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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     二幕 心揺れ動く絵画
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53.一つではない目

 ――何故あんなにも澄麗さんは自信が無いのか。

 将来のことだといったって今は学生の身で、澄麗さんは絵画科に属しているのだから、絵を描くことが本分ではないのだろうか。

 それに感情が絵に影響するというのであれば、その影響の仕方を最大限活かして、面白い作品にしてしまえばいいのだ。

 私なら「日替わり風景画」とでも銘打って個展を開ける自信がある。私のその日の気分によって見られるものが変わります、みたいなね。

 詩苑にだって、日によって背景が変わるからそれに合わせて歌ってね、くらい言ってしまいそうな気がする。頼んでいるのはあくまで縹組の方であるわけだし。

 でもこういう「気持ち」の面は他人がいくら言葉を重ねようと、本人が真に納得できなければ意味がないことを、私は実体験としてよく知っている。

 納得してもらうきっかけを得るために、何か澄麗さんのことをよく知る機会はないものか。癖の強い黒髪から覗くお淑やかな銀灰の瞳を思い出す。

 それにしても澄麗さんの美しさの中に滲む可愛らしさには、『静寂のほとり』という舞台作品で主人公の親友が着ていた真っ青なドレスが似合いそうだ。清楚な中にも華やかさがあり、裾で煌めく銀糸が澄麗さんの清廉な美しさを際立たせてくれるに違いない。

 ……などと考えていたらまんまと寝坊したのである。とりあえず情報を集めるために弟に突撃することだけは心に誓った。

「今からそんなんじゃ先が思いやられるわ」

 並んで食堂に向かいつつ、左下の方で呟く声に耳を傾ける。

 半開きの目で歩く私を心配してくれるつーちゃん先輩は、控えめに言っても天使。小脇に抱えて持ち帰りたい。

「暫くはつーちゃん先輩にお世話になる所存で…あれ」

 日差しに負けそうになっていた目を擦り、媚びを売ろうとつーちゃん先輩を見下ろすと、私から隠れる方の耳の上に見慣れない髪飾りを付けていることに気づいた。身を前に乗り出して覗きこむ。

「髪飾り珍しいですね。可愛いです」

 日に透けると青く輝くつーちゃん先輩の髪は顎の高さで切りそろえられ、いつもキチンと手入れをされている。さらりと流れる横髪を耳にかける姿がとても好きなのだが、今日は片側の横髪をまとめて髪飾りで留めていた。

「たまには実家の宣伝をしないと」

 鬱陶しそうに私を手で払いのけて、照れたように言う。この素直じゃない感じも、私の胸がぎゅんとなる理由の一つだ。

「ご実家は何をやられてるんですか?」

「金属の加工。父は職人なんだよね」

 金属加工の職人には大変興味があります!

 私は半開きだった目を全開にした。

「えー!すごい、髪飾りよく見たいです!食堂に着いたら観察してもいいですか?」

 反対側に素早く移動して、歩きながら髪飾りを凝視する。

「あんたに見られると減る」

「何がですか!?減らないですよ!宣伝しないと!私にも!!」

「煩い」

 ぺしりと額を叩かれたので、今日のところは大人しく引き下がることにする。

 食堂に着いてからの観察は諦めてないですけど!

「つーちゃん先輩は職人を継ぐんですか?」

「ずっと親の脛かじるのもどうかと思うし、兄がいるからそっちは任せるけど。まあ服飾に絡めて何か作れたらいいかなと思ってここにいる」

「素敵ですね」

「まあ、全然…何が出来るか見えてないけど」

 少しだけ照れくさそうに唇を尖らせるつーちゃん先輩がとても可愛らしくて、私はつい微笑んでしまうのだ。

「何ニヤニヤしてんのよ。気持ち悪い」

 つーちゃん先輩は将来出来ることを探して、ここにいるんだ。

「つーちゃん先輩が作るもの、私も楽しみです」

「どちらにせよ、何かしないと生きていけないんだから。せっかく学院に入れたなら、生きる術を得てから卒業したいよね」

「お貴族様にも聞かせてあげたいですなあ」

 所詮平民なんてものは在学中に生きていく術を身につけないと、卒業してから野垂れ死ぬのが関の山だ。

 貴族は万が一結婚が出来なくても死ぬことは無い。親の脛でもなんでもかじれば、生きていくことくらいは出来る。

 特に女性は結婚することが仕事のようなものだ。手に職なんて必要ない。ここに通う時点で覚悟が天と地ほど違う。

 そして私の思考はまた、昨晩に引き戻される。

 じゃあ澄麗さんは…?結婚をして、絵を描かずに生きていく覚悟があるのだろうか。


 つーちゃん先輩と仲良く朝食を済ませ、教室に着き椹火の存在を確認すると、すぐさま近寄り顔を凝視してみた。

 この眠そうでやる気のない表情が澄麗さんとの大きな違いなのだろうか。でも部分毎はびっくりするくらい似ているんだよね。眉の形とか、鼻の通り具合とか。

「おい、俺の顔に何かついてっかよ」

 不躾にジロジロと観察をしていたら、大きな舌打ちが聞こえた。

 相手が師匠だったら重い手刀が落ちていただろうなと思ったところで、この目の前の男も末端とはいえ貴族なんだと少しだけ納得した。ただし、言葉遣いはすこぶる悪い。

「姉弟なのに雰囲気が違うなと思っていただけよ」

「は?きょうだい?」

 目を丸くした椹火は、猫だましを喰らった猫に少しだけ似ている。

「お姉さんと一緒に定期発表をやりたくて勧誘中なの」

 にっこりと笑いかけると、椹火は明らかに不快そうに眉を顰めた。

「…なんで今更」

 思わず零れたというような呟きに、何かあることを察した私は、すかさず椹火にも探りを入れる。

「澄麗さんの絵、とても素敵よね。この間見せてもらって感動しちゃった。絵なのに生き物みたいだし、光とか、温度とか、匂いとか、視覚以外の感覚も刺激されちゃうのは初めてで」

 うっとりと、大袈裟に表情を作りながら顔の前で両手を組んだ。それにしても、思い浮かべるだけで澄麗さんの絵の世界が目の前に広がるようだ。

「…」

 ちらりと椹火を盗み見るも、口を引き結んで黙り込んでしまった。そのまま自分の席に座ってしまったので、私も作業台を挟んだ向かいの席に座ることにした。

 どうにかして椹火から澄麗さんを口説くきっかけを得られないかと思っているのだが、遠回しに探りを入れても無駄な気がしてきた。よく考えてみれば、出会った当初からこの男とそんな面倒くさいやり取りをしたことがない。

「だから是非あの絵を演出に使わせてもらいたいんだけど、いまいち勇気が出ないみたいなんだよね。どうしたら口説けるか、椹火なら分かる?」

「…知らねえ。本人がやりたくねえってんならしょうがねえだろ」

 一瞬、苦虫を噛みつぶしたような顔をした椹火は、そっぽを向いて面倒そうに答える。言い方に、家族である澄麗さんが絵を描くことを躊躇っている状況に何かしらの思いがあると見える。

 澄麗さんの様子だと家族仲は良さそうだし、特性の理由なり、自信がない原因なり知っていることは教えてもらいたい。

「せっかく貴重な魔力を持っていることだし、自信が持てればいけると思うんだけど」

「そんなもん持ってどうすんだよ。自信を持ったところで、その道で食っていける保障なんてねえんだぞ。下手に夢見るよりよっぽどましだ」

 私はそこで、椹火の言い草にも違和感を覚えた。

 自信を持って絵を描くことが、画家になることと同義であるように捉えられる。別に私は画家になったらどうかとまでは言っていない。

「何でそういうこと言うのよ」

「実際そうだろ。現状あの魔力に影響を受ける絵をどうにかする方法だってないんだし、本人がそれでいいっていうなら周りが口出したって」

 苛立った様子の椹火に、私の心臓が沸々と煮えたぎるのを感じる。

 だから何故やる前から諦めるのだ。本人がそれでいい態度をしていないから相談しているというのに。

 澄麗さんにしたって椹火にしたって、何かから必死に逃げているようにしか見えなかった。

「本人が困っているから周りが助けるんでしょうが!私だって一年前までは何にも縫えなかったわよ。でも寝る間も惜しんで死ぬほど師匠に扱かれたの。本人が完全に諦めているならまだしも、そんな人が毎日毎日遅くまで筆を取ってるわけないでしょう!弟なのにそんなことも分からないなんてあんたどこに目つけてんのよ」

 椹火に怒ったってどうしようもないことくらい分かっているのに、悔しくて次々と言葉が口をついた。

「何でお前にそんなこと言われなきゃなんねえんだよ。他人(ひと)ん家の問題に口出してんじゃねえよ」

「その当人の家族が何もしてくれないから口を出しているんでしょう。このまま澄麗さんが絵を描かない選択をして、本当に幸せになれると思ってるの!?」

「……思ってねえよ。仕方ねえだろ、婚約者が…」

 そこまで言って、椹火ははっと目を見開いて口を閉ざした。

「婚約者…?」

 重要なことは聞き漏らすまい。私は楚々として立ち上がり、椹火に近づいた。

「……なんでもねえよ」

 視線を逸らして口元を手で覆った椹火の肩に、私は優しく手を置いた。

「椹火君、その話、詳しく」

 逃がさないわよ、椹火。私はぎらりと鋭く椹火を見つめた。


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