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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
第一部 一幕 開演の予鈴はいつ
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2.住み込みアルバイトの日常

 私と師匠の下らないやり取りを、マダムはいつも楽しそうに微笑みながら聞いている。

 マダムにはお孫さんがいないらしく、師匠の家に住み込みで働くようになってから何かと私のことを気にかけてくれていた。私も本当の祖母のように話し相手になってもらっている。

 その後もいつも通りマダムと世間話に花を咲かせていると、奥の部屋で作業を始めていた師匠が薄い紫のつばの広い帽子を持ってきた。白い花と青い羽根が飾られた上品な帽子だ。

「こないだの帽子、きれいに直しておいたぞ」

「あらもう出来たの?本当にありがとう。いつも助かるわ」

 それは先日、マダムが師匠に修理を依頼した帽子だった。何年も前にご主人から贈られた大切な帽子だそうだが、風の強い日に枝に引っかけてしまったらしく、開いた穴を直してほしいと持ち込まれた。

 基本的に服を仕立てるのが専門のはずなのだけれど、どうして師匠は帽子の修理まで出来るのだろうか。よく分からないけど私にもその技は教えてほしい。まともに型が引けるようになったら教えてくださいね、師匠。そう心で念じておく。

「代金はいくらかしら?」

「大したことないし、こいつがいいもんもらっちまったからな、今回はいらねえよ」

 そう、意外にもこの師匠、ケチそうに見えて太っ腹なのである。簡単な修理程度では滅多に報酬を受け取らない。

「あらそう?じゃあ今度またドレスを仕立ててちょうだいね」

「そのときのためにこいつに新しい刺繍の図案、三百くらい考えさせとく」

「三百は無理です!?」

 そんな私たちのやり取りに穏やかに微笑んで、マダムは店を後にした。

「お前は本当にマダム受けだけは良いな。貴族様からドレスの受注なんてそうそうないっつーのに」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。でも三百は無理です」

 呆れ半分に言う師匠に、私はニヤリと笑ってみせた。

 貴族社会において、社交期を迎えるたびにドレスを新調することはよくあることだ。しかしながら仕立屋においてはこんな王都の隅の、平民が細々とやっている店なぞに注文するべくもなく、お抱えのそれなりのところがあるはずだ。

 師匠は積極的に宣伝をする気質でもなく、太っ腹がすぎるきらいがあり、本当に今までどうやって生活していたのか不思議なくらい、よく分からない仕事ばかり引き受けていた。

 だからこそ、私が手持ち無沙汰なときは店先に出ていろんな人(主に素敵なドレスを着ているマダム)に声をかけ、少しずつ大口顧客を増やしている。

 まったく宝の持ち腐れもいいところだ。もっと欲を出して単価の高そうな仕事も引き受けたらいいのに、と常々思っているのだが、師匠はどうやらそういったことは望んでいないようだった。まあ私が素敵なドレスを着ているマダムに声をかけてしまうのは、半分趣味みたいなものでもあるのだけど…。


 *


「師匠、このケープの刺繍の図案これでいいですか?」

「あ?」

「裾はこっちの花柄で襟は蔓草を多めにしようかと」

 師匠は作業の手を止め、私が差し出した紙を受けとってしげしげと観察したあと、私の手にあるケープになる予定の薄手の生地をちらっと確認してから一つ頷いた。

「本当に図案画だけは一丁前だな」

「図案画だけって!刺繍もちゃんと刺しますよ!」

「当たり前だ。ただ飯食うつもりか。たまには仕事しろ」

 衣装を仕立てるにはまだまだ技術が足りない私は、営業時間内は私が持っている数少ない技術の中から刺繍の仕事を振ってもらうことが多い。

 本日の担当は十歳程の女の子用のケープの刺繍である。色合いと花の種類の指定があったので、その要望に沿うように図案を考えるところから任せてもらった。

 弟子入りする条件として掃除、洗濯、炊事などの基本的な家事を言いつけられているが、それだけだとただの家政婦、最悪の場合お荷物になってしまうので、こうして出来る仕事をもらっているのだ。

「いつもちゃんと仕事して…いるかどうかはまあ置いておいて、刺繍台使いますね」

 昼下がりの柔らかな光が射し込む作業場で、師匠と二人、依頼を受けた服に取り掛かっている。いつもの光景である。

「いい加減、刺繍以外も使い物にならんと捨てるぞ」

「ひえ…それだけはご勘弁を…頑張りますので……でもほら、やっと刺繍以外で針と糸使うことにも慣れてきましたし」

「おせえんだよ、まともに仕立てられるようになるまで何年かけんだ」

「うっ…」

 それぞれ手元の作業からは目を離さずに雑談をするのが日常だ。

「そういえばお前のワンピースどうしたよ」

「い、今なんとか…進めて、いますよ…」

 私の拙い技術を向上させるために、営業時間が終了すると師匠は私に課題を出してくれる。始めはそれこそ波縫い百メートルとかいう基礎中の基礎からだったが、今は自分のワンピースを仕立てるように言われていた。

 師匠が用意してくれた型紙を利用してミシンを使用することを条件に、あとは好きな意匠で勝手にやれという課題であるが、まあすんなり行くはずもなく、かれこれ二週間ほど戦っている。

「夢を叶える前に死ぬぞ」

「縁起でもないことを言わないでくださいよ。やると決めたらやる女ですよ私は!ちょっと不器用が過ぎるだけで…」

 師匠の言葉にギクリとしつつ、悪足掻きで必死に取り繕う。

「なんで舞台衣装作りたいやつが、刺繡以外でまともに糸と針使えねんだよふざけてんのか」

「真面目に生きているのに…おかしい…でもワンピースは本当にあと細かいところ仕上げれば終わりなので!!」

「本当かよ」

「全然、処理に手こずっているとかではないです本当に。気づいたら作業場の床で朝を迎えているだけで」

 慣れない作業だからというのはもちろんであるが、課題に取り組めるのは営業時間外、さらにいうと夕食の準備と片付けの後で、作業に没頭するとあっという間に日付を越え、気づいたら床で寝落ちしてしまう、というのも進みが遅い原因の一つである。

「作業場はお前の部屋じゃねえぞ。勝手に住み着くな」

「いやあ、不思議ですよね。私もそろそろ寝台で寝たいです」

「それ終わったら刺繍図案三百が待ってるからな」

「三百は無理ですって!!」

 今日も師匠はスパルタであった。至らない弟子で申し訳ないとは思っています。

 そんな師匠と私の日々に、転機が訪れたのは突然のことであった。


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