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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
第二部 一幕 学院生活
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44.被服科第一課題とともに

「制服の着用が校則なんだけど、ジャケットだと作業がしにくいから被服科内専用の、作業用白衣を着てもいいことになっているの。基本的にこの教室内でしか着用を許されてないから気をつけなさいよ」

 始めは文句を言いながらも、最後には先生として丁寧に説明してくれるところがつーちゃん先輩なのだ。一つとはいえ年下なのにしっかりしている。

「型紙の見方とかミシンの使い方は一通り分かっているわよね。基本の型紙を渡すから、寸法は適当に自分にあわせて使って。それから先輩たちを見て分かる通り、細かい意匠は自由よ。個性を出すことも評価になるからお好きにどうぞ。ここまでで何か質問は?」

「装飾はどの程度、許されますか?」

 私は元気よく手を挙げた。どうせ自分用に仕立てるなら思い切り個性を出したい。先輩たちの白衣を見る限りでも、刺繍だったりボタンだったりを自由に施しているし、丈や裾・袖の形も様々見受けられる。

「元の制服のジャケットに合わせて紺と灰、用意された二種類の生地を使うこと、芸術クラスの紋章をつけること、指定の襟をつけること、それから裾と袖の指定の刺繍は必須、あとはなんでもいいわ。他学科の先生たちに目をつけられないように露出度の高いものは控えること。あと白衣の下は制服のシャツとスカート、若しくはズボンの着用が校則だから忘れないように」

 そう淡々と資料を読み上げるつーちゃん先輩の眉間には皺が寄り、段々声が低くなっている。

 何せ先輩たちの中で制服のシャツを着用しているのなんて、見渡す限りほんの一部しかいないし、とても他学科の先生たちに目をつけられない程度の装飾とは思えない意匠の白衣が、教室には溢れている。そもそもこの学科の先輩たちは制服のジャケットの存在を感じさせない。

 私が説明する立場だとしてもその説得力のない内容は、新入生に言いたくないだろうと思う。

 特につーちゃん先輩は制服のジャケットに近い見本通りの素朴な意匠の白衣を着ているし、その下も制服のシャツにスカートだ。個性がない代わりに縫製がとても丁寧で、どことなく椹火(さわらび)と性質が近い。

「あとは自己責任よ」

 つーちゃん先輩は最後に吐き捨てた。自分で責任を持てば何をしてもいいらしい。他の先輩たちに目を付けられない方法でも訊いておこう。

「それからこれが特待生用の裁縫道具よ」

 そう言ってつーちゃん先輩は椹火に運ばせた謎の箱を、私と椹火の前に一つずつ差し出した。抱えるほどの大きな箱の蓋を開けると、針や糸、鋏類や刺繍枠など一通りの裁縫道具がぎっしり詰まっている。

「特待生は碌な道具も持っていないことが多いから、新入生に支給されるのよ。自分で持ってきたものを使用しても問題はないから、好きに使いなさい」

 どれも実用性に富んだ使いやすそうな道具で、華美な装飾はないが腕の確かな職人によって作られた質の良い物だと分かる。これが「王立」の実力である。使ったことのない道具も入っている。特待生万歳。

「作業手順はこの資料に書いてあるわ。分からないところは私に訊いて」

「まあこのくらいなら大丈夫だろ」

 資料を見ながら椹火は言う。

「あんたたちは二人揃って入試課題を仕立て上げたんだってね。人は見かけによらないって正にこのことか」

「え?だって課題は言われたお題で服を仕立てる、ですよね?」

 つーちゃん先輩の言葉に疑問を抱き、資料から顔を上げて首を傾げると、椹火が鼻で笑ってきた。

「お前本当に何にも知らないんだな」

「むしろ椹火は何を知っているのよ」

 小馬鹿にした態度は本当に可愛くない。そもそも師匠は細かいことなんて、なんにも教えてくれないんだから仕方がないでしょう。

 こちとら学院の情報をほとんど知らずに来ているのだ。私自身がいろいろ必死でそれどころじゃなかったとか、そういう話はいったん引き出しに仕舞っておいてください。

 睨みつける私など痛くも痒くもなさそうに、椹火は続ける。

「そもそもあの入試は完成させることを目的としていない。どの程度の技術を持っているか、長時間の作業を飽きずにやり続ける素質があるか、そのあたりを確認しているだけだ」

「……え?」

 椹火の発言がどうにも理解できずに、思考と動きが停止する。

 …はい、ちょっと待ってください。この男は何を言っている?

「これから技術を学ぼうって人たちが集まっているのに、完成が前提なわけないでしょう。平民が着る服なんて入試の参考にならないわ」

 椹火に続いてつーちゃん先輩まで、何を言っている?試験は完成が前提じゃない?

 目眩がする。

「じゃあ毎年、どの程度の人たちが入学するんですか…?」

 事実を知ることに若干の恐怖を覚えつつも、私はうっかり訊いてしまった。ギギギと音が鳴りそうなほどぎこちなく、つーちゃん先輩に顔を向ける。

「私たちの代は多少経験がある人が集まったけど、それでも試験で作品として完成させた人はいなかったと思う。うちの学科は極端に少ないけど、貴族が入ってくれば、それこそ刺繍しかしたことのないような人もたまにいるし」

 へえ、まあお金を積めば貴族は入れる学校ですからねえ。

 後半小声だったことを鑑みるに、刺繍しかできなかった貴族は今も在籍しているのかもしれない。

「じゃあ私のあの地獄の特訓はなんだったの?」

 この半年間の様々な光景が走馬灯の如く脳裏を過り、私はポツリと呟いた。

「何の話だよ」

 訊かなければ良かった。否、最初から全部聞きたくなかった。

 ちょっと待って師匠。私はあなたの教えでどんなお題がきても時間内に「仕上がるように」と厳しい特訓に耐えたのですが!?絶対に完成させないと受からない感じの言い方でしたよね!確かにあの地獄の特訓のお陰で苦手だった型もなんとなく分かるようになったし、回数を重ねる毎に手も慣れてきて一つ一つの技術も上がってきたし、結果無事に入学することが叶いましたけれども!だがしかし!ぶっ倒れるほど頑張って短期間で色々詰め込んだ意味とは!なんだったのか!はあ!

 張り詰めていた糸がプツンと切れた。私は頭を抱えて唸ることしかできない。

 これだからあの適当男はさあ!でも技術を与えてくれたことに関しては本当に感謝しかないから恨むに恨めない。そんなことをしたら罰が当たる。

 確実に言えることは、私が入試を受けると言った時点で、師匠はなんとしてでもここに放り込むつもりだったということだ。

 そりゃあマダムにも、自信を持って受かるとか言っちゃうはずだよね!あそこまでやって落ちるはずがないもんね!私の感動を返して!

 悔しさに歯を食いしばりながら机を叩く。私は多分、一生師匠に勝てない。

「何、どうしたの?この子」

「知らん」

「どうでもいいけど、とりあえず最初の期限は二週間後だから。他の座学の合間はこの教室は好きに使って大丈夫。期限までに意匠画を描いて、型紙まで終わらせてよね」

 そう言い残してつーちゃん先輩は授業に行ってしまった。

 こうして、どことなく雑に私の学院生活は幕を開けた。


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