手側に歌い手を座らせるなんていうのは、本格的に背景音楽を極めていると言っていいだろう。むしろ演劇における、語り部のような立ち位置かもしれない。

 問題はそれで詩苑が上手く歌えるかだが、そんなものは今後の練習でどうにかなる。きっと詩苑なら大丈夫。

 そうなると私も衣装の方向性を見直した方が良いだろうか。語り部…いっそ詩を書いた紫戯(しぎ)本人を想像させるようなものでもいいのかもしれない。

 しかしまあ、紫戯とは似ても似つかないのがこの外見である。

「……痛え」

 やっぱり痛いよね、足。


みなさんが思う脇役・その他大勢・副題・裏は何でしょうか。



【雑な用語説明】

暗譜:楽譜を見ずに演奏すること

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