42.被服科の新学期
それにしても、舞台上にいる詩苑の存在感は一線を画している。いつもはジャケットの下に襟ぐりの開いたシャツを着ていることが多いが、どうやら制服は襟の高い紺のシャツが正解なようだ。定期発表でご一緒した三人のうち、まともに制服を着ていたのは山蕗だけだったことを、入寮したつい三日前に知った。
……しかし何故かそれを教えてくれた寮で同室の先輩はジャケットでなく、ジャケットと似た色合いの謎の上着を羽織っていた。学院七不思議の一つに数えたい。
さらに正式な場にはジャケットの上からローブを羽織ることが定められている。金糸の刺繡が施された紺の布を纏う詩苑は、大変近寄りがたい高貴さを醸し出している。詩苑の持つ輝く美しい金髪と、制服の金糸の刺繍は完璧に調和が取れていて、まるで詩苑のために仕立てられた衣装のようだった。
きちんと着こなした正装で堂々と振る舞う詩苑は、やはり雲の上のお家柄の人なんだと納得せざるを得ない。
そして当然ながら、無事入学を果たして式に参加している私も同じ格好をしている。ローブは魔術を使う者の象徴のようなもので、「王立魔法学術院」の名の通り魔術を駆使して国に仕えるための格好だ。上手く魔術を使えない私には分不相応なものに思えた。
徐に自分のローブの中を覗く。深い紺色と明るい灰色の二色使いのジャケットは、胸元にクラス毎の紋章が縫い付けられている。中のシャツはジャケットよりもう一段階暗い紺で、限りなく黒に近い。
「首まで黒っぽい襟があると、髪の毛のせいで重たく見えるのよね」
舞台上の詩苑とお揃いの新品の制服を見下ろしながら、肩に掛かる鉛色の毛先を弄んだ。
試験を通過して入学した特待生には学院から制服も支給される。学生が全員同じ格好をするのは、身分の貴賎を意識させないための規則だ。
「急に何の話だよ」
興味無い話に返事をするあたり、この男もいい加減この堅苦しいだけの式典に飽きているのだった。
「制服。素敵な意匠だけど、私の髪色には映えないと思う」
ジャケットは胸から上と袖が紺色で、私の癖の少ない髪の毛の先とちょうど同じくらいの位置から明るい灰色に切り替わる。首周りから胸元にかけての色が濃すぎて、顔が暗く見えてしまう。そこだけが不満だった。
「確かにな。まーでもそのへんは、うちの学科なら心配ないと思うぞ」
「どういうこと?」
「行けば分かる」
入学式が恙無く終わると、各々自分の教室に向かう。本格的な授業は翌日からだが、教室やその他の施設のことなどの簡単な説明があるらしい。
必然的に、退屈黒猫男と一緒に教室に向かうことになった。
入学試験で使用した、うきうき幸せ空間が私たち被服科の教室らしい。入口には菱形に針と糸の紋章がぶら下がっている。
「あ、つーちゃん先輩!」
教室に入ると、青みの強い紺色の髪を肩口で切りそろえた先輩を見つけて、駆け寄った。その顔を見た瞬間、入学式の退屈疲れが吹っ飛んでしまった。
「つーちゃん先輩って呼ぶんじゃない」
私がつーちゃん先輩に抱きつこうと両手を広げて近づくと、頭を掴んで拒否された。小柄なのに意外と握力が強い。
「どうした都辻、犬でも飼い始めたのか?」
近くにいた別の先輩が、揶揄うようにつーちゃん先輩に問いかけた。
教室内には三十人くらいだろうか、制服と似たような、しかしそれぞれに細部の意匠が異なった上着を羽織った学生が集まっている。流石被服科というべきか、入学式で見た学生たちよりも外見の個性が強い。
つーちゃん先輩に纏わりつきながら先輩たちの装いを観察していると、渋面のつーちゃん先輩に押しのけられた。
「飼ってないです。これはただの同室……」
学院は全寮制で、基本的に二人部屋をあてがわれる。
「つーちゃん先輩と同室になった被服科の新入生です!よろしくお願いします!!」
私の同室はなんと被服科の一学年上の先輩だった。年齢は私の一つ下らしく、入寮した日からとても仲良くしてもらっている。
「都辻と違って随分威勢がいいな」
「寮の説明をしただけなのに何故か懐かれたのよ。本当に意味が分からない」
素っ気ない態度を取られているように見えるかもしれないが、つーちゃん先輩が優しいことを私は知っている。いい人が同室で本当に安心した。
何だかんだ言いながら最終的には面倒を見てくれるところが、少しだけ、師匠に似ているのだ。これで師匠がいなくても寂しくない。薄情な弟子でごめんなさい。
「こんなのを育てる気になった、あんたの師匠とやらを尊敬するわ」
「うちの師匠は本当にすごいんですよ!」
「今のはあんたの師匠を褒めたんじゃなくて、あんたを貶したのよ!」
「ふふふ」
冗談を言っても溜め息をつきながら返してくれるところあたり、生真面目で優しいと思う。
「みんな揃ってるかしら?あら、二人ともちゃんと辿り着いているわね」
そんなやり取りをしていると、試験監督だった癖のある明るい茶髪の先生らしき人が教室に顔を覗かせた。今日も全体的に鮮やかな色彩がとても目を引く。
「遊梨ちゃんおはよう」
教室にいた先輩たちは、先生が姿を現すと気軽に挨拶をした。
「はい、おはよう。さあみんな席について。今年の新入生を紹介するわよ。二人とも前に立って名前を言ってちょうだい」
教壇に立った先生に手招かれて、うっかり存在を忘れかけていた黒猫大男と黒板の前に並ぶ。
「椹火です」
「萌稀です。今日からよろしくお願いします」
そういえば黒猫男の名前は初めて聞いたな。ちらっと横を見上げてみたが、椹火は先輩に対しても無愛想だ。
「今年は二人なの?」
「そうよ、みんな仲良くしてね」
真ん中あたりに座る学生がした質問に、先生は平然と答えた。
「「二人!?」」
いくら芸術クラスが少し特殊といえど、この広い学院で同期がたった一人だなんて全く想像していなかった。よりにもよって入学試験で貶し合った、この男と。
そう思ったのは私だけではなかったようで、私たちは声を揃えて顔を見合わせていた。
「相変わらず仲良いわね、あななたち」
「良くないです!」
「良いわけない」
先生は嬉しそうに微笑んでいるが、試験のことを覚えていればどう考えても仲が良いはずはない。
「今年は少ないんだねえ」
「そうね、卒業生もそこそこ多かったことだし、少し寂しくなるかと思いきや、そうでもなさそうだから安心しなさい。あと今年の教育係は都辻にお願いするから」
「げ」
つーちゃん先輩は心底嫌そうな顔で頭を抱えた。
「最初の課題が完成するまで、よろしく頼むわよ」
先生は可愛らしく片目を瞑ってみせた。
「早速だけど、課題の説明をしちゃいたいから、この子たちと備品庫に行って材料を取ってきてくれない?」
「分かりました」
先生のお願いに、つーちゃん先輩は嫌々ながらも返事をする。
「あとお道具箱も」
「二人分でいいんですよね」
「ええ、大丈夫よ」
先生から指示を受けたつーちゃん先輩は機敏に立ち上がり、教室に備え付けられた狭い備品部屋から一つ鍵を取り出すと、私たちに視線を向けた。
「行くよ、ついてきて」




