【幕間】腕の良い刺繍職人
達華の仕立て屋は、アルブメリ王国の都の外れにある。中心街からそれなりに離れた、更に大きな通りから一本入った目立たない場所だ。
そこは知る人ぞ知る、隠れた名店である。
今日もまた、白髪混じりの常連客が達華の仕立て屋を訪れている。
「こんにちは」
扉を開けると、ちりんと涼やかな音をたてる呼び鈴に誘われて、店主である達華が気だるそうに奧の作業場から顔を出した。
「ああ、夫人。いらっしゃい。あいつならもう…」
「やだ最後まで言わないでちょうだい。分かっているのよ。でもなんだかいつもの癖で足が向いてしまったものだから」
夫人と呼ばれた常連客は、眉尻を下げて寂しそうに語尾を弱めた。
達華は受付台の端に立つ。大きい図体の隣に空間を残した定位置は妙に収まりが良く、常連客は頬を緩めた。
「その帽子、大事に使ってるんだな」
「もちろんよ。せっかくあなたに直してもらったんだもの。今度こそどこにも飛ばさないわ」
常連客が被ってきた薄い紫の帽子は、以前に達華が修理を依頼され、木に引っ掻けて空いてしまった穴を直した物だ。
「ああでも、あなたのお仕事がなくなってしまうかしら?」
常連客が悪戯げに顔を覗きこむと、達華も張り合うように強気に笑った。
「そのくらいじゃ仕事はなくならねえよ。大事に使ってもらった方が帽子が喜ぶ」
この店が、知る人ぞ知る名店と噂されるのには理由がある。達華とは、目立たない場所に店舗があっても仕事が途切れないくらいには、確かな技術を持った職人なのだ。
「今だって日傘の修理と、ズボンの丈直しと、子どもの一張羅と、ジャケットの作り直しと…ひっきりなしに仕事をもらってんだ」
作業場を親指で差しながら言う達華に、常連客は一層笑みを深めた。
「まあ、忙しいじゃない」
常連客がおどけて言うと、達華は大袈裟に肩を竦める。
「それが不思議なことに、前より静かで仕事が捗るんだ」
「ふふ、本当かしら。じゃあまたドレスでもお願いしにくるわね」
常連客が外に出ようと扉に手をかけると、達華は申し訳なさそうに口を開いた。
「…ああ悪い。ドレスは暫くやんねえことにしたんだ」
「あらそうなの?どうして?」
「…腕の良い刺繍職人が出ていっちまったもんでな」
達華は自分の白いシャツの裾に施された、白いダリヤの刺繍を見ながら目を細めた。
4月は再び毎週水曜日更新です。
季節は少々ずれますが、萌稀と一緒に新生活を始めませんか?




