55.誰が進む道
琳先輩はトルソーから有無を言わさず白衣をもぎ取り、穴が空くほど縫製の状態を検分している。
私の白衣は、それはもうここぞとばかりに個性を前面に押し出した。
袖は肘下くらいまで短くしてフリルを付けたし、裾はカラーの花のように後ろと前で長さを変えてレースを付けたし、左胸に付けるはずのクラス章は左腕に付けたし、見頃はなるべく細身にしてしぼって背中にはリボンを付けた。
我ながら可愛く出来たと思う。満足満足。白衣の下には制服のスカートの代わりにパニエでもはいてやろうかと思っている。
「ミシンの精度は甘いけど刺繍は使えるわね。袖のフリルと裾のレースは手縫いなの?」
「どうしてもミシンが苦手で」
やはり先輩の目は誤魔化せない。しかしこれは体質なのだ。魔力の相性が悪いがためのあれなのだ。
「ミシンが苦手でよくもまあ試験に受かったわね」
「ミシン以外で補えばいいので!」
「まあいいわね、合格。はい次」
一つのほつれも許さないと言わんばかりに隅から隅まで見たあと、私に白衣を返すと次は椹火の白衣もトルソーからひっぺがして、同じようにつぶさに検分をし始めた。
「え、俺は関係ないでしょ」
「関係ないわけないでしょう。一年の分際で逃げられると思わないことね」
悪人面でひと睨みした琳先輩に、椹火もそれ以上の文句は適切でないと判断したらしい。顔を顰めたまま口を閉ざした。この世には年功序列という言葉がある。
「あんたは面白みがないけど、技術は噂通りね。使えるわ」
「そりゃどうも」
褒められたにもかかわらず椹火はふてぶてしく返す。
椹火の白衣は相変わらず、装飾は少なく、しかし緻密に計算されたシルエットで着ると本人によく似合い、そして縫製がとても丁寧だ。
着る人の身体付きを良く見せてくれる仕立ては、私も今後学びたいところ。
「よし、合格。それじゃあ創立記念祭の準備を始めるわよ」
例の新作発表会のためのお手伝いが始まるようだ。
「何するんですか?」
「あなたは刺繍、あなたはミシン、はい、やって」
琳先輩は雑に工程を説明したかと思ったら、間髪入れずに布と糸を手渡してきた。
「今日から当日まで自由時間はないと思いなさい」
そこには腕を組んで悪い顔をした魔王様がいた。
「琳先輩、何を縫うんですか?」
「ドレスよ」
「まあそれは、分かるんですけど」
工程の説明からドレスを縫うことは予想が出来たが、もう少し詳細を説明してほしかった。完成像とか、主題とか、全体の構想とかそういう話が聞きたい。
「あなたたちの仕事の出来如何で、私の将来が決まるかもしれないわ。心して取り組みなさい」
一向に質問の答えが返ってこない。先日のつーちゃん先輩の言い様でなんとなく理解してはいたが、まあ他人の話を聞かない人である。まともな会話はそろそろ諦めた方がいいのかもしれない。
「将来ですか?」
「そうよ。今年の創立記念祭の新作発表会は弟子入り先の試験も兼ねているの」
弟子入り先、か。
琳先輩は今年六年生だ。来年の夏、卒業して学院を出ていったあと、どこかで働く予定らしい。
被服科はほとんどが平民で、意匠設計家や針子になる人が多いから、工房や仕立屋に雇ってもらうことも珍しくはない。
先日の話を聞く限りでは、つーちゃん先輩は自分でお店を持ったりするつもりなのだろうか。
「琳先輩には婚約者がいるんですよね?働く必要はあるんですか?」
琳先輩から返された白衣をもう一度トルソーに着せながら、つーちゃん先輩が訊ねた。
「はん。バカ言わないでちょうだい。どうして婚約者に私の人生を左右されないといけないの。私の人生なんだから、私が好きなことをして生きるべきでしょう」
「琳先輩かっこいい……!」
「当然ね」
私の賛辞を素直に受け取って、琳先輩は艶然と笑った。
この周りを顧みず我が道を進む感じ、潔さ。求めていた気質を前にして、思ったことがするっと口から零れていた。
師匠然り縹組然り、こういうやりたいことに向かって真っ直ぐな人たちに、私はどうしても惹かれてしまう。
だからこそ、そう出来ない人に手を差し伸べたくなるし、気になってしまうのだ。
「琳先輩は卒業したら、どちらに弟子入りしたいんですか?」
「ネレミリア夫人よ。そのために新作発表会が勝負なの」
「ネレミリア夫人って有名な仕立て屋の…?何でしたっけ、『仕立て屋白波』?」
「そうよ!大陸一とも言われる白波のネレミリア夫人に弟子入りして、達華をぎゃふんと言わせてやるんだから」
琳先輩は固く拳を握りしめた。
『仕立て屋白波』とはこの国、アルブメリで一番有名な仕立て屋で、それを運営するネレミリア伯爵夫人にドレスの意匠を依頼すると、予約が年単位で先になるというほどだ。
ネレミリア夫人のドレスは次々に大陸全土の流行を生み出し、白波の仕立てたドレスを着るだけで社会的地位が得られる。定期的に大陸各国の王族からも受注を貰い、その度にその名を轟かせている有名な仕立屋とその筆頭意匠設計家なのだ。
これぞ王立魔法学術院。そんな超一流の仕立て屋にも、就職の伝手があるとは。
「入学して早五年…これまで数々の課題をこなし、身につけた知識と技術にもう文句なんて言わせないわ!刺繍も碌に出来なかったあの頃とは違うのよ!!」
その琳先輩の力強い言葉に私は納得した。
初対面から師匠をやたら目の敵にしているなと思ったが、恐らく大した技術もなく入学し苦戦していた琳先輩に、師匠があの調子で失礼な発言をしたのだろう。「一年もいてそんなこともできないのか」とか、「何考えて描いたらそんな意匠になるんだ」とか色々、まあ色々言ったのだ、きっと。そうして琳先輩がぎゃふんと言わす前に勝手に辞めていったのだ。
師匠の顔を思い出し、私はそっと琳先輩から視線を逸らした。
それにしても、刺繍も碌に出来ないのに、琳先輩は何故被服科を選んだのだろうか。
しかし懸命にも私は口を噤んだ。これは野生の勘だが、良くない穴を掘りそうな気がする。
「婚約者さんはどんな方なんですか?」
「地味な男よ」
先程までの勢いはどこへやら、消え入りそうな声で琳先輩は伏し目がちに答えた。
*
舞台芸術はいつだって私に夢を見せてくれる。好きなことに関わりたいと思ってしまうのは、必然だ。
それでもこの衝動は、自分にしか分からない。
だからこそ、大切にしたい。
色とりどりの糸が窮屈にしまわれた箱を差し出して、乳母は言った。
『さあ、お好きな色を選んでください』
私が描いた拙い花の模様は、前日に観た舞台の主人公が着ていた緑のドレスに触発されたものだ。
箱の中から「緑」を取って、並べてよく吟味した。舞台の光に照らされて、網膜に焼き付いた景色を再現するような「緑」。
少し茶色がかって、彩度の落ち着いた絹の「緑」。
『これ!』
『こちらの明るい緑じゃなくてよろしいのですか?』
『この色なの!』
子どもらしからぬ色を選んだ私に乳母は首を傾げたが、私が嬉しそうに目を輝かせていたからだろうか、直ぐに針と刺繍枠の準備をしてくれた。
その後、少し不器用だったものの、初めて刺繍を完成させた私は気が大きくなっていたのだと思う。
『私、大きくなったらお衣装を縫いたいわ』
喜び勇んで話しかけると、乳母は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
『お嬢様、それは針子の仕事であって、お嬢様がすることではありません』
目の前が真っ暗になった気がした。
*
一歩踏み出す度に、落ち葉の乾いた音がする。それを耳に感じながら考え事をしていた。
――また随分と懐かしい夢を見たものだ。
先輩たちの将来について考えていたら、またうっかり寝るのが遅くなってしまった。なんとか起きて、お手伝いでもしようかと教室まで行ったはいいものの、中々目が開かない。
まとわりつく眠気を追い払うため、外の空気を吸おうと校舎を出てきた。
琳先輩の手伝いをしても、授業を受けても、ここのところ気にかかるのは澄麗さんのことだ。
縹さんとのことは置いておくにしても、やっぱり澄麗さんに絵を描くことを諦めてほしくなくて、つい次の手を考えてしまう。
しかし先日練習を持ちかけたときの澄麗さんの何も言わずに固まる姿を見て、手応えの無さを感じてしまった。あの時、あれ以上に私に言えることはあっただろうか。
「あれ、ここどこだ…?」
考えに詰まってふと顔を上げると、見慣れない風景に立ち止まった。
秋が深まり木々はどことなく赤みを帯び、爽やかな風吹き抜ける、森のような場所。確か、芸術クラス棟の周辺を散策してみようかな、なんて思って歩き始めたはずだった、のに。
何故私はまた学院の敷地内で迷子になっている…?




