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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     二幕 心揺れ動く絵画
63/241

58.手始めにすべきこと

 *


「じゃーん、見て見てー」

 裾をひらめかせくるりと一回転すると、「おお」と感嘆の声が上がった。

「被服科恒例のやつだね」

「そうなの」

 無事に最初の課題である白衣制作を終え、着用の許可を得たのでここぞとばかりに三人に見せびらかした。

 首回りが重たすぎるのを避けるため、制服のシャツはさっさと脱ぎ、教室の要らない素材箱を漁り専用のパニエも縫った。これで私も一人前の被服科学生だ。

 因みに調査の結果、他学科の先生に注意された場合には「うっかり他の生地と一緒に裁断しちゃいました」で行こうと思う。制服を着なくてもいいという大義名分があると便利だ。

「あれ以来、談話室に顔を出さないと思ったら、課題に根を詰めてたの?」

 山蕗からの質問に、私は一瞬真顔で考えてしまった。

「半分そう、かな?」

「半分?」

 首を傾げる私に合わせて、山蕗も首を傾げた。

「残りの半分は勧誘」

 言い淀む私の代わりに詩苑が答える。勧誘していた途中で話しかけづらくなってしまい、結果として課題を頑張ったわけだから、正しくは十割勧誘なのかもしれないと考えて言葉に詰まっただけなんだけど。

「ああ、勧誘はまだ続いていたんだ。縹も話題に出さないし挫折したのかと」

「否、まだ様子見だな」

 縹さんは私の白衣を観察しつつ口を挟んだ。興味の範囲が広いらしく、珍しいものを見るとよく観察している。

「いつまで様子見の予定?」

「創立記念祭までには結果を出すって言ってたぞ」

「え?」

 山蕗の質問に対する縹さんの回答に驚いたのは私だ。白衣を十分見せびらかして満足したから、椅子に座ろうと膝を曲げたところだった。

「結果を出すって?」

「萌稀が焚きつけたんだろう?『絵を描く練習をするから時間がほしい』って澄麗が」

「本当ですか!?」

 下げかけた腰を上げて机に手を付き身を乗り出すと、私の勢いに気圧されて縹さんは少し上体を後ろに反らした。

「萌稀、落ち着いて。とりあえず座りなよ」

 興奮する私を宥めるように詩苑に背を擦られ、また頭に血が昇ったなと反省する。

 でもこれは仕方のないことだと思うのだ。あんなに言葉を重ねたのに結局困らせただけだと思っていた説得が、いつの間にか澄麗さんの考え方を変えていた。

 私が反省している間にどんな心境の変化があったというのか。

 次の手を考えるため縹さんに知恵を借りるついでに、初めての課題の出来栄えを見せようと思って久しぶりに訪れた第三談話室で、私は衝撃のあまり言葉を失った。

「練習は順調なの?」

 黙り込む私の横で詩苑が訊く。本当なら一緒に練習方法も考えようかと思っていたくらいだ。私も進捗が気になる。

「小さめのキャンバスで色々試しているところって、昨日言ってはいたが」

 縹さんは昨日、澄麗さんに会っているらしい。

 今日も深い時間になってきているが、ひょっとするとまだ練習をしているのだろうか。覗きに行こうか、でも澄麗さんが自分で考えて始めたことに、早々に口を出すのも良くない気がする。

 見に行きたいし力になりたい。でも本人の成長を邪魔したくない。

 逡巡ののち、縹さんに恐る恐る訊くことにした。

「み、見に行っても…お邪魔じゃないですかね…」

 やっぱり私に我慢なんて、出来るはずがないのだ。


 思い立てば行動が早いのが私たちの良いところだ。またしても詩苑と縹さんと、三人連れ立って夜の校舎を歩いていく。

 階段を昇り切った頃、トントンと固い音が廊下に響いていることに気が付いた。

「何か音がしますね。彫刻科ってこの階でしたっけ?」

「多分音がしてるのは絵画科だ」

 私の質問に答えたのは詩苑だった。

 魔力だけじゃなくて音の感覚も優れているのは何なの?前世動物か何かなの?

 音に誘われるようにして絵画科の扉をそっと細く開けると、トンカチと釘を持った澄麗さんがいた。目の前にはいつものイーゼルはなく、机の上に布や木枠が並んでいる。

「こんばんは」

 扉から顔だけ覗かせて声をかけると、振り返った澄麗さんが花のように微笑んだ。

「萌稀さんこんばんは」

「お邪魔してもいいですか?」

「あまり面白い工程じゃないけど、どうぞ」

 快く手招きしてくれる澄麗さんに誘われて、ゆっくり扉を開けきった。

「何をしているんですか?」

「今はキャンバスを張っているところよ。あら、今日はお客様がいっぱいね」

 私とともに教室内に入ってきた二人を見て、澄麗さんは慌てて立ち上がった。

「俺らのことは気にしなくていい。萌稀が気になるって言うから様子を見にきたんだ」

 縹さんが声をかけると、澄麗さんは少し眦を下げた。ふむ。

「そうでしたの…色々ごめんなさいね、萌稀さん」

「い、いえ!私も一方的に、自分勝手なことばっかり言ってしまったと思って…」

 最後に会った日の暴挙を思い出し、居たたまれなさに首をかく。

「いいえ。萌稀さんのお陰で私、何だかやる気が出てきたの。今はね、練習のために小さいキャンバスを用意していて」

 ふふふと嬉しそうに作ったキャンバスを両手で持って見せてくれる澄麗さんに、心臓がぎゅんと締め付けられた。恋に落ちそう。胸を抑えてぎゅっと目を瞑った。

「小さいものから始めてみたの。まずは無心になって、意味のないものを描くのが良いかと思って」

 そう言って澄麗さんが机に並べてくれた掌ほどの大きさのキャンバスは、一色で塗りつぶしただけのものや、線や点が描いてあるものだった。

 なるほど、余計な思考を追い出すために、絵ではなく図を描く作戦らしい。とても興味深い。

「好きな色を塗りたくってその色の美しさだけを考えたり、集中して真っ直ぐに線を引くことだけを考えたりしたものは、その後大きく変化することはないみたいなの。とは言っても、まだまだ失敗もするんだけど」

 どれだけ失敗したって、まずは澄麗さんがやる気になったことが一番の進歩だ。

「失敗上等です。そのための『練習』なんですから。やり方に行き詰ったときは相談してください。私も言い出しっぺである以上力になりたいですし」

 にっこり笑って両の拳を握ると、澄麗さんも笑った。それから改めて私たち三人の顔を順番に見て、大きく息を吸った。

「先日縹さんにお話ししたのですけれど、お誘いを前向きに考えたいと思っています。でも中途半端なことはしたくないので、創立記念祭の画廊に満足のいく作品が出せたら、正式に回答させてください」

 キャンバスを照らす灯りと星の光を反射する澄麗さんの力強い瞳を見て、溢れる思いに堪えきれず私は詩苑と縹さんを振り返った。

「分かりました」

 詩苑の静かな中低音が教室に反響した。


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