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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
第二部 一幕 学院生活
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50.密かな決意

「どう?学院には慣れた?」

 楽譜を閉じて山蕗は顔を上げた。

「そうだね、大分この生活にも慣れてきたかな」

「被服科は課題が多いんでしょ?」

 山蕗の未だ少年を思わせる少し高めの声は落ち着いていて、私を優しく労わってくれていた。

「師匠の手伝いと、入試対策と、後期発表とで忙しくしてた数週間前までを思えば、特に大変ということもない、かな」

「そういえばあのあと倒れたらしいね?もう体調は大丈夫なの?」

 すっかり忘れていたが、倒れたあと詩苑以外の二人には会ってもいないのだった。申し訳ないと思いつつ、自己管理能力の低さが恥ずかしくてあまり触れられたくないのが本音で、するりと目を逸らした。

「そんなこともあったね。三日寝たらすっかり元気になったから大丈夫。心配かけちゃってごめんね」

「流石に無理させすぎたか」

 縹さんまで心配そうにこちらを窺っている。

「全然気にしないでください。私の計画性の無さが原因ですので」

「もう二度とやらないでね」

 ぶんぶんと音が鳴りそうな勢いで手を振っていたら、詩苑からは半目で注意された。居たたまれなさに耐えきれず座り直す。

「も、もちろん。ほら、今日も課題を切り上げて来たし」

「この時間で『切り上げて』っていつもは何時頃までやってるんだ」

 んん、縹さん、そこは突っ込まない方がいいところですね。ちゃんと寮で寝ているので、時間のこととかは置いておきましょうよ。

「昨年、前期をやっていたときの生活に戻ったくらい、ですかね」

「萌稀?」

 一向に目を合わせず言い訳がましい発言をしている私を、詩苑が再度窘める。

「無理はしてない!決して!ここに来られなかったのは、大人しくしてろってつーちゃん先輩に言われたからだし!」

 これは本当のやつ!入学したばかりの一年生だし被服科は課題が他より忙しいからって言われたやつ!

「つーちゃん?」

 必死に次の言い訳を考えていた私に対して、詩苑はつーちゃん先輩の方に引っ掛かりを覚えたようだ。話が逸れるなら万々歳である。

「うちの先輩!寮で同室なの」

「上級と同室なのか」

 これはつーちゃん先輩も言っていたことだが、二人で一つの部屋をあてがわれる寮は、基本的に同学年の同学科の人が選ばれるらしい。卒業や中途退学などで部屋が余り、途中から学年の垣根を超えて同部屋になることはあるが、入学直後から先輩と同部屋になった私は周りから珍しがられた。

「同期一人しかいなくて男だから」

「それも珍しいな」

 同じ学科の同期が一人しかいないという状況だからこそ、寮の措置も当然といえば当然なのだ。

 つーちゃん先輩の元同部屋の方は、課題に耐えきれず学院を辞めてしまったらしい。

 ただ針子になることを望むような人にしてみれば、この学院の被服学科はやることが多すぎるんだろうなあ。

「ひょっとしてあの向かいに座ってた男?」

 自分の学科に思いを馳せていたら、隣の詩苑から温度のない声が聞こえた。

「そう」

「へえ、あの男がたった一人の同期ねえ」

 髪と同じ、輝く色素の薄い金色のまつ毛から覗く、緑の瞳に怪しい光を感じたが、見ない振りをした。なんとなく、触れると面倒そうで。

「ところで前期発表って、いつ頃から打ち合わせ始めるの?」

 不穏な話題からは逃げるが勝ち。気になっていることを投げかけてみた。

「萌稀ちゃんがこっちにいることだし、急がなくていいから今回は創立記念祭が終わってからかなぁ」

「そうだな、講師にも特に課題を言い渡されてないし」

 山蕗と詩苑は大変暢気に返事をくれた。

「早く舞台衣装作りたいなあ」

 課題は課題で新しい知識や技術を得ることができて楽しいのだが、やはり自分がやりたいのは舞台衣装だ。新しく得た知識や技術を活かして、欲望のまま創作がしたい。

 私がうんうん唸っていると、縹さんが徐に口を開いた。

「丁度いい、次の前期発表について相談したいことがある」

「相談したいこと!?」

 私は勢いよく縹さんに顔を向けた。もしかしたら今日何か考え始めるかもしれないと思ったら、私の中のわくわくが勝手に走り出した。

 縹さんが師匠の店に「相談」しに来るときは、発表の方向性に悩んでいるときか、衣装について詰めるときだったからだ。

「ああ」

 しかしそう返事をした縹さんの表情は、私が予想していたのと少し違った。ほんの少しだけ、困ったような、迷っているような、そんな表情だった。

「面白い画家をひとり、勧誘しようと思っている」

 縹さんは慎重に言葉を紡いだ。「する」ではなく「しようと思っている」と言ったところに明らかな迷いがあった。

 いつもの縹さんは決断力があって迷いがないから、頼りがいと安心感があるんだと、そのとき初めて気づいた。

「画家?ってことは絵画科の人?」

 詩苑も縹さんの言い回しに多少の違和感を覚えたのか、表情を変えないまま注意深く顔色を窺っているように見える。

「専攻は油彩らしいな」

「どんな絵を描くんですか?」

 同じ芸術クラスと言えど、他の学科との交流はほぼ無い。何しろ被服科は、座学以外ではほとんど教室に籠り課題をこなす毎日である。

 先日の歓迎会でも知り合いは増えなかったことだし、これを機に他学科との繋がりが出来るのは面白そうだ。

「それは見てのお楽しみだ。言葉で説明するより実物を見た方がいいだろう」

 その人の作品を思い出したのか、縹さんは少しだけ表情を緩めた。

「縹が言うなら変な輩ではないだろうし、良いんじゃない?その絵を利用した演出を考えてるんでしょう?」

「僕も異論はないよ。縹が言う、その人の絵を見てみたい」

 二人が反対するわけもないだろうと思い、私もその人がどんな絵を描くのか想像を巡らせると、ふと縹さんからの視線を感じた。

「萌稀も構わないか?」

「え?もちろん」

 三人が出した答えに異を唱えるつもりはなく、当然の如く頷くと、山蕗が苦笑した。

「初めての衣装合わせのときも言ったけど、萌稀ちゃんは僕たちにとってはもう仲間だからね。ちゃんと意見があるときには言ってよ?」

 山蕗の発言は思ってもみなかったことで、私は目をぱちくりと瞬かせた。

 仲間ってそういうことなのか。「縹組」の衣装担当として関わっているつもりではあったけど、そうじゃない。いつだって彼らは自分の分野に囚われず、発表をより良いものにするためにお互いに意見する。

 縹さんは詩苑の歌い方や山蕗の編曲に口を出すし、二人から演出について意見をもらうこともある。勿論、詩苑と山蕗だってお互いに意見をぶつけ合う。

 私もその一員であるからには、全てのことに積極的に関わる権利を持っているのだ。

「うん!」

 その事実を受け止めると、嬉しくて声が大きくなってしまった。


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