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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     六幕 欲望と工夫
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36.欲

(毎日チャレンジ五日目)

 *


「萌稀の癖、なかなかくるものがあるなあ……」

 萌稀が帰ったあと、三人で練習を続けていた。食堂が空いた頃を見計らって夕食を取る予定なので、それまでの時間は練習場を借りている。

 一段落ついて、広い練習場のど真ん中で椅子に腰掛け天井を仰いだ。実家では許されない振る舞いができることも、学院の良いところだと思う。

「胸を触られたの根に持ってるの?」

 ピアノの影から山蕗の声がする。

「違うそれじゃない。……否、それもあるか」

 萌稀の癖、アイディアを描き留めるためにペンを走らせるときと同じように、思考を巡らせているときに外界との感覚を遮断すること。衣装を考えているとき、衣装を着せられたとき、じっと見つめられているのに目が合わない。

「熱烈に見つめられるのは、慣れたものじゃないのか」

「萌稀が見てるのは俺だけど俺じゃない。衣装を着せる専用のマネキンか何かの認識でしょ、あれは」

「確かにね〜。熱烈の種類が違うかもね」

「そう思うと無理やりにでも、違う意味で視界に入れてみたくなる」

 萌稀の目に俺自身がどう映っているのか、全部知りたいと思ってしまうのは何故だろうか。

「天邪鬼か。普段は令嬢をあんなに避けまくってるのに」

夜凪(やなぎ)嬢は大丈夫なの?」

 山蕗の指摘に、鋭い目をした気の強い令嬢の顔が浮かんだ。名前を聞くだけで顔面に力が入ってしまうのは条件反射だ。俺は悪くない。

「……了承してないのに贈り物が届き続けるの、何でだと思う?」

「了承してないから早くよろしくしようね、ってことなんでしょ」

「お前が断ったからってはいそうですか、で済む話じゃないだろ」

 嫌なことから逃げたって何も解決しないことは承知の上だが、これだけはどう手をつけていいものか分からないでいた。

「俺あの人苦手なんだよな」

「あの人って」

「まだマネキンの方がマシ」

「それもどうなの」

「何にせよ、視界に入ったところで後々困るのはお前だろ。公爵様のお家事情は、俺らには難しすぎるから口出しもできない」

 聞きたくない縹の正論を聞き流し、いったん嫌なことを頭の隅に追いやって、昼間のやり取りを思い返す。衣装を考えるとき、仕立てた衣装を確認するとき、歌っているとき、一種の熱を持って向けられる視線。

 私欲にまみれた令嬢に向けられるのとは明らかに違うそれは、居心地の悪さを感じさせるのに、絶対に逸らさせたくないとも思う。

 でも、多分、こちらからの視線はどうでもいいのだろう。ならば多少強引にでも、目を合わせてみようと試みてしまう。つい出来心だ。

 本当に欲しいものを手に入れることの難しさは、十分思い知っている。神に祈るしかない欲望なんて、知らなくていい。

 ただ、萌稀に触れられた胸の真ん中が、熱を持って疼いている。

「……萌稀のことは置いておいたとしても、そろそろ身の振り方をどうするかは、考えておいた方がいいんじゃないか?」

「んー、まだ大丈夫……」

 こういう考えすぎてしまう日は、歌にして感情を吐き出すのがいい。そう思って口から出たのは、前期末に発表した恋の歌だった。惚れた女を手に入れられなかった男。自分がこの男の立場だったらどんな行動に出たか、なんとなく想像を巡らせた。


 *


「ピアスは外した方がいいかな」

「ああ」

 前回の衣装合わせから数日後、胸筋問題を解決すべく上衣を新たに縫い、それに合わせて袖回りを調整して再度の衣装合わせとなった。

 全体がまとまってきたので、本番の装飾を含めた確認をしている。

「…そういえば、なんで左右で違うの?」

 詩苑の左耳には青い石、右耳には輪っかがついている。左右の耳に違うものがついているのなんて、師匠くらいでしか見たことない。もっとも師匠は左耳にしかついていないのだけれど。

「これ?石のやつ、一個なくしちゃったから適当なのつけてるだけ」

「へえ」

 良いところの坊っちゃんなら、そのくらい作り直してもらえそうなのにな、と思いつつ、衣装の確認を続ける。

「訊いたわりには興味なさそうだね」

「えっ、だってそんなに意味ないんでしょ?」

「まあそうなんだけど」

 じゃあ訊く意味もないじゃないとすら、私が口に出さないことも不満そうな詩苑だったが、今は衣装の最終確認をしている最中である。話を振ったのは私なのだが正直、余計なことを考えている場合ではなかった。

 ヴェールの角度を決め、ドレープの形を整え、花冠の花を増やし、全体を見る。そして深く思案する。

 ――あとどのくらい、刺繍を増やせるだろうか。

 本番までそう日数は残っていないものの、出来る限りの手は尽くしたい。師匠の計らいで、ある程度良い生地を使わせてもらっているのだが、それでも完璧とは言い難かった。

「あと二週間か……」

 詩苑の歌声の神秘さを思うと、やはりアンダースカートにもオーバースカートにも白で刺繍を入れておきたいし、オーバースカートに入れるなら上衣にも同じ模様を入れねばなるまい。

 しかし私の手は左右に一本ずつしか生えていないのだ。元々手が早いわけではないのに、余りにも範囲が広すぎる。慣れて作業が早くなってきたとはいえ、広範囲の刺繍はどうしたって時間がかかる。私があと三人くらい欲しい。

「始めは違和感しかなかったが、何回か見ると目が慣れるものだな」

 山蕗と編曲の調整を終えた縹さんが、詩苑をしげしげと眺めていた。

「違和感あったの」

「少し化粧するだけで印象が変わるな」

「ねえなんで無視するの」

 元々肌が透き通って白い詩苑に白粉は必要ないものの、少しだけ目元と口元に赤を入れるだけで、ぐっと美しさが増した。全人類を誑せそうな勢いで。

「これがお化粧の力ですよ。女性だってすっぴんでドレスを着ているわけではないのです」

「萌稀も無視しないでお願い」

「はいはい、世界一綺麗だよ詩苑」

「違う、そうじゃない」

 未だに抵抗があるらしい詩苑がぶすくれているので、適当に頭を撫でておく。前回の取引から砕けた言葉遣いになったのをきっかけに、私の詩苑に対する扱いが段々と雑になってきた。取り繕うのも面倒くさいし、本人が望んでいるのだから気にする必要もないだろう。

 因みに詩苑に対する扱いが変わったのに伴って、年下である山蕗にも砕けた物言いをするようになった。これも山蕗本人からの希望である。縹さんだけは年上なので、私の中で許されない壁があった。本人は多分どうとも思っていないが。

「縹さん相談なのですが」

「なんだ?」

「髪の毛って手に入ります?」

 撫でついでに詩苑の髪の毛をひと房摘んだ。詩苑はされるがまま、大人しくしている。どちらかというと猫より犬の方だと思う。何がって中身の性質の話ですけど。

 詩苑の頭は花冠を付けたヴェールで飾るのだが、頭が重いと歌いづらいと言うので薄いものを選んだ結果、どうにも短髪が目立ってしまうのだ。

「髪の毛?(かつら)でなく?」

「被せるのでなく、どうにか付けられないかなーと思いまして。元々の金髪は活かしたくって」

「どのくらいの長さだ?」

「腰くらいまでで三つ編みしたいんですよね、こんな感じで」

 クロッキー帳に描いた意匠案の中から一つを見せると、縹さんは少し考える素振りをしてから頷いた。

「できる限りあたってみる」

「直前に無理を言ってすみません」

「出来ることに妥協はしたくないからな。舞台科の連中に聞いてみる」

「ありがとうございます」

 前回に引き続き、私の意見を尊重してくれる演出担当の縹さんには頭が上がらない。お互いに妥協しないので、一緒に考えることが何よりも楽しい。アイディアの方向性も似ている部分があるのかもしれない。

「ついでに当日の手伝い人員も確保しておくかな」

「賛成!僕たちだけじゃ、準備するだけで日が暮れるよ」

 いつの間にか足下にいた山蕗が頷いた。当日は器に盛った花を大量に使用するため、丈の長い衣装を身に纏った演者である詩苑以外は、力仕事に追われることになる。多少の無理を実現するため、人手はあるに越したことはない。

 そうして準備は万全に進んでいた。私の刺繍だけを残して。

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