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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
第二部 一幕 学院生活
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49.第三談話室


「第三談話室、第三談話室……」

 そういえば、入学直後に課題(えさ)を与えられてから、館内の散策もまともに出来ていないんだよね、と思いながら芸術クラス棟を練り歩く。

 学院内はクラス毎に建物が纏まっており、芸術クラスは大きく三つの棟がある。音楽系の学科と練習室がある棟と、その他の学科がある棟に挟まれ、食堂や談話室、図書館など共有の施設がある棟がある。

 屋根のついた外廊下を歩きながら途中途中で見た館内図を思い起こし、指定の第三談話室を目指した。どうやら共有施設棟の奥の奥にある小さめの部屋のようで、何度も道を見失っては館内図を探した。

「あ、この絵ひょっとして『緋滝(ひたき)』かな、流石に置いてある美術品も一流だよね」

 彷徨った末にいつもと違う経路で共用施設棟に入ると、廊下に飾られた絵画が目に入り足を止めた。

 外装は簡素な意匠で統一されている学院の建物も、一歩中に入れば名のある工房の物だと分かる調度品が揃っているし、飾られている美術品も価値の高いものだ。

 そしてなんといってもここは芸術クラス。普段から学生の目を肥やす目的もあるかもしれない。

 緋滝(ひたき)はここロトフォル大陸の北にある国の有名な画家で、その作品はかなりの高額で取引されている。今、大陸で最も人気の画家と言っても過言ではないだろう。

 飾られているのは風景画で、木々の緑に既視感を覚えた。ほんの少しだけ茶色がかったその緑は、まるで詩苑の瞳の色だった。黄金の小麦畑と色づく木立。よくある田舎の風景だったが、その色合いに訳も分からず心惹かれて食い入るように見つめた。

 筆跡が荒いのに色使いが巧みなのが緋滝の特徴だ。輪郭を(えが)かなくても形が分かるのが彼の才能だと、ある人は言っていた。

「萌稀?」

 真っ直ぐに絵を見ていると、視界に頭の中で思い浮かべた人が現れ、一瞬白昼夢でも見ているのかと錯覚した。

「おーい、萌稀?」

 もう一度名前を呼ばれて我に返る。漸く焦点が合うと、絵と私の間に詩苑がひょっこり顔を出していた。

「詩苑?」

「うん、そう。籠ってた?」

 目の前の詩苑に至近距離で訊ねられ、慌てて少し後退った。私としたことが廊下のど真ん中で籠ってしまっていたらしい。本当に集中すると厄介なことこの上ない癖だ。

「随分熱心に見つめてたけど、絵も嗜むの?」

「あ、否、絵はそれほどだけど…何となく素敵だなと思って、色合いの参考になるかもとか考えてて…」

「へえ?」

 色使いに詩苑を連想していたのを知られたくなくて、明言を避けたつもりだったのに、口から出たのはそれなりに正直な感想だった。

「ところでこんな時間にこんなところで、何してるの?」

「あー、さっきまで課題やってて、集中力が切れちゃったから談話室に行ってみようかなと」

「談話室?被服科からだと反対方向じゃない?」

「あら?」

 真剣にただ談話室を目指していたというのに、いつの間にか遠回りをしていたらしい。道理で道を見失うわけだ。薄々気づいてはいたけど、私って方向感覚が鈍いのだろうか。

 表情に疑問を浮かべただろう私を見て、詩苑は苦笑した。

「まあいいや、こんな時間まで課題お疲れ様。ちょうど俺たちも談話室に行こうと思ってたところだから、案内するよ」

 詩苑の視線を追うと、腕を組んでこちらを眺める縹さんがいた。縹さんとは後期発表ぶりの再会だ。

「入学おめでとう。元気そうだな」

「ありがとうございます」

 軽く会釈すると微笑みかけてくれた。未だに詩苑の顔の美しさには慣れないが、縹さんの不意打ちの微笑みの威力にも慣れない。こちら側の笑顔が引きつってしまったかもしれないのは、申し訳ないと思う。

「談話室はこっち」

 案内すると言った詩苑は、廊下の先の階段を指し示して歩き出した。

「今日は二人なの?」

「たまたまさっき会っただけ。談話室には山蕗もいると思うよ」


 案内されて辿り着いた部屋は、地図で見た通り建物の奥の奥にあり、時間帯が遅いこともあってか周辺はひっそりとしていた。

 半分開放された扉から入ると、この由緒正しい学院に似つかわしくない内装に目を引かれた。

 教室も含め部屋毎に完璧に調えられているのが当たり前の学院で、この第三談話室はというと各部屋の余り物を集めたような、全く種類の異なる調度品が規則性もなく並べられているのだった。

 半端な家具をとりあえず置いておいた、と言った方が正しいかもしれない。

 いくつかある窓にかかるカーテンも一枚ずつ柄が違う。それでもなんとなく纏まりがあるのが不思議な空間だ。

 その光景に呆然と突っ立っていると、もう一人の柔らかい声がした。

「あれ、萌稀ちゃんだ」

 声のした方を見ると壁際に置かれたアップライトピアノの近くに山蕗が座っている。

「久しぶりだね、そんなところ立ってないでこっちにおいで」

 丸い卓にいる山蕗の横に縹さんが座り、その前の長卓に詩苑が座った。

 必然的に詩苑の隣に腰を下ろすことになった状況に、反射的に扉の方を窺った。わざわざ離れて座るのも憚られるが、もしここに他の学生が入ってきたらと思うと迷いが生まれた。

「どうかした?」

 そんな私の心の葛藤も知らずに、当然の如く自分の隣の椅子を引く詩苑に育ちの良さを感じつつ、諦めて何も考えないことにした。

 そう、得意の思考の放棄である。細かいことを気にしていたらこの世界やっていけないのだ。大丈夫、ここに来るまでには人っ子一人出会っていない。

 気を取り直して引かれた椅子に座り、改めて部屋の中を観察してみる。

「なんか不思議な部屋だね 」

「何年か前の建築科の学生が手掛けた内装らしいよ」

 座ってもなお興味が尽きない部屋をキョロキョロと見渡す私に、手元の楽譜を捲りながら山蕗が言った。

「建築科?」

「一応芸術クラスだよ。教室じゃない部屋、食堂や談話室は建築科の学生が実習課題として、調度品の選定や内装の仕上げに関わってるんだって」

「なるほど、それでこんなに個性的なんだ?」

 建築家の中には芸術に精通した人もいるし、芸術クラスというからにはやはり独特な感性を持った人がいるのだろう。建物の奥に配置されたこの部屋は、なんだか自分に近いものを感じて居心地がいい。


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