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君を君たらしめる手作りの魔法  作者: 天海 七音
     五幕 それぞれのこだわり
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32.試験中はお静かに

 悪態をついたときとは打って変わって真剣な表情で机に向かう少年は、想像もしなかったくらいとても丁寧に紙に線を引いている。

 どいつもこいつもなんなんだ。この国の人たちは性格が雑になればなるほど慎重に型紙を取るようになるのか?それとも神経質すぎて他者には雑になるのか?なんとなく腑に落ちない。

「カンニングか」

「あなたのを盗み見て私になんの得があるのよ」

 線を引く手元から一切視線を上げずに文句を言ってくる。かわいくない。私にかわいいと思われたくもないだろうけど。

 そんなことより少年と遊んでる場合じゃないわ。師匠から授かった型紙見本を記憶の海から引っ張り出してこなくっちゃ。パフスリーブはこんな形だったかしら。

 師匠との特訓で詰め込んだものが多すぎて、思い出すのも一苦労だ。辿々しく線を引いていると今度は向かいから視線を感じた。

「カンニングかしら?」

「下手すぎてカンニングにもならん」

 まあ!失礼!苦手なんだからしょうがないでしょう!………とは言えないので私も全力で無視しておく。いちいち癪に障るなこの男。

「型紙も一発で決められねえのかよ」

「そっちこそいくら綺麗に線を引こうが服は仕上がらないわよ」

「余計なお世話だ」

「こっちの台詞」

 互いに目も合わせず罵り合う。初対面の男にここまで絡まれる筋合いはないのだが、本当に意味が分からない。

 私がなんとか型紙を取り終わり、本番の生地の裁断を始めた頃、向かいの男はまだ定規とペンを握っていた。

 他人事ながらその進み具合で終わるのかと心配になる。どれだけ丁寧に線引いたら気が済むの?商品にするわけでも数を作るわけでもないのにきっちりとした型紙の必要性がそもそもないじゃない。やっぱり神経質なんだと勝手に納得した。

 そんなことを考えつつ裁断が終われば布を繋ぎ合わせなければいけない。その工程が近づくにつれ籠ることも忘れているのは、慣れない作業が待っていたからだ。

 服飾について専門的に学べるこの学院は、設備が一通り揃えられている。ミシンは当然、魔動式だ。足踏み式なんて前時代の機械が置いてあるはずもなかった。

 師匠からの事前情報に基づき練習を重ねたが、何よりも集中力が必要になることに変わりはなかった。これについては経験云々ではなく、そもそもの相性のようなものの問題であって、それこそ数ヶ月という期間で改善するには限度があった。

 しかしながら当然、全てを手縫いするわけにもいかず、重々しく丁重にまち針を刺したあと、意を決してミシンに手をかけ慎重に魔力を流した。

 のろのろと動き始めた針に少しだけ安堵して、そのままのろのろと布を動かしていく。

途中向かいから「おっそ……」などという呟きが聞こえた気がしたが、このときばかりは返す余裕もなかった。

 途中上手くミシンが動かないことに半泣きになりながらも大部分を縫合し終え、残りの細かい装飾は手縫いでやってしまおうと気合いを入れ直していると、目の前の製図大好き男が満足そうな顔をしているのが目に入った。

 この男、私がミシンと格闘している間、線を引き終えたと思ったら殊更丁寧に切り取り、そしてワンピースの形に組み立てた。

 ――否、何故?何故今、型紙をワンピースの形にまで組み立てた?

 時間が無い入学試験中にそこまで完璧に型をとる意味がやはり分からない。きっとこの姿を師匠が見たら、眉間の皺をいつも以上に深めながら「無駄」と一蹴するだろう。私もそう思う。

 思わず首を傾げながら目を眇めると、ついうっかり型紙満足男と目が合ってしまった。

「ミシンの使い方素人かよ」

「あなたは紙細工師の方が向いているんじゃない?」

「ちゃんと型を取らないから仕上がりががたがたになるんだろう」

「わざとやってるのが分からないなんて、普段はよっぽど決まりきった物しか目にすることがないのね」

 男のワンピースは標準的な形だ。その代わりに身体の線が美しく見えるよう洗練されていた。まあ、あくまでまだ型紙の段階だが。

 一方の私は少し変わった形に、装飾を付けたり取ったりしつつ作品に仕上げていく。

「無駄にごてごてしてんな」

「あら、女の子の街歩きをなめてんじゃないわよ」

「流行りも知らねえ癖によく言うわ」

「あなたに女の子の好みがわかるとは思えないけど。お出かけの日は着飾りたいものよ」

「そんな装飾で誤魔化すよりその人の線の良さを活かした方が綺麗に見えるだろうが」

「そこ、私語は慎みなさい」

「「……」」

 試験監督のお叱りに周りを見渡せば、みんな黙々と自分の作業に取り組んでいた。話しながらやっているのはどうやら私たち二人だけだったらしい。

 あなたのせいで、という思いをこめつつ、ひと睨みきかせて自分の作業に戻る。

 その後も、形に拘る男と、装飾に拘る私の言い合いは平行線を辿った。これぞ不毛な争いである。そもそもそれだけさらさら線が引けるなら型紙にしなくてもいいんじゃないだろうか。そう思うのは私が面倒くさがりだからなのだろうか。


「はい、そこまで。手を止めて」

 実技試験はこれにて終了!ギリギリだったけど、なんとか実力を出し切って私なりの「お忍び貴族の街歩き風ワンピース」が完成したと思う。

 向かいの反抗したがり男は、それはそれは神経質なほど形の整ったワンピースを仕立てた。しかしよく見ると繊細なレース使いで上品に装飾がされており、大人しすぎず、派手すぎず、貴族女性が身につける気品もある……気がする。スカートの裾は大きく広がり、中にはフリルがたくさんのパニエを履いているようだ。歩く度ふわりと広がるスカートは、きっと軽やかに足元を演出してくれるのだろう。

 あの態度の悪さからは想像できない仕上がりと言ったら失礼だろうが、全然予想出来なかった。

 横目に感じていた限りでは、型を取り直すこともなく、慎重な分確実に一つひとつを組み立てていっていたと記憶している。意匠自体には物珍しさはないものの、精度には目を瞠る。緻密な計算のもと完成したワンピースは私が何年学んでも辿り着けない境地だと思わせた。

「参ったか」

「本当にすごいね。よくこんなに正確に仕上げられる……頭の中どうなってるの?私と半分取替えない?」

 本当に心から感心して出来上がったワンピースを見ながら呟くと、私の反応が意外だったのか、男は口を開けたまま固まった。

「は?」

 ついでに教室内をぐるりと見渡すと、きっちりワンピースとして完成しているのはほとんど見受けられない。反抗したがり繊細男以上に綺麗に仕上がっているのも、私以上に派手な意匠もなさそうで少し残念。


 その後、案内された隣の棟の中にある食堂で遅めの昼食を取り、講堂のような部屋で筆記試験を受けた。

 ここでも反抗したがり黒猫男が隣だったが、流石に黙って問題を解いていた。なんだ、黙ることもできるのか。

 早々に解き終わって暇そうにしているところが視界の端にチラついたが、私も縹さんの対策の甲斐があり、順調に解き終えた。王国史は相変わらず記憶が朧気だったけど、大きく点数を落とすほどではないだろう。うむ、きっと大丈夫。

 あとは疲れた頭が誤作動を起こしていなければ、概ね満足のいく結果になったのではなかろうか。

 帰ったら師匠にたくさん報告をしよう。たぶん半分も聞いてくれないと思うけど、感謝はたくさん伝えよう。これだけやり切って落ちたのなら縁がなかったのだきっと。その時はまた師匠に改めてお世話になる。

 ただし追い出される可能性も頭の片隅に置いておくことにする。良くない方の可能性は対策しておくに越したことはない。

 そんな取り留めもないことを考えつつ、師匠の店に帰ったのは夜も更けた頃だった。


 *


「遊梨ちゃん、作品こっちでいい?」

 制服を着た女性が試験監督に話しかける。試験会場の片付け担当らしい。

「ああ、いいわよ……ふふふ」

「いきなり笑わないでよ、不気味だなあ」

 試験監督は入学試験の作品を見ながら、堪えきれずに笑みを零した。

「だって……今日の受験生の中で一際見所がありそうな二人が揃って流行をガン無視って」

 視線の先には、左右非対称の裾に細かに装飾を施した個性的なワンピースと、装飾は控えめながらも形の美しいワンピースが並んでいる。

「ああ、あの煩かった二人?」

「そう。なのに女の子の方は意匠が凝ってて面白いし、男の子の方はとっても精緻で仕事が丁寧なの!」

「へえ。あ、これとこれか!」

 他の受験生が一般的なワンピースを縫っていた中、その二つだけ異彩を放っていた。

「そう、よく分かるでしょ?何より制限時間内にここまで仕上げちゃうなんて、いやあ、面白い子たちが来たわね……あら?この子…後見が達華なの?道理で面白いと思った」

 試験監督は手元の資料に何か書き込んでいる。

「達華?」

「あなたは二年生だからちょうど入れ違いなのね。一昨年いたのよ、面白い学生が。卒業せずに辞めちゃったのは残念だったわ」

 思い浮かべた柄の悪い学生は、貴族ばかりが通うこの学院でとりわけ異質な存在だった。提出される作品は個性的で気まぐれ。よく採点に困らされたものだと思い返す。

「課題に耐えきれなかったの?」

「それも無くはないけど、どちらかというと学校が合わなかったんじゃないかしら。自由に作りたいものを作る子だったから」

「ふーん?」

「さ、とっとと片付けちゃうわよ」

「もう審査終わったの?」

「ええ、筆記試験の結果が楽しみだわ」

 二人は作品を全てハンガーにかけ、倉庫にしまって部屋を後にした。

今日から一週間毎日投稿チャレンジします!


いつでも感想やいいねなどお待ちしております…!

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