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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     六幕 欲望と工夫
37/242

34.実現可能な演出か

(毎日チャレンジ三日目)

「じゃあもう一回初めからな」

「いつも以上に集中力使うから疲れるんだけど」

「文句言うな。どっちにしろもう一回くらいやっておかないと、衣装担当が使い物にならない」

「それは…そうだな」

 頭を抱えたまま苦悩している姿を、三人に同時に見られた。主に縹さんと詩苑さんには呆れられている。衣装担当として致命的なことを指摘されているが、同意せざるを得なかった。

 正直あともう五回くらい聴かせてもらわないと、冷静な判断ができない気がする。因みに山蕗さんはいい笑顔である。

 道理で教会を巡って孤児院を訪問してまで、詩苑さんを説得したかったわけだ。ただ女声音域の曲を歌わせるだけでは勿体ない、ということがよく分かる。

「次は頑張って衣装を考えながら聴きますので…」

 なんだか悔しくて、衣装担当として精一杯の強がりを言ってみた。私だって仕事を放棄したいわけではない。しかし予め持ってきた案は儚くも崩れ去った。この方向性で準備をしていない。

 深呼吸して心を落ち着かせ、楽譜とクロッキー帳を膝の上に並べ、いつの間にか落としていたペンを握りなおす。

 次こそはやるべきことをやるという決意を込め、しっかりと詩苑さんを見据える。

「ちょっと待って、萌稀の視線怖すぎるんだけど」

「気にするな。萌稀は萌稀で頑張ってるんだ。きっと」

「面白すぎて伴奏間違えたらごめん」

「お前笑いながらよくピアノ弾けるな…」

 その後本当に五回歌ってもらった。それでも頭の整理が追いつかなかったので、衣装案は後日改めて持ってくることにしてもらった。許されるなら床にのたうち回りながら客観的に状況を見直したい。

 一回寝てから落ち着いて考えようね、私。


 *


 落ち着いて衣装を考えるため、私はせっせと床を磨く。否、これもアルバイトである私の仕事なので、ただの日常風景でしかない。

 入学試験を乗り越えた私は、前日の詩苑さんのこの世のものとは思えない歌声を反芻しつつ、日常に戻っていた。いつも通り店を開け看板をひっくり返し、畑に水をやり、掃除をしている。掃除は入試対策でサボりがちだったので、久しぶりに気合を入れて雑巾を握った。

 とはいえ頭の中は相変わらず詩苑さんの歌声が大半を占めていて、衣装の方向性に思考を巡らせている。あのびっくり人間を舞台に立たせるために相応しい衣装とは、何なのか。

「おい、萌…おわっ」

 突然、床を磨いていた私の尻に鈍い衝撃が走った。

「ぶへ」

 そのまま前方に倒れこんで、雑巾に顔を突っ込んだ。鼻がつぶれた。

「お前籠るのはいいけど、廊下でしゃがみこむんじゃねえ邪魔だ」

 どうやら私を探しに来た師匠が、床に蹲っていた私に気づかず躓いたらしい。師匠の足は私の尻に綺麗に攻撃を入れた。痔になったらどうしてくれる。

「私は真面目に床掃除をしていたのですが!?」

「嘘つけ!微動だにせず床掃除ができるか」

 また気づかぬうちに籠ってしまい、気配すら消していたようだ。反射した像がわかるくらいピカピカに磨こうと意気込んでいたのに、なんという失態だろう。しかしお尻と鼻が痛い。

 鼻血が出ていないか確認していたら、頭上から盛大な溜め息が聞こえた。

「何をそんなところで考え込んでんだよ」

 振り仰ぐと師匠は壁に凭れかかって、半目でこちらを見下ろしている。一見すると眉間の皺が深すぎて、子どもでも泣かせそうな凶悪な顔をしているが、付き合いも長くなってきた私には分かる。これはたぶん心配してくれている顔だ。か弱き乙女のお尻を蹴っ飛ばした罪悪感もあるかもしれない。

「どうしたら詩苑さんは神々しく輝きますかねえ」

「もう十分輝いてんだろ。あれ以上やったら目が灼けるぞ」

「分かります…でもあの歌声はそんなものではなかったのです…なんというか、人間の枠に収まらないと言いますか」

「じゃあ衣装も人間の枠に収めなければいいだろ。葉っぱでも巻いとけ」

「葉っぱって」

 まあでも確かに、普通の衣装を身につけたって勝手に輝く人種だしな。葉っぱはやりすぎだとしても、布一枚で舞台に立たせたってどうにかなる気がする。

 何を着てせてもいいか、と投げやりなんだか発想の転換なんだか何とも言い難い心境に陥ったとき、マダムに連れて行ってもらった歌劇を思い出した。

 主役の女優は太陽の光の如き金髪と、本物の女神と錯覚させる美声で観客を魅了していた。その雰囲気が詩苑さんと重なった。

「あの、師匠」

「なんだ」

「男性って、スカートを穿くことに抵抗があったりするものですかね?」

 神妙な面持ちで訊ねると、師匠は一瞬目を瞠ったあと、ニヤリと口の端を吊り上げた。


 *


「私、詩苑さんだったら聖女になれると思うんです」

 それが私の下した決断であった。本日も練習場で打合せである。

「は?」

 今度は先日とは違って、詩苑さんが口を開けて固まった。いくら顔が良くても呆けると中々に面白くなるものだ。これぞ意趣返しというものである。多分。

「どうしてもスカートでやりたいと思いまして」

「スカート……?」

 これだけ美しく女性のような高音が出せて、今回の題材は「原初の聖歌」で、山蕗さんが現代的に編曲してくれていて、ならば衣装もそれなりの工夫が必要だと思った結果である。

「そうです。スカートです」

 できるだけ神妙そうな顔をしてゆっくりと頷く。

「いや、歌に引っ張られすぎなくてもいいんだよ…?」

 明らかに詩苑さんの顔面がひくついた。やっぱり多少の抵抗はあるよね。

 けれども断じて詩苑さんの女声に引っ張られたわけではない。入試の最中に脳内で詩苑さんを女性化したことを、実現できる機会とか思っていない。全然。歌を一番良い形で装飾する方法が、スカートだった。それだけである。

「葉っぱよりはマシだと思うんですけど」

「葉っぱ……?」

 私の言い訳に詩苑さんは更に顔を歪めた。

「萌稀ちゃんは相変わらず面白い提案をしてくるね」

「確かに今回の詩苑の課題は高音域だし、有りかもしれないな」

 山蕗さんはたれ目を細めてニヤついているし、縹さんはしっかり同意している。

「ちょ、みんな他人事だと思ってるだろう!?」

「まあ」

「いい演出ができそうだとは」

 縹さんと山蕗さんは予想通り乗り気である。味方がいれば恐いものはない。

 私がこの結論に辿り着くまでは早かった。入学試験の実技課題、マダムとの観劇、そして詩苑さんの女声での歌唱…ここ最近、私が頭に入れたことや経験したことが須らく女性関係だった。活かすにはこの方法しかない。脳内での衣装合わせは問題なく成功している。

 意匠画を見せてしっかりと師匠にも相談してみたが、答えは「好きにやってしまえ」だった。決して投げやりな回答ではない。だって不敵な笑みを浮かべていたから。面白そう、くらいは思っていたかもしれないがそこはまあ、ご愛嬌である。師匠に愛嬌があるかとかそんなことは訊かないでほしい。

 意匠画を見せて訴えてみるが、詩苑さんは眉根を寄せて渋い顔をしている。

「……俺、髪の毛短いし、流石に女には見えないと思うけど…」

「大丈夫、髪の毛はヴェールとかで隠してしまえばいいんです。なんなら頭はお花で装飾しますか?」

「それいいな。蕾を乗せておいて、歌ってる途中に開かせたらいいんじゃないか?」

 私の提案に縹さんが意見を追加してくれる。相乗効果で良い案が出てくると、より発想が豊かになるので楽しい。

「頭で花咲いたら演出の方法によっては、ちょっと阿呆みたいになると思うんだけど」

「頭で咲かせるかは置いておいたとしても、足元には少なくとも花があるといいな。花畑を意識して床を埋めるくらい並べて…鉢植えだと曲にそぐわないからもっと軽めの何か…」

「大きめでちょっと深さがある入れ物に水を入れて、蕾を浮かべておいたらどうでしょう」

「それなら器をガラスにしたら見やすいし、種類も選べそうだな。検討してみるか」

 私の拙い衣装案を演出に繋げてくれる縹さんは、本当に尊敬できる。私も将来は縹さんのように、一つのことからぽんぽんとアイディアを出せるようになりたいものだ。

「詩苑は歌いながら魔力で花を咲かせる練習でもしておけ。得意だろ」

 たまによく分からない演出案も出てくるが。

「いや得意じゃねえ。俺だけ難易度どうなってるの。ただでさえ歌に集中力使うって俺言ってるよね!?」

「詩苑ならできるよ。元騎士クラス首席様」

 山蕗さんも適当に援護してくれる。

「そうです、自信持ってください!元騎士クラス首席様!」

「おい…騎士クラス首席は関係ないだろ……」

「あとは観客席に紙吹雪でも降らせられればいいんだが、片付けが面倒だからって降り物禁止されてるんだよな」

「いっそ観客に一輪ずつ花持たせたら?」

「開演前に配るのか?」

 出演順がどうやって決まるか私は知らないが、出番が来てから配るような時間はないだろうし、長時間持たせておいて枯れないだろうか。

「なんか魔力で枯れないようにどうにかできるでしょ。詩苑なら」

「また俺!あと途中から急に雑」

「………有りだな」

「有りなの!?」

「舞台上に花の道作って、歩きながら徐々に花を咲かせて、終盤で客席の花が咲くと」

「絶対綺麗です………!」

 詩苑さんの魔術の程は演出担当の縹さんに任せるとして、舞台上で光に包まれた詩苑さんが花を咲かせる演出はぜひこの目で見てみたい。

「そうなると編曲も後半、もう少し盛り上げた方がいいのかな」

 三人で話を進めるとどんどん新たな演出案が生まれてくる。創るって楽しい。ただ一人、詩苑さんだけはツッコミで憔悴していた。

 演出案がある程度煮詰まってきた頃、私は本題を思い出した。

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